「海のアバターの社会実装を進める会」が2021年12月10日から2日間、福島ロボットテストフィールド(以下、福島RTF)で開催された。初日は特別シンポジウム、2日目は水中ロボットのデモンストレーションや、遠隔4地点をつないだ海域でのデモやロボコンの中継が行われ、経済産業省 石井正弘副大臣も視察に訪れた。本稿では、学びや体験が満載だった両日をレポートしたい。

 なお、本イベントの主催は福島イノベーション・コースト構想推進機構。後援は海洋研究開発機構(JAMSTEC)、ALANコンソーシアム、日本ロボット学会、海洋理工学会、電子情報通信学会(通信ソサイエティ UWT研)。運営事務局は一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)がつとめた。また、NPO特定非営利活動法人 日本水中ロボネット、長崎県庁、長崎大学、島原市、一般社団法人 日本水中ドローン協会、広和、コスモス商事、タカワ精密、スペースワンが協力した。

2日目の終了後、クリスマスツリーを囲んで記念撮影

洋上風力から水産養殖まで、水中ロボット活用のこれから

 初日の特別シンポジウムは、「水中ロボットを中心とした海洋産業の「今」と「未来」」と題して行われた。洋上風力発電における水中ロボットの活用や、世界的に需要が高まっている水産養殖におけるテクノロジーの実装、海のワイヤレス技術についてなど、産学官のさまざまな立場から講演があり、リアルとオンライン合わせて約100名以上が参加した。

 最初に登壇したのは、福島RTF副所長の秋本修氏。福島RTFの概要を説明したのち、現在を「水中ロボットによる海の産業革命の黎明期」ととらえていると言及して、今後の社会実装への期待を示した。

 復興庁統括官の由良英雄氏は、「福島の復興、創生の実現に向けて」と題して基調講演を行い、用途開発につながる研究が求められているとしたうえで、「エネルギー開発、水産業における活用をどう図っていくかが重要である」と話した。続いて、南相馬のタカワ精密が登壇し、廃炉での活動を想定した水中ロボットの開発について講演を行った。「ラドほたるII」は、2日目のデモンストレーションにも登場した。

 シンポジウム前半を締めくくったのは、東洋建設 土木事業本部 洋上風力部部長の北畑貴史氏。「洋上風力発電における低コスト技術開発と水中ロボットの活用」というタイトルで講演を行った。北畑氏は、洋上風力発電に関する「サクションバケット基礎工法」という新しい技術について解説したのち、サクションポンプの切り離しや杭打設中の監視などにおける水中ロボットの活用についても言及。「そもそも洋上風力発電建設は外洋で、かつ昼夜を問わない連続作業を伴う。モニターによる目視管理をはじめ、水中ロボットなしには為し得ない」と話した。

洋上風力発電における水中ロボットの活用
洋上風力発電における水中ロボットの活用

 そして、シンポジウム後半のトップバッターは、水産養殖テックをグローバルに展開するスタートアップ、ウミトロンのマネージャー浅野由佳理氏。「テクノロジーで実現する持続可能な水産養殖の実装を目指して」と題して、招待講演を行った。浅野氏は、世界的な人口増加に伴うタンパク需要の増加を背景とした養殖業の成長性や、天然資源を使った飼料の高騰など養殖業における課題について説明したのち、同社が手がけるソリューションを紹介した。具体的には、AIを使った自動給餌システムや、AIを活用した魚のサイズ測定システム、海洋環境モニタリングデータを提供するサービスについて。今後は、洋上風力と沖合養殖の適地選定などにも活用を進めたいと意欲を示した。

