水中ドローンを学びたいと思ったとき、はじめての方におすすめなのが「水中ドローン安全潜航操縦士講習」だ。これは、一般社団法人日本水中ドローン協会が人材育成事業として行なっている講習で、全国各地にある認定スクールで受講できる。

 午前中に座学、ランチ休憩をはさんで午後は操縦の実技講習と試験がある。試験は筆記と実技。両方に合格すると、水中ドローン安全潜航操縦士ライセンスを申請できる。水中ドローンを活用するうえで必要な基礎的知識と操縦レベルを修得した証となる。(ちなみに民間資格である。)

 筆者も5月、神奈川県三浦半島にある海の学校においてスペースワンが開催した講習に参加させていただいた。本稿では、その日の講習の流れと使用した2つの機体「CHASING M2」と「CHASING M2 PRO」の比較についてご紹介する。

実運用を「安全に」行うための知識を習得

 座学の冒頭、講師を担当したスペースワンの大手山弦氏は、「水中ドローンを事業として安全に管理・活用して、ビジネス活用の可能性を広げる人材の育成を目指している」と、講習の意義を説明した。

 また、空中ドローンの法規制の歴史にも言及。周知のとおり空中ドローンは、2015年首相官邸にドローンが誰も気がつかないまま着陸していたことを発端に、さまざまな法規制が整備されたが、水中ドローンについてはそれ自体を対象とした法規制は存在しない。

 大手山氏は「水中ドローンは現時点では大きな事故はなく、その中で需要も増えつつある。この状況を生かしながら、水中事業のIT化を進め、阻害しない法整備を促進したい」と話した。「安全潜航操縦の大切さ」を最初に訴えた点は、非常に共感できるところだった。

 座学講習は、オリエンテーションも含めて約3時間行われた。ラインナップはざっと下記のとおり。

1. 資格概要
2. 水中ドローンの市場
3. 法令
4. 運用
5. 運用環境
6. 技術・整備
7. 安全管理

 2章の「水中ドローンの市場」では、活用事例についても説明があった。昨今、水中ドローンがどのようなフィールドで、いかに活用できるのか、事例を知りたいという声がよく聞かれる。

 日本は海洋国家である。海中、特に沿岸エリアや水深の浅いところでのIT活用に対する潜在的ニーズのほか、水中ドローン活用の可能性は海以外にも広がっている事実、またその背景にある潜水士不足という社会課題についても解説があった。

講習の意義を説明するスペースワンの大手山弦氏

 3章の法令では、水中ドローンをビジネスで活用するうえで知っておくべき法律や、許可申請についてもレクチャーがあった。

 たしかに、水中ドローンには法規制がない。しかしだからといって、どこでも自由に潜航させることはできない。またルールがないからこそ、業務利用に踏み切れないという事業者も少なくない。

 大手山氏は、「水中ドローンやROV自体を対象として明記する法規は存在しない。しかし、環境に紐づく法律に抵触しないよう注意が必要だ」と説明した。

 一部を紹介すると、水中ドローンを海で使用する際には、港則法第31条「工事または作業」のうち「作業」に該当する場合があり、港長の許認可が必要になるという。港則法のほかにも、海上衝突予防法、海上交通安全法、港湾法、海岸法などを挙げて、どのような海域でなぜ抵触する可能性があるのか、詳しく解説があった。申請書類の項目例なども紹介された。

 そして講座はさらに、水中ドローンの運用における人員体制や事前準備、運用場所ごとの環境特性、と具体的な各論へと入っていった。

 過去に受講した方の中には、「ここまでやるのか」と漏らす方もいたそうだ。けれども、「安全帯(ハーネス)をつけていなかったらマンホールに落下していたと思う」など、講師陣の実体験にもとづいた講習内容は、「業務活用上、必要最低限のインプット」ではないだろうか。

 座学後半の講師をつとめたスペースワンの佐野章太氏は、このように指摘して座学を締めくくった。

「水中ドローンは操縦が簡単、ケーブルに繋がれているから大丈夫だろうと思われがちだが、そもそも機体を潜らせてみないと何もわからないし、運用環境によってさまざまな注意を払わなければならない。安全に運航することが何よりも大事だ。そしてそのうえで、水中ドローンをビジネスで活用できる可能性を、ともに開拓していきたい」(佐野氏)

実技は基本的な動作確認から目視外操縦まで

プールで実技指導しているところ

 操縦の実技講習は、プールで行われた。まず、機体の接続方法、各種設定方法、潜航の前後に確認すべき事項などを説明。そして、チェックシートを片手に、ひとりずつ交代で操縦訓練を行った。

 操縦は、2人1組だ。水中ドローンを実際に業務で使用する際にも、機体の操縦者とテザーケーブル担当は別々。講習では操縦はもちろん、ケーブルさばきや声かけの練習も重視されていた。

チェックシートに従って機体をセッティングするところ

 具体的な訓練内容はこうだ。スラスターを回す、LEDライトを点灯する、潜航と浮上、前進後退や左右、チルト(傾ける)といった基本操作を確認したのち、水中に設置された文字プレートをカメラで撮影する、機体を目視では見ずカメラ映像とケーブル担当者の指示だけを頼りに操縦するなどの訓練を行った。

