東京久栄は、水中ドローンという言葉が生まれる前から、ダイバーと水中点検用ロボットを併用してきた老舗企業の1つだ。その取り組みが始まってから、なんと30年以上経つ。日本で小型ROV開発が始まってすぐ、「潜水作業の安全確保」のために取り入れたという。

 というのも、同社は水中メンテナンス事業のなかでも、「管路」を主に手がけてきた。管路の奥までダイバーが潜って点検するのは非常に危なく、「最小限にしたい」という社内ニーズが高かったという背景がある。

 今回は、東京久栄で水中ドローンを日々の業務で活用している水中メンテナンス部門を訪問。同社における水中ドローンの活用状況、5つの保有機体やセンサー類、活用エリアなどを聞いた。

 ちなみに、ROVって何?という方は、連載vol.1に記載したので参考にしていただけると幸いだ。ざっくりいうと、テザーケーブルで遠隔操作する無人潜水艇のことである。この連載では、水中ドローン=1人〜複数人で持ち運びできるくらい小型で軽量のROVとしている。

東京久栄における水中ドローン活用の概況

 東京久栄は、もともと塩田の海水パイプライン工事を行う会社として1953年にスタートした会社だ。1960年代からその技術を活用して、冷たくきれいな海水を安定的に取り入れる取水設備や海域環境に配慮した放水設備を開発し、発電所をはじめとする数多くの施設に提供してきた。

 そして、同社は自社で設計・施工した海中の管路の点検やメンテナンスを、ダイバーが潜って行ってきた。しかし、管路内部には傾斜や90度の曲がり角があるなど、ずっと1方向に潜ればよいという単純な構造ではない。さらに、水は濁り視程が悪く、堆積物があり、管の壁面には突起物もあって、潜水作業には危険が伴う。

 このため、同社では早期から水中設備点検ロボットやROVの活用を積極的に進めてきた。「ダイバーが潜らなくてよい潜水作業はロボットで代替する」という文化が脈々と続いてきたのだ。一般的にロボット活用というと生産性向上や費用対効果が重視されがちだが、水中においては「安全確保」の視点がとても重要だと、改めて気付かされる。

 「まずはROVで見てみて、補修箇所を見つけたらダイバーが潜って詳細をチェックし、補修が必要か不要かを判断してから補修を実施する」という業務フローが定着しているという。ちなみに同社では、このようにROVを併用した方がダイバーのみで水中点検を行うよりも、コストを抑えられるそうだ。

水中ドローンを活用して構造物(取水先端)の点検を行っているところ(東京久栄会社説明動画より)

東京久栄の水中ドローン5機種

 それでは、東京久栄ではどのような機材を使っているのだろうか。まず、同社が保有する水中ドローンは、現在5機種あるという。一覧はこちら。

(機種一覧)
広和(日本)製「Marine LEO」
広和(日本)製「Marine VEGA」
FullDepth(日本)製「DiveUnit300」
CHASING(中国)製「CHASING M2」
キュー・アイ(日本)製「DELTA100R」
※寸法と重量が大きい順に掲載

東京久栄が保有する5台の機体のうち、外部給電を有する3台(資料提供:東京久栄)
バッテリー内蔵型の2台と、右は水上ドローン(資料提供:東京久栄)

使い分けのポイントは「外部給電」と「拡張性」

 管路や水路の点検で、これらの機体をどう使い分けるのか。1つめのポイントは、「外部給電」か「バッテリー内蔵」かという点だ。

 発電所やプラント、建設現場における取放水路点検では、たいてい1カ所から機体を投入し、複雑な内部構造かつさまざまな環境条件下で、内部の突起物にも引っかからないよう、慎重に潜航させる技術が求められる。また、管内の突起物に引っかかったり、ケーブルが絡まったりしても、その場で浮かせて回収することはできず、なんとか遠隔で操作して投入場所まで戻して外に出さなければならない。万が一のことを考えると、外部から電力を供給できるほうが安心だという。

 2つめのポイントは、「拡張性」。つまり、多様なセンサーをどれだけ載せられるかという、物理的な機体の重量やペイロードが問題となってくる。

 例えば、暗く濁った管内を可視化できるイメージングソナーを搭載し、さらに傷の大きさや水底に落ちた異物の大きさを計測できるラインレーザーを搭載するなど、機体にカメラ以外の機材を2つ以上装備して使い勝手をよくしていくと、大きな機体でなければ非力な場面は多々あるという。

 他方、小型機にも取り付け可能な1軸のアームを活用して採水装置を開発するなど、現場ニーズに対応したDIY的な拡張も手がけている。

アームが閉じると注射器が押されて空気と水を抜き、開くと採水する仕組み(特許出願中)

広がりつつある、水中ドローンの活用エリア

 このように、東京久栄では主に、発電所の取水・放水設備の点検やメンテナンスにおいて水中ドローンを活用してきたが、ほかにもその活用エリアは広がりつつある。どのようなエリアで、どんな機体や機材を使っているのかを聞いた。

水中ドローン活用の場(資料提供:東京久栄)

ダム湖

 同社で管路に次いで多いのは、ダム湖の取水・放水設備の点検やメンテナンスだ。ボートに乗って運用することが多いため、バッテリー内蔵の機体ほうが扱いやすいという。

 しかし、カメラ以外の装備も必要になる。濁度が高く堆積物も多いダム湖内で、巻き上げを起こさないよう静かに潜航させるためのイメージングソナー、点検報告書に場所を明記するために、位置情報を取得できる水中測位装置も搭載する。ちなみに、ダムは山奥にあるという立地の特性上GPSが入りにくいため、同社ではRTK対応の水中測位装置を使用している。