ウミトロンが手がけるAI自動給餌
ウミトロンが手がける非接触型の魚体サイズ測定
ウミトロンが手がける海洋環境データサービス
ウミトロン技術の全体像

 電子情報通信学会 通信ソサイエティUWT研の講演「海のワイヤレス技術」も注目を集めた。運営サイドで司会進行もつとめていたJAMSTECの吉田弘氏が講演者として登壇した。吉田氏は、海中での音、光、電波といった無線技術の利用用途を、造船や海上輸送、漁業という既存産業に止めるのではなく、世界的な成長産業である水産養殖業、まだ技術開発は必要だが製品価値が非常に大きい海底資源、橋梁、河川、堤防、水門、揚水・排水機場、ダムなど水回りのインフラと、大きな経済規模を見込める新たな市場にも目を向けるべきだと指摘した。その上で、電磁波を用いた水中通信機器が安価に提供される可能性や、用途に応じた機器の選定の必要性にも言及した。

電磁波を用いた水中通信機器の可能性
音と光と電磁波の海中利用の比較
音と光と電磁波の海中利用の比較

 “学”の立場からは、お二方が登壇。福島大学共生システム理工学類教授の高橋隆行氏は、「人支援ロボットの開発と人材育成」と題して講演を行った。これまで30年以上、知能ロボットコンテストを主催してきた経験から、ロボコンの教育効果についての持論を展開。「ロボットコンテストはあくまでも技術者としてのエントリーで、ロボコンに勝利したとて技術者として大成したというわけではない。大成功すると天狗になり、大失敗するとモチベーションがなくなる、教育者に求められるのは“さじ加減の妙”である」と説明して、「技術で遊ぶ、技術の無駄づかいは、教育効果が非常に高い」とメッセージを送った。

 また、長崎県産業労働部参事監と、長崎大学研究開発推進機構で機構長特別補佐を兼務する森田孝明氏は、「産・学・官の連携による海洋産業創出を目指して〜フィールド実証から社会実装に向けて〜」と題して講演を行い、2022年度より長崎大学工学部に海洋未来科学コースが新設されることも紹介した。

水中ドローンのデモや、海での実演中継も

 2日目は、福島RTFの水槽を活用した水中ロボットデモンストレーションが実施された。デモに参加した企業は、広和、コスモス商事、タカワ精密、スペースワンの4社で、デモのあとは参加者の操縦体験も実施した。

福島RTF屋内水槽試験棟には、水深7mの大水槽と水深1.7mの小水槽がある

 広和のROV-500は、1基あたり400W出力のスラスターが、水平方向に2基、垂直方向に2基備わり、発電機からの送電システムも有しており、水深500mまで潜航可能だ。前後進、左右旋回できるほか、方位と深度を保持するオートパイロット機能も備えている。また、カメラのほかにもマニピュレータやブラシなどの、多様な作業用オプション機器を搭載可能だ。

水中への着水作業の様子
デモ見学の様子

 完全に受注生産である本機体を操縦体験できる機会は非常に貴重。視察に訪れた経済産業省石井正弘副大臣も、水中を泳ぐ機体を楽しそうに動かしていた。また当日は、広和東京支店マリンシステム部グループ長が、海洋での経験豊富な操縦技術をいかして、ROVをイルカのように泳がせる技も披露した。

経産省石井副大臣が操縦体験する様子
勝田氏による“ドルフィンジャンプ”

 コスモス商事は、ニュージーランド製のBoxfish ROVを使ったデモを行った。この機体の大きな特徴は、8500lmという非常に明るいLEDライトを2つ搭載し、さらにこのLEDライトの位置を左右に広げられるところ。水深300mでも安定した映像を取得でき、光ファイバーケーブル経由で圧縮せずにデータを取得できる点も魅力だという。また、機体の前後に魚眼レンズを備え、操縦用のコントローラ画面に映像が映し出されていた。

LEDライトのアームを開いたところ
Boxfishを操縦する様子

 タカワ精密の「ラドほたるII」は、廃炉における水中部の調査で、実際に現場で活用されている機体。姿勢や位置の半自律制御機能を備えた小型機で、前後左右上下の6方向にカメラを搭載している。

