深度20mの海底ケーブル(画像提供:九州電力)

 2022年7月、九州電力が展開する「九電ドローンサービス」のラインナップに「水中ドローンサービス」が加わってから、1年9か月が経過した。2022年12月に開催された「Japan Drone / 次世代エアモビリティEXPO in 九州(福岡)2022」への出展や、2023年9月に開催された「第2回ドローンサミット」への出展の取材で、「活用が進んでいる」と度々耳にしていたが、今回は改めて水中ドローン導入の経緯や目的、使用機種ごとの違いや実用化の事例、今後の展開まで、長崎支店の北川氏と佐賀支店の日當氏に詳しくお話を伺った。

作業風景(画像提供:九州電力)

はじまりは「海底ケーブル」と「発電所」

 九州電力が水中ドローンを初導入したのは2021年7月。水中ドローンサービスを提供開始する約1年前だ。国産の産業用水中ドローンメーカーFullDepth(フルデプス)社の「DiveUnit300」を長崎支店に導入した。

 導入を検討するきっかけの1つは、2020年以前に試用した小型機の性能不足。宮崎支店で、発電所内の水中構造物の点検を試みたが、当時の機体やカメラの性能は点検業務には不十分だった。また、長崎県をはじめ、九州には離島が非常に多い。配電用海底ケーブルの点検ニーズも高まっており、海洋で運用できるパワフルさも必須だった。

 そこで2020年11月、FullDepthの協力のもと、「水力発電所における取水口設備、護岸状況の点検」と「配電用海底ケーブルの点検」という、2項目において検証を実施した。結果は、水中の濁りがひどい場所でなければ活用の可能性あり、特に海底ケーブルの点検については業務活用可能であるとの判断に至った。

左から「FIFISH V6 EXPERT」「DiveUnit300」「CHASING M2 PRO」(資料提供:九州電力)

 その後は、「海底ケーブル」と「水力・火力発電所(取水路、放水路、管路など)」をメインに、約2年かけて水中ドローン点検をさまざまな場所で試験導入。また、「九電ドローンサービス」のラインナップに「水中ドローンサービス」を追加して商用化を図った。

 現在、保有機種も「DiveUnit300」に加えて、「CHASING M2 PRO」「FIFISH V6 EXPERT」と3機種に拡充し、社内外からの水中ドローン点検業務を受注しているという。具体的に、社内とは九州電力の設備メンテナンスを担うグループ会社、社外とは協業関係にある北九州の計測検査をはじめとする外部企業で、2023年度は九州域内のみならず域外からも引き合いがあるなど、事業は順調に拡大しているようだ。

水中ドローンで「工期短縮」と「コスト削減」を一気に実現

 なぜ、水中ドローン活用ニーズが高まっているのだろうか。長崎支店勤務で現場経験豊富な北川氏は、「ダイバー不足」を挙げる。

 従来もこうした設備点検はもちろん行われてきたが、これまではダイバーが実際に潜って状況を把握し、その取得情報に基づいてメンテナンス計画を立てて、再度ダイバーが潜って実際にメンテナンス作業を行うという流れで、期間は数か月に及ぶことも常であった。

 しかし、昨今ではダイバーが減少したため、まず人手を確保すること自体のハードルが上がった。けれども、水中での長時間に及ぶ作業は非常に危険を伴うため、安全管理の観点から潜水時間には上限があって、工期短縮は難しい。そこで、事前調査を水中ドローンで代替し、ダイバーの代わりに目視することで計画立案までできれば、ダイバーには人間でなければできない作業に集中してもらうことができ、相当な工期短縮とコスト削減につながるというわけだ。

 他方、インフラの老朽化はわが国の喫緊の課題である。九州電力も一定以上経年したところから優先順位を定めて点検を進めているというが、高度経済成長期に建設され経年50~60年を迎えるインフラの水中部点検は、需要が右肩上がりであるのに対して新たなソリューションが確立しておらず、多くの自治体や事業者が頭を抱えているのが実情だ。

水中ドローン「実用化」の事例

 九州電力が水中ドローンを「実用化」している、海底ケーブルの点検と発電所の設備点検について取り組み内容を詳しく聞いた。

 海底ケーブル点検における主な用途は、ダイバーによる定期的な点検の代替で、主な内容はケーブルの不具合や故障の有無の把握と、破損している場合はその状態の確認だ。例えば、完全に切断してしまっているのか、岩肌に擦れて損傷しているのかなどの状態によって、復旧作業計画は異なってくるため、画像や映像で状態をしっかり確認する必要があるという。

