水中ドローンは、実用化へと移行しつつある空中ドローンに4〜5年遅れる形で、いま本格的なビジネス活用が始まろうとしている。本稿では、水中ロボットのROV、AUVの分類から、水中ドローンの定義、役割、効果、ビジネス市場規模、現場の課題と今後の展望まで、2021年最新の「水中ドローンに関する基礎知識」をまとめて紹介する。建設、設備点検、調査、養殖、水難救助など水中における新たなビジネスのヒントになれば幸いだ。

水中ドローンとは

 水中ドローンとは、水中に潜水・潜航して自由に移動しながら撮影などの作業ができる水中ロボットの一種で、小型のROV(Remotely Operated Vehicle)を指すことが多い。日本でもここ2〜3年で、産業利活用が進んできた。期待されるのは、潜水士の代替やサポートだ。水中撮影はもちろん、水中構造物の点検、調査、工事、水難救助、水産業など、潜水業務はさまざまな産業で生じるが、人口減少による潜水士の人手不足と担い手不足は深刻だ。水中ドローンは、潜水士の負荷軽減や安全確保をはじめ、潜水業務コストの削減、取得データの有効活用などの導入メリットが注目されている。

ROV、AUVの分類と水中ドローンの定義

 水中ドローンを含む“水中ロボット”はさまざまあるが、特性に着目して、まず抑えておきたい呼称は「ROV」と「AUV」だ。いずれも無人潜水艇で、最大の違いはケーブルの有無。ROVとはケーブルを介して遠隔操縦を行う機体、AUVとはケーブルを持たず自律航行や自律制御により稼働する機体である。水中ドローンは一般的に、「小型のROV」と位置づけられている(2021年1月現在)。

 水中ドローンの定義は、インプレス総合研究所「水中ドローンビジネス調査報告書2021」によると、「深度数10〜100m程度の比較的浅い水域において有線で遠隔操作でき、重量10〜100kg程度まで、機体サイズ40〜100cm程度までのROV」。ROVの小型化、性能向上、低価格化によって産業利活用が進んできたため、今後はこうした機体を活用したさまざまな水中ビジネスが立ち上がると見込まれている。

活動領域名称主な用途日本語名称説明
水中ROV産業遠隔操縦無人潜水艇ROVとは、Remotely Operated Vehicleの略称。機体とコントローラーをケーブルで接続して遠隔操縦する無人潜水艇。取得データをリアルタイムに確認できる。機体喪失の可能性が低い。
AUV産業自律型無人潜水艇AUVとは、Autonomous Underwater Vehicleの略称。機体の自律航行、自律制御できる無人潜水艇。高速に広範囲を観測できる。機体喪失の可能性はROVよりも高い。ROVよりも機体は高価。
HOV産業有人潜水艇HOVとは、Human Occupied Vehicleの略称。人間が乗り込んで大深海などを探査する目的で開発されている。
UUV軍事無人潜水艇UUV(Unmanned Underwater Vehicle/ Unmanned Undersea Vehicle)とは、主に軍事目的で用いられる無人潜水艇や無人水中航走体を指す。
水上ASV産業遠隔操縦または自律航行の無人水上艇/小型ボートASVとは、Autonomous Surface Vehicleの略称。AUVの洋上中継機として活用される機体も含めて、遠隔操縦または自律航行できる無人水上艇または小型無人ボート。
USV軍事無人水上艇USV(Unmanned Surface Vehicle)とは、主に軍事目的で用いられる洋上艇を指す場合もある。

水中ドローンの役割

 水中ドローンの役割は、大きく2つある。1つは、人間の目としての役割だ。例えば、水中ドローンにカメラを搭載すれば、水中映像や画像の撮影、リアルタイムでのデータ確認ができる。また、水中は深く潜るほど太陽光が届きにくく、水が濁っていれば何も見えない。水中ドローンなら、カメラにLEDライトを搭載して光量を上げたり、音波や赤外線を利用して構造物を検出するなどの手法もあるため、人間の身体能力を拡張した運用も可能となる。

 もう1つは、人間の手としての役割である。アームやマニピュレータを装備し、海水や堆積物などの採取や水中生物の捕獲に役立つ。しかし手の役割はまだ限定的で開発の余地は大きい。

水中ドローンの効果

 水中ドローンを導入することで期待される効果は、潜水士の負荷軽減や安全性向上、コストの削減、作業性の向上などである。特に、水中をただ見てくるだけなど簡易な潜水業務を水中ドローンで代替する場合や、水深40m以深、寒い季節や濁度の高い場所など、人間が潜ることが難しい一方で潜水業務の緊急性・必要性が高い場合は、水中ドローン導入の効果は際立つと考えられる。