「ラドほたるII」
機体前方のカメラ
「ラドほたるII」の説明パネル

 遠隔4地点をつないだ中継で、実海域デモを披露したのは、スペースワン。中国製のCHASING M2を使った操縦体験や、岸から8m、水深4〜5mにある藻場の様子を流れが強い悪条件下にもかかわらずカメラ映像で届けたほか、CHASING M2 PROにマルチビームソナーを搭載して水中を可視化する実演も行った。現地には、初日の特別シンポジウムにも登壇した復興庁統括官の由良英雄氏が訪れて、水中ドローン操縦を体験した。

復興庁統括官の由良英雄氏がスペースワンのデモを視察

 長崎県の島原では、長崎大学山本研究室のチームが実証実験の様子を公開。自律的に自己位置を保持できる水上ドローン(ASV)が、AIを搭載したROVを搬送して、ROVが港湾施設壁面のキズを検知したのちに、再度ASVにドッキングするという、一連の流れを中継した。神戸からは、海洋科学技術の国際シンポジウムであるTechno-Ocean 2021のメインイベントとして開催された、水中ロボット競技会の様子を伝えた。

複数エリアでの実海域デモを中継しているところ

 福島RTF、福島と長崎の海域、神戸のイベント会場と、4地点を生中継して、水中ロボットイベントそれぞれの様子を、一度に視聴できる贅沢な試みは非常に盛り上がった。

中継の様子(抜粋)

 また、実海域のデモを終えて福島RTFに戻ったスペースワンは、水槽の底に沈んだネジの回収に、水中ドローンのアームを使ってチャレンジ。スタートから約4分程度で、見事成功して会場を沸かせた。

ネジ回収チャレンジ成功の瞬間

 「海のアバターの社会実装を進める会」は、今年で第3回目。昨年はオンラインで視聴させていただいたが、今年は現地参加ということで、1度にさまざまな種類の機体を操縦体験できる、豪華なスタッフ陣にじかに質問をできる、リアルの贅沢さを改めて実感した。また2日目には、JAMSTEC吉田氏によるミニセミナーも2回開催され、水中におけるビニールテープの働きについて、ROV用のケーブルの作り方などのレクチャーもあった。両日の様子は、アーカイブ視聴も可能とのこと(無料)なので、水中におけるロボット活用に関心がある方は、冬休みを活用して視聴してみてはいかがだろうか。来年の「海のアバターの社会実装を進める会」が、どのように“深化”するのかいまから楽しみだ。

藤川理絵の水中ドローン最前線

vol.1「水中ドローン」とは
-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-

vol.2 海洋ビジネスと水中ドローン
-海洋研究開発機構(JAMSTEC)吉田弘氏が語る「水中ドローンの課題と展望」-

vol.3 福島ロボットテストフィールドの活用
-一般社団法人日本水中ドローン協会、多様な機体で研修実施-

vol.4 水中ドローンニュースまとめ(2021年1月~3月)
-海中旅行、CHASING新機種、ロボテスEXPO、牡蠣養殖場での実証や海洋DXの取り組み-

vol.5 「陸側」での水中点検事例
-管渠、ダム、浄水場など、ジュンテクノサービスNETIS登録の狙い-

vol.6 東京久栄の事例
-水中ドローン活用30年、管路・水路・ダム・漁礁での使い分けとは-

vol.7 スクール潜入レポート
-水中ドローン安全潜航操縦士講習とは? 座学・実技から使用機体まで解説-

vol.8 海の次世代モビリティ
-国交省「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」とりまとめを発表-

vol.9 養殖業での事例
-網の汚損点検、アンカーの捜索、死魚回収まで、活用法の模索が進む-

vol.10 日本ROV協会が本格始動
- 一般社団法人日本ROV協会の事業概要、技能認定講習、今後の展開とは-

vol.11 DiveUnit300の新機能
-フルデプス、ホバリングなどのオプションと各種アタッチメントを発表-

水中ドローンビジネス調査報告書2021

執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021