 プールという易しい環境なので、はじめての方でも操縦感覚をしっかり体感でき、今後どのような訓練が必要かをイメージするきっかけにもなるのではないだろうか。

機体を潜航させたところ
機体を目視外で操縦しているところ

 約3時間の実技講習の後、実技の試験、筆記の試験が行われた。合否結果は、当日または翌日には、通知されるという。筆者は当日合格が判明し、安心感と達成感を感じながら帰路につくことができた。

「CHASING M2」と「CHASING M2 PRO」徹底比較

 さて、当日使用した機体は2つ。黄色い「CHASING M2」と、オレンジ色の「CHASING M2 PRO」だ。2機種の違いを比較してみよう。

 「CHASING M2(以下、M2)」は、2020年夏に発売された機体で、8つのスラスターで姿勢の保持や全方位への移動ができる。4Kカメラで静止画や動画を撮影できるほか、ロボットアームや、GoProカメラ、外部LEDなどを追加で取り付けられると話題になった。

 「CHASING M2 PRO(以下、M2 PRO)」は、この後継機として2021年春に発売されたばかり。パッと見ると同じデザインで、幅と高さは同じだが、長さが約100mm伸びた。その理由の1つは、機体中央縦方向に装着するバッテリーの容量を増やしたことだろう。

 2機種の標準バッテリー容量を比べると、M2は97.68Whで、M2 PROは300Wh。さらに、オプションの交換バッテリーの容量もパワーアップ。M2は最大200Whで、M2 PROは700Whだ。これにより、最大航続時間を伸ばすことに成功した。運用環境によって異なるが、M2の最大航続時間が1~2時間だったのに対して、M2 PROでは3~4時間。ちなみにM2 PROの交換バッテリーを使用すると、最大5時間になるという。

 モーター出力も50%向上した。M2は1000W、M2 PROは1500Wだ。これにより最大深度が、M2は100mだったがM2 PROは150mになった。最高速度も、M2の3ノット(1.5m/秒)からM2 PROは4ノット(2m/秒)になっている。

 重量も異なる。M2が4.5kg、M2 PROが5.7kgだ。ちなみに講習で両機体を持ち比べてみた感想としては、M2は女性でも軽々持ち上げられるが、M2 PROは陸上で持ち上げて機体の向きを変えるのに少し苦労した。またM2 PROは、カメラ性能も向上したようだ。センサーはSONY製 CMOSイメージセンサーIMX377で、アンチシェイク機能を設定でオンオフ選べるようになったという。

 最大の違いは、M2 PROのほうがはるかに多様なオプションを搭載できる点だろう。これらは、講習では扱わない“上級編”の装備になるが、実務においては必須アイテムになりつつあるものも少なくない。M2とM2 PRO、それぞれ追加搭載できるオプションを整理しておこう。

 2機種共通で使用可能なオプションは、「ロボットアーム」「追加LEDライト」「電動リール」「有線接続」「レーザースケーラー」だ。有線接続とは、これまで無線接続だったコントローラーとデバイスを専用ケーブルで接続できるようになったというアップデートで、M2 PROで新たに登場した機能がM2でも使用可能になった。レーザースケーラーは、入荷待ちとのこと(2021年6月17日現在)。

M2とM2 PROに搭載可能なロボットアーム(ジャパン・ドローン展 2021 スペースワンの展示ブースにて筆者撮影)
M2とM2 PROに搭載可能な追加LED(ジャパン・ドローン展 2021 スペースワンの展示ブースにて筆者撮影)

 M2 PRO専用オプションには、マルチインターフェイスドッキングステーションがある。これは、すでに販売中のマルチビームソナー、ハイライトスクリーンコントロールボックスや、これから販売予定のUSBL水中ポジショニングシステム、外部カメラなど、さまざまな機器を搭載するためのハブとなる機器だ。

M2 PROにマルチインターフェイスドッキングステーションを搭載したところ(ジャパン・ドローン展 2021 スペースワンの展示ブースにて筆者撮影)
M2 PRO専用のハイライトスクリーンコントロールボックス

 このように、M2からM2 PROが発売されるまで1年未満、さらに続々とオプション製品が登場していることを考えると、水中ドローンの進化はとても早い。さまざまな機体を体験したり、機種ごとの特徴や違いを比較したりできることも、スクールを受講する利点といえるだろう。

 なお、一般社団法人日本水中ドローン協会の水中ドローン安全潜航操縦士ライセンスを取得した次のステップとしては、インストラクター講習と認定制度がある。インストラクターの資格を取得すると認定スクールを開講でき、協会主催のスキルアップ研修への参加、インストラクター同士での情報交換、多様な業種間でのネットワーキングなども期待できる。本連載第3回では福島ロボットテストフィールドで開催されたスキルアップ研修をレポートしているので、合わせて参考にしていただければ幸いだ。


【藤川理絵の水中ドローン最前線】

vol.1「水中ドローン」とは
-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-

vol.2 海洋ビジネスと水中ドローン
-海洋研究開発機構(JAMSTEC)吉田弘氏が語る「水中ドローンの課題と展望」-

vol.3 福島ロボットテストフィールドの活用
-一般社団法人日本水中ドローン協会、多様な機体で研修実施-

vol.4 水中ドローンニュースまとめ(2021年1月~3月)

vol.5 「陸側」での水中点検事例
-管渠、ダム、浄水場など、ジュンテクノサービスNETIS登録の狙い-

vol.6 東京久栄の事例
-水中ドローン活用30年、管路・水路・ダム・漁礁での使い分けとは-


水中ドローンビジネス調査報告書2021
執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021