 水中ドローン導入の効果は、利活用が進むにつれて、より具体的になってくると思われる。本連載では、活用事例ごとの有用性についても深く掘り下げていく予定だ。

水中ドローン活用による効果具体例
安全性の向上    冬場の海、河川水辺、湖や、水深の深い場所、狭所、生活用水の排水などで水が濁っている場所など、人間にとってはリスクが高い水域で水中ドローンは人間に代わって長時間作業できるので、潜水士の安全性向上に役立つ。
コスト削減潜水士が一定の休息を要する場合でも水中ドローンは休みなく水中に潜航し連続して点検ができるため、作業の遅延を低減でき、労務費を削減できる。水深の深い場所で作業するための専用設備を要しなくなればコストを削減できる。
作業性の向上簡易的な水中点検調査にわざわざ潜水士を手配する必要がなくなり、作業性が向上する。水中ドローンを使って潜水士の作業現場を俯瞰して撮影し、地上の管理者がリアルタイムに現場状況を把握しながら水中の潜水士と音声電話でコミュニケーションを図ることで、水中作業中のリアルタイムに明確な作業指示を伝えることができ、作業効率向上や潜水回数低減を見込める。濁度の高い環境下でもソナーや赤外線を活用することで目視やカメラでの撮影では探知できない物体を撮影することができるため、作業性が向上する。
取得データの品質向上潜水士は目視のみならず水中にカメラを持って潜り対象物を近接撮影する業務も行っているが、潜水士により撮影品質にばらつきがあった。水中ドローンの活用によって同じ設定での撮影が可能となり、取得データの品質を向上できる。音波や赤外線などを活用したカメラ以外の機器、画像鮮明技術などを用いることで、従来のカメラでは撮影が不可能だった濁度の高い場所の撮影データを取得できるようになる。
顧客満足度の向上水中ドローンで水中の撮影データをリアルタイムに確認することで発注者と管理者など複数の関係者が同時にその場で水中作業状況を共有できる、取得データの品質向上によって報告書の品質も向上するなどの効果によって、顧客満足度向上を図ることができる。

水中ドローンと潜水士

 水中ドローンの導入に対する潜水士の反応はさまざまだ。水中ドローンに一部の業務をうまくスライドすることで、心身の負荷軽減を図る潜水士は増えているという。潜水士に業務委託する海洋土木工事や水産業の事業者にも、水中ドローンを積極的に活用する動きが見られる。

 しかし、「水中ドローンに自身の潜水業務を任せられるとは思えない」「仕事を奪われる」「潜水中に水中ドローンが一緒に潜航してくるのは怖い」といった否定的な意見も少なくない。水中ドローンと潜水士がうまく“協業”できる関わり方を模索することは、水中ドローンの実用化における鍵となりそうだ。

水中ドローンのビジネス市場規模

 インプレス総合研究所「水中ドローンビジネス調査報告書2021」によると、2020年度の日本国内の産業用水中ドローンの市場規模は20億円と推測されている。内訳はほぼ機体販売金額だ。機体単価は10万円後半から1000万円程度、販売台数は3,000台程度と見られている。水中ドローンを業務利用するために、カメラやセンサー、バッテリー、ケーブルなどをカスタマイズして販売されるケースもある。今後は用途特化型のニーズが高まると見られ、水中ドローンビジネス市場は2023年度、約2倍の38億円に急成長すると予測されている。

水中ドローン利活用が進む領域

 さまざまな産業で利活用が進みつつある水中ドローンだが、具体的にいくつかの領域を紹介したい。1つは、土木建築やインフラ維持管理だ。水中構造物の点検ニーズは、施設の老朽化を背景に上がり続けている。そして、水産業では沖合の定置網の破網調査、養殖場の維持管理での活用が始まっている。水難救助においても、どのような環境においても即時、何度でも潜航できる水中ドローンのポテンシャルは注目されている。

項目水中ドローンの活用が期待される具体的なシーン
土木建築港湾施設、漁港、洋上風力発電、海中ケーブルなど水中構造物建設に関する現場確認等
インフラ設備点検港湾施設、漁港、護岸、防波堤、波除堤、テトラポット、船舶、ブイ、河川、ダム、橋梁、砂防、湖沼、貯水槽、工場・プラント、発電所、工業用水管路、下水道管路、電力取水管送水管等
水産業魚介類の生育調査、水中網や水族館の点検・清掃、魚群探査、漁礁の調査、海底生物採取、水質・環境調査等
エンターテイメント・娯楽メディアや報道での水中映像撮影、水族館などレジャー施設での水中映像撮影、ダイビング、レジャー、釣り堀などの管理等
救助・安全管理海水浴場・河川水辺における水難救助・捜索、台風や大雨による水害時の現場確認および水難救助・捜索、海難救助・捜索、沈没船捜索および状況確認、潜水士安全対策、水中作業現場の状況確認等
学術調査・研究水中の環境観測、水質・環境調査、生態調査、地質学調査、海底地形図調査、考古学調査、沈没船調査、海底生物採取等

