沿岸や離島の地域課題を解決するため、水中や水上のモビリティ活用を、国としても推進する動きが出ている。2020年11月から2021年3月、全4回に渡って「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」が開催され、とりまとめが発表された。

 今回は、同協議会の事務局を担当した、国土交通省総合政策局海洋政策課 課長補佐の橘有加里氏らに、協議会が立ち上がった背景や開催内容、今後の展開について聞いた。なお国土交通省は、「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」の公募を開始しており、8月17日17:00まで応募申込みの上で、応募書類の提出を8月20日17:00まで受け付けている。

協議会開催の背景

「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」が開催された背景は、大きく4つの視点がある。1つは、海の利用用途の広がりだ。従来の水産、海運から、洋上風力発電、資源開発、海洋観光など、新たな利用用途が増えてきた。さまざまなプレイヤーが混在するなかで、ともに海をうまく利用していくために、今後の海洋政策をどのように進めるべきか、検討が進められてきたという。

 2つめは、技術的な進歩だ。空中ドローンの技術が水中や水上にも使われることで、低価格化も進み、沿岸や離島における省人化や自動化に向けた活用を念頭に、技術やサービスの開発が進みつつあることに着目したという。

 3つめは、沿岸地域や離島は、高齢化や過疎化の問題が深刻で、かつ港湾インフラなどの老朽化が急速に進んでいる点だ。例えば、沿岸域の高齢化率は全国平均より10ポイント高い。港湾の岸壁は、建築後50年以上となるものが2019年現在は約5,000施設のうち約2割だが、20年後の2039年には約7割に急増する見通しで、潜水作業の危険性も高まる。どのように沿岸離島地域の活動を確保していくべきか、急ぎ策を講じる必要がある。

 4つめは、海における科学技術活用を促進する、国際トレンドだ。「SDGsの目標14」では、海の豊かさを守ることが掲げられている。具体的には、海洋ゴミによる汚染、海洋の酸性化、水産資源の乱獲などをはじめとする、地球規模でのさまざまな課題解決が求められている。そして、国連総会では2021年からの10年間が「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」と定められて、SDGs達成のために科学技術を最大限活用することが掲げられている。

 このような背景から、「沿岸や離島のどんな課題に対して、どのような技術が解決策を提示し得るのかを、関係者が集まって話し合おう」ということで、「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」が開催されたという。

海における次世代モビリティの種類と事業者

 それでは、海における次世代モビリティとは、具体的にはどのような技術なのか。同協議会では、水上のASVと、水中のROV、AUVの3種類に分類して、技術やサービスの開発状況を確認したという。

(海における次世代モビリティに関する産学官協議会 第1回資料2より引用)

水上における次世代モビリティ

 水上における次世代モビリティとは、ASV(Autonomous Surface Vehicleの略)、小型無人ボートのことを指す。協議会では、「遠隔操縦または自律航行により制御され、水上を航行する小型船舶で、主として総トン数20トン未満の小型船舶・ミニボート」を検討対象とした。

 ASVはこれまで、海上保安庁が保有する海洋調査に特化した「マンボウII」の活用や、AUVにより取得した海中データを地上に送信するための洋上中継機としての開発が進んでいるが、小型化、低価格化といった、沿岸・離島での活用可能性を高める動きが進みつつあることが分かったという。とりまとめには、「全長約3mとワンボックスカーにも搭載可能な比較的小型のASVが国内において製品化されている事例がある」とされ、下記のような利用用途が紹介された。

(ASVの利用用途例)
カメラによる水上警備
カメラによる環境調査
インフラの水中設備点検
給餌ユニット搭載による生簀や養殖場での餌の自動散布
離島物流

 ASV領域の事業者としては、自動航行と自動着桟が可能なASVの開発を手がけるヤンマーホールディングスの発表や、陸・海・空の無人物流機やプラットフォームを開発する かもめや が協議会に参加した。

(ヤンマーホールディングス提出資料より引用
(かもめや提出資料より引用

水中における次世代モビリティ ①ROV

 水中における次世代モビリティは、2種類ある。ROV(Remotely Operated Vehicleの略)と呼ばれる遠隔操作型無人潜水機と、AUV(Autonomous Underwater Vehicle)と呼ばれる自律型無人潜水機である。

 ROVは、船上または陸上の制御装置と機体をケーブルを介して接続して、カメラ映像などを確認しながら遠隔操作により水中の各種情報をリアルタイムに伝送する機能を持つ。また、マニピュレータを装備し、機器設置や物品回収などの作業を行えるものもある。利用用途としては、下記のような事例があがったという。ちなみに、現在は消防法令により、政令都市の消防組織ではROVの設置が義務付けられ2019年現在、全国で計86台が配備されているとのこと。

(ROVの利用用途例)
船底やスクリューなどの点検
水産資源調査
養殖場における生育状況の可視化
定置網の日常的な点検
漁礁の配置状況確認
インフラ維持管理のための水中設備点検
洋上風力発電の、維持管理
災害時の被害状況の確認、航路の安全確保