 また、傷の大きさなどを計測できるラインレーザーも、濁度の高いダム湖においては、出力の高いものが必須アイテムになりつつあるようだ。このように、複数の機材を搭載することを考えると、ある程度の機体重量やカスタマイズの柔軟性が求められることが予想される。

海域

 海では、漁礁などの水中設備の点検や、サンゴの育成状況やアマモなどの藻場造成といった海域での生物調査で、水中ドローンを積極的に利用している。

 海は、水の濁りや堆積物による巻き上がりといった心配よりも、潮の流れや波浪といった海象が運用に大きく影響する。このため、推進力と重量の大きな機体が求められる。また、広範囲を動き回る海の調査で、センサーを2つ以上搭載することを考えると、外部給電型は重宝するそうだ。

 例えば、広い海で漁礁を探すのに、カメラ映像だけでは時間と労力がかかるが、イメージングソナーを活用すれば探索時間を大幅に削減できる。また、水中測位装置を活用して、だいたいの緯度経度を把握できれば、次回以降の点検では効率が格段に上がる。

小口径管

 水産施設における小口径管は、管路とほとんど同じ運用環境だが、小さい機体しか入らない。小型機は、センサーを搭載するにはペイロードと電力が不足することが多いものの、「これまで入ることもできなかったところ」を点検できるため、ニーズが高まっているという。

小規模調査

 小規模な水中・海中調査では、機動力の高い小型機が活躍するという。CHASING M2シリーズやFIFISHシリーズなど、従来バッテリー内蔵型だった機体が、いま次々と外部給電システムを取り入れており、「ちょっと見る」というユースケースが各所で増えつつあるとのことだ。

「測る」と「見る」の二極化へ

 このように、管路の点検やメンテナンスから始まった東京久栄の水中ドローンの活用は、さまざまなエリアへと広がりつつあるが、今後の業務の主体は、より「測る」ことに寄っていくという。一方で、これまではなかったような、マンホールの中を見られるかといった「まずは見る」相談も増えているそうで、水中ドローン活用の裾野は着実に広がりつつあるようだ。

 今後は、両方のニーズへの対応を図るという。まず、「測る」では、本体の機能増強を目指す。具体的には、超音波厚さ計による鋼板肉厚計測や、ロボットアームによる作業性向上、高圧水による付着物除去などだ。また、すでに導入済みのカメラ映像の鮮明化技術のほかにも、写真データから3Dモデル化するフォトグラメトリーなどソフトウェア領域の技術展開も進めていくとのこと。

 そして、「見る」においても、ダイバーが見るためだけに潜っていたような業務は、性能が向上してきた小型汎用機を活用して、置き換えていくことが可能になるという。例えば、管の設置工事での日々の進捗確認やダイバーの監視などだ。また、打ち合わせ前後にざっと現況確認することで、業務効率向上を図るといった使い方もありそうだ。

オペレーター育成がますます重要に

 最後に、オペレーター育成の重要性についても、補足しておきたい。東京久栄はもともと、ダイバーによる水中点検メンテナンスの実績が豊富であり、これをベースに水中ドローンの活用を進めてきた。

 また、水中ドローンのオペレーターも、ダイバーとして潜水業務経験があるからこそ、図面を読んで頭に入れたうえで、潜航計画を策定し、「自分が泳いでいる感覚」で機体を操縦できるという。オペレーターと協働して現場を運用するテザーケーブル操作員、記録員も同様だ。

 東京久栄は、水中ドローン市場拡大に伴い、オペレーターの育成も強化している。水中ドローンを扱うための基礎知識はもちろん、潜航計画の立案方法トレーニングや、社内に設置した水槽での実践的な操縦トレーニングを行っている。点検実施後のレポーティングまで、OJTも含めて指導する体制も整っている。

操縦訓練用の円柱水槽(径口3m×水深5m)
操縦訓練用の管路水槽(径口1.9m×長さ20m)

 今回の取材で特に印象的だったのは、「見えないことを前提に操縦しないといけない」というリアルな言葉だ。空中ドローンでいうところの「目視外飛行」を、「FPV」で操縦しなければならないうえに、そのFPVの視界は極めて “不良好” な現場が多いのだ。

 現場のニーズに応え続けてきた老舗企業でどのようなオペレーター育成が行われているのか、大変気になるところだ。現在は講習の社外提供は行っていないが、水中ドローン産業の活性化のため視野には入れているという。「水中ドローンの扱いが難しい」という事実があまり知られていない現状を考えると、詳しく聞きたいというニーズはこれから高まってくるのではないだろうか。


【藤川理絵の水中ドローン最前線】

vol.1「水中ドローン」とは
-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-

vol.2 海洋ビジネスと水中ドローン
-海洋研究開発機構(JAMSTEC)吉田弘氏が語る「水中ドローンの課題と展望」-

vol.3 福島ロボットテストフィールドの活用
-一般社団法人日本水中ドローン協会、多様な機体で研修実施-

vol.4 水中ドローンニュースまとめ(2021年1月~3月)

vol.5 「陸側」での水中点検事例
-管渠、ダム、浄水場など、ジュンテクノサービスNETIS登録の狙い-

水中ドローンビジネス調査報告書2021
執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021