2021年最新、水中ドローンメーカー 一覧

 2021年1月現在、産業用途での利活用が進んでいる代表的な機体を開発しているメーカーと主力機体を紹介する。

企業名代表的な機体
日本FullDepth「DiveUnit300」
広和(受注生産)
中国QYSEA「FIFISH V6」「FIFISH V6S」「FIFISH V6 PLUS」など
CHASING「GLADIUS MINI」「CHASING M2」「CHASING M2 PRO」(2021年発売予定)
VxFly「CCROV」
Youcan Robotics「BW Space Pro 4K」「BW Space Pro Zoom」
Sublue「White Shark」
欧米Blue Robotics「BlueROV2」
Deep Trekker「DTG3」「REVOLUTION」

FullDepth「DiveUnit300」(出所:FullDepth
QYSEA「FIFISH V6 PLUS」(出所:セキド プレスリリース
CHASING「CHASING M2」(出所:スペースワン プレスリリース
Deep Trekker「DTG3 STARTER」(出所:Deep Trekker

水中ドローンの課題

 水中ドローンは技術的にも環境的にも発展途上であり、業務活用においてはさまざまな課題がある。

(1)法規制が存在しない
 水中ドローン自体を対象とする法規制はない。ルールが存在しないため、ビジネス活用に積極的に取り組めない実情がある。

(2)電波
 水中では電波が使えないため、GPSによるポジショニングができない。このため位置情報の把握が難しい。

(3)光量
 水中に届く太陽光は少なく、機体を目視しながらの操縦はほとんどできない。

(4)濁度
 水中は濁っているため、カメラ映像を確認しながらの操縦や撮影が難しい。

(5)水力・潮力
 水中の水の流れは地上から予測しづらい。特に海では潮力がある。

(6)信頼性
 海水による錆や濁水による汚れなどは、水中ドローンについてまわる問題だ。

(7)動力
 ほとんどの機体がバッテリー交換式であり、1回の潜航における動力は限られる。

 さまざまな課題に対して、メーカー各社はもちろん、機体のカスタマイズを手がける事業者なども、例えば可視光カメラの代わりに音波の活用やAIを活用した濁り除去などの技術開発に取り組んでいる。また、故障に備えて保険サービスを提供する事業者、操縦スキルや知識など実運用における技能向上を目指してスクールを運営する事業者などが、多方面からソリューションを提供し始めている。

水中ドローンビジネス今後の展望

 水中ドローンビジネスは、まだ黎明期だ。しかし、水中作業の効率化や高度化に対するニーズは高く、将来的に水中ドローンは「なくてはならない存在」になるだろう。2020年11月から2021年3月にかけては、「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」も開催されており、水中ドローンの利活用がさらに注目を集めそうだ。

 水中ドローンビジネスがより発展するためには、まずは「水中ドローンはどこでどう役立つのか」といった用途開発や、「どのような業務にはどのような機体性能が必要か」といった機体性能評価が進むことが必要だ。現状では、インフラ点検などにおいて国が公表している各種ガイドラインや点検マニュアルに「水中ドローン活用事例」が掲載されているほか、新技術情報提供システム(NETIS)には実証実験に用いた機体や結果などの具体的な報告が掲載されており、水中ドローンの活用事例に関する情報収集ではそちらを参照されるのも一手だ。本連載でも、産業や領域ごとに活用事例にフォーカスしたレポートを掲載していく予定だ。

 長期的な視点に立つと、脱炭素社会実現に向けた洋上風力発電の開発や、水素など次世代エネルギー関連インフラを港湾に整備する動きなど、インフラ設備開発、点検、保守における水中ドローンの利活用需要は右肩上がりに伸びると見られる。乱獲や水温上昇を受けて水産資源の保護が叫ばれているが、日本は海洋国家であり水産加工品の輸出を促進する方向で政策も動いている。水産業では水中ドローンの活用によって業務生産性向上、持続可能性向上、商品の付加価値向上を図ることも期待される。このような実情を踏まえると、次世代への“水中教育”も喫緊の課題といえるのではないだろうか。

 水中にはさまざまなビジネスチャンスが潜んでいる。水中ドローンを活用した新規事業開発やソリューション開発、また若手や次世代育成への挑戦者を応援するべく、本連載では水中に関連するさまざまな最新情報を、第一人者への取材や現場レポートなども交えてお届けしていく。

本特集は、2020年12月にインプレス総合研究所が発行した『水中ドローンビジネス調査報告書2021』にさらに情報を整理し、詳細をまとめています。詳細を知りたい方は以下のページで詳細をご確認ください。無料サンプルPDFのダウンロードも可能です。

水中ドローンビジネス調査報告書2021
執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021