 主に使用している機体は「DiveUnit300」だ。というのも、潮流などの海象に耐えうるパワーが求められることと、広大な海のどこに海底ケーブルがあるのか、敷設時の地図を頼りに水中を効率的に探索しなければならないことから、濁りなどで水中の視界が悪い環境でも対象物との距離や対象物の形状を可視化できるマルチビームソナーと、音響測位装置USBLは必須アイテムだという。また、点検した箇所の位置情報を残すことで、次回の点検時にもケーブルの発見が容易になる。

 実際の業務で「DiveUnit300」が特に重宝するのは「クラウド」だそうだ。機体操作用のパソコンと通信装置が一体化されたボックスに、電源を入れるだけで専用クラウドサービスに接続でき、事務所でリアルタイム映像を確認しながら現場に指示を出すことができるため、非常に利便性が高いという。また金属探知機の追加導入も検討中とのことで、産業用途オプションの多様なラインナップも実務向きのようだ。

実用化事例① 海底ケーブル点検の様子(資料提供:九州電力)

 発電所の設備点検における主な用途は、ダイバーによる定期点検時の堆積物の状況などの事前調査や、水中構造物の状態や亀裂・クラックの確認と多岐にわたる。例えば、水力・火力発電所にある取水路や放水路の点検時、設備に泥や砂が堆積していると水を完全に遮断できず点検ができないため、堆積物除去作業を実施する必要があるが、その段階で水中ドローンを活用し、取得画像や深度センサーの値と構造物の体積などから、堆積量の概算を見積もっているという。水中構造物のクラックなども、専門家が画像や映像を見て判定できるレベルのデータを取得できているそうだ。

 使用機体は、点検場所や用途によって異なる。例えば、火力発電所内の取水ピットの堆積物確認や、水力発電所の上流で水をせき止める取水堰ゴム袋体の台風通過後の過去補修箇所の確認には、「DiveUnit300」を用いた。マルチナロービームソナーを使って、暗渠のなかでも方向を確認しながら目的箇所まで到達できたという。

実用化事例② 火力発電所内の取水ピットの堆積物確認の様子(資料提供:九州電力)
実用化事例③ 水力発電所の上流における取水堰ゴム袋体の過去補修箇所確認の様子(資料提供:九州電力)

 また、これまで点検を行ってこなかった水力発電所内の取水口での堆積物や取水スクリーンの状態確認では、「CHASING M2 PRO」を用いて、レーザースケーラーの値から堆積物やコンクリート洗掘のサイズの計測を行った。水力発電所内の水圧鉄管での管路壁面や制水門の点検では「FIFISH V6 EXPERT」を用いて、壁面の凹凸やヒビの状況確認、タラップに積もった泥などの確認を行った。この2機種は機体サイズが小さく軽量であるため、狭い投入口から少人数で運用できる上、もし人間が潜るとなると狭く濁っているという環境下では非常に危険を伴うことから、労災リスクを抑えて安全に作業できるという利点も大きいようだ。

実用化事例④ 水力発電所内の取水口点検の様子(資料提供:九州電力)
実用化事例⑤ 水力発電所内の水圧鉄管での管路壁面や制水門の点検の様子(資料提供:九州電力)

機種ごとの差異

 本連載第6回でも「機種ごとの使い分け」をテーマにお伝えしたが、このように九州電力でも運用環境や用途に応じて3機種を使い分けていることが印象的だ。各機種について、お気に入りポイントや要望を聞くと、3つの観点が浮き彫りになった。

 1つ目は、バッテリー性能だ。例えば「DiveUnit300」はバッテリー交換式だが、海洋でさまざまなセンサーを搭載して運用すると、稼働時間は正味2時間程度になる。バッテリー交換のたび作業が中断されるのは、やはり非効率だという。海底ケーブルの点検は深いところでも50~60m程度なので、ケーブルを介した給電機能を求める声もあるそうだ。ただし、ケーブルが潮流に引っ張られるなど、運用上また別の懸念もある。