 ROV領域の事業者としては、水深100mなどの浅海から深海1万mまで多様な実績を持つ三井E&S造船や、光ファイバーケーブルや姿勢保持機能を搭載する国産水中ドローンメーカーFullDepth(フルデプス)、ROVとAUVを活用する いであ などが参加した。

(三井E&S造船提出資料より引用
(FullDepth提出資料より引用
(いであ提出資料より引用

水中における次世代モビリティ ②AUV

 そしてもう1つの水中における次世代モビリティ、AUVは、水中への潜航から航行、水面への浮上までを、潜航前に機体にインプットしたプログラムに基づいて全自動で行う機能を有する無人潜水機だ。ケーブルがないためROVよりも広範囲を動き回ることができるが、データのリアルタイム伝送ができない、複雑な行動は不得意という側面もある。現時点で沿岸・離島地域での利活用はなされていないが、今後の利用可能性としては、下記などが挙げられた。

(AUVの利用用途例)
広範囲にわたる藻場などの調査
海底地形データの取得
養殖場のモニタリング
洋上風力発電施設における水中構造物の定期点検や、3Dモデル化

 AUV領域の事業者としては、AUVとASVを連携させた海洋無人システムを開発するIHIや、利用事業者としてAUVやROVを活用する いであ が参加した。AUVというと大型で数億円クラスの水深数1000m以上潜れる機体が主流だというイメージだが、東京大学生産技術研究所の巻俊宏教授らが開発した機体には、ワンボックスカーで運べるくらい小型のものもあるとのことだ。例えば、沿岸や離島の浅海でインフラ点検用途を考えるならば、適切なサイズ・価格感かもしれない。

(IHI提出資料より引用
(いであ提出資料より引用

実証実験による社会実装の推進

 このように、さまざまな技術開発が進められているが、産業として立ち上がるための「突破口」がいまだ見えていないのが日本の現状だ、と橘氏は指摘する。

「機体の販売数が伸びれば、1機体当たりの価格も下がるが、日本には海の次世代モビリティの機体販売数を稼ぐような分野が育っていない。というのも、海外では軍事目的や石油パイプラインの敷設や維持管理といった産業があり、そのなかで水中や水上におけるモビリティの開発・利活用が進んできたが、日本にはそういう分野がなく、沿岸や離島で利活用を模索しているという点は、日本特有の動きだ」(橘氏)

 このため、技術の認知度が上がらず、利用拡大にもつながらないという悪循環に陥っているという。国土交通省は、2021年7月に公募を開始した「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」で、この突破口になるものを見出したいという。

「インフラ管理、洋上風力、観光教育、離島物流、災害対応、それぞれに課題があり、海の次世代モビリティ活用の必要性があることを感じている。沿岸・離島地域で1つでも、社会実装が進み、技術・サービス開発における競争が活発化するような分野が明示できれば、他の分野への波及効果も狙えるのではないか」(橘氏)

「ユーザー視点」の重要性

 本協議会の構成員として、自治体ごとに抱えている課題やニーズ、取組状況を紹介した自治体は5つあった。北海道函館市、静岡県、三重県志摩市、兵庫県神戸市、長崎県壱岐市だ。

 本実証実験は、地域ごとに抱えている多様な課題やニーズの解決を図るため、自治体(ユーザー)と事業者が共同で応募し、実施することが原則となっている。ユーザーニーズに即した機能やサービスを開発することに期待が寄せられているためだ。

ルール作りについて

 本協議会への参加事業者からは、中長期的な課題として、「次世代モビリティ運用に関するガイドラインの整備」や「次世代モビリティに特化した、インフラ整備や点検診断マニュアル」、また「事業リスク評価や保険制度の検討」を求める声も上がった。

 とりまとめでは、こうした課題への議論が進むよう、引き続き産学官が協力していくことの重要性が示されている。

異業種からの参入

 水上や水中の次世代モビリティの社会実装を進め、産業としての成長を加速するためには、異業種からの参入も不可欠だという。本協議会では、銚子沖洋上風力発電所においてROV活用による施設点検の検証を進めた東京電力リニューアブルパワーや、ローカル5Gを活用した漁場の遠隔監視システムを開発するNTTドコモも発表した。

 このように地域課題の解決に向けたソリューション開発力のある企業と、水上・水中のモビリティに関する技術を有する企業、そして自治体がどのようにコラボレーションしていくのか、そして新たな利用用途・サービスの開発や投資が集まる分野へと成長していくために、実証実験がどのように機能していくのか、引き続き注視したい。

※「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」のスケジュール
8月4日(水)14:00~ 説明会の開催(参加は任意)
8月17日(火)17:00 応募申込み期限
8月20日(金)17:00 応募書類の提出期限

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水中ドローンビジネス調査報告書2021

執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021