 2つ目は、リアルタイム性だ。「DiveUnit300」はクラウドも提供されているため、遠隔地でのリアルタイム確認が非常にやりやすいという。他機種でもコントローラーのHDMI出力と市販のデータ伝送装置を使えば、YouTubeのライブ配信なども可能なようだが、漁船などの限られたスペースで複数の機器やデバイスを使用するのは煩雑になる。遠隔地とのデータリアルタイム共有システムは、水中点検業務を行う上で重要な差別化ポイントになりそうだ。

 3つ目は、カスタマイズ性だ。「CHASING M2 PRO」は、機体にさまざまなオプションを装着しやすいようネジ加工が施されており、かつオプションを装備した状態で潜水させると自動で機体を平衡に保とうとする自律性が働く。北川氏は「実は一番のお気に入りだ」と明かす。例えば、GoProを前後上下に取り付けるなど、“好きなところに色々付けられる”のは現場向きといえそうだ。

今後の展開について

 本取材を通じて、水中ドローンの実用化が着実に進んでいることが明らかになった。主な事業内容は、水中ドローンオペレーションサービスの役務提供で、主な売上項目は機体やオプション製品の使用料と人件費、それに経費が上乗せされるというものだが、今後の事業展開としては2つの方向を視野に入れる。サービス提供分野の拡大と、付加価値の向上だ。

 サービス提供分野の拡大については、九州電力グループ保有のアセットはもちろんだが、高速道路、鉄道の橋脚、港湾設備、通信ケーブルなど、「水中部点検でお困りの方々の力になれれば」と口をそろえる。

 付加価値の向上については、データ活用領域への参入も視野に入れる。両氏は、「我々が見えているのはほんの一部。現場に行くたび、いろいろな方の意見を聞くと、まだまだ水中ドローンを活用できるところは多々あると感じているので、もっと裾野は広がっていくと思う」と話して、最後にこのように語った。

「空のドローンと同じように、ただ水中ドローンを潜航させて海中を撮影できるだけでは、いずれは価格競争に陥っていく。そこにいかに付加価値をつけるかが重要になる。この点は、空も海も変わらないのではないだろうか。空のほうは技術革新でいろいろなことができるようになり、サービスが高度化してきている。水中も、例えば無線化、位置情報取得、濁りの除去など、さまざまな技術革新が進んでいくと思うので、今後もまずは社内で積極的に取り組み検証を重ねつつ、社外にもサービスとして提供していけるよう事業を推進していきたい」(北川氏・日當氏)

藤川理絵の水中ドローン最前線

vol.1「水中ドローン」とは
2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ

vol.2 海洋ビジネスと水中ドローン
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vol.3 福島ロボットテストフィールドの活用
一般社団法人日本水中ドローン協会、多様な機体で研修実施

vol.4 水中ドローンニュースまとめ(2021年1月~3月)
海中旅行、CHASING新機種、ロボテスEXPO、牡蠣養殖場での実証や海洋DXの取り組み

vol.5 「陸側」での水中点検事例
管渠、ダム、浄水場など、ジュンテクノサービスNETIS登録の狙い

vol.6 東京久栄の事例
水中ドローン活用30年、管路・水路・ダム・漁礁での使い分けとは

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vol.9 養殖業での事例
網の汚損点検、アンカーの捜索、死魚回収まで、活用法の模索が進む

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一般社団法人日本ROV協会の事業概要、技能認定講習、今後の展開とは

vol.11 DiveUnit300の新機能
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vol.13 NTTドコモの事例
ICTブイ、5Gやクラウドとの連携を見据えた、「養殖DX」におけるROVの活用

vol.14 - 1 海のモビリティを“誰でも使える”ものに
(前編)国交省「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」最終成果報告会

vol.14 – 2 技術とニーズ「マッチング」の行方
(後編)国交省「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」最終成果報告会

vol.15 FIFISHシリーズ徹底比較
AI画像認識で水中ホバリングする新機能「Vision Lock」と各機種の比較をレポート

vol.16 水上水中ドローンの最新機種
SUBSEA TECH JAPAN 2022(第4回海洋産業技術展)展示機体と講演を取材

vol.17 ROVの自動航行化
FullDepth(フルデプス)、水中ドローンの「自己位置推定」と「自動制御」で海底マッピングを実現

水中ドローンビジネス調査報告書2022

執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:292P
発行日:2022/7/7
https://research.impress.co.jp/rov2022