2022年6月にファームウェアアップデートを行い、AIによる画像認識で水中の対象物を捕捉する機能を、現行機種の大部分に追加した「FIFISHシリーズ」。この新機能も注目ながら、各機種の違いをきちんと把握したい読者も多いのではないだろうか。今回は、FIFISHシリーズの新機能「Vision Lock」と、各機種の比較をレポートする。
FIFISHシリーズ新機能「Vision Lock」とは
FIFISHシリーズの新機能である「Vision Lock」とは、機体前方のカメラで捉えた水中の対象物をAIによる画像認識で捕捉し続けることで、対象物との距離を一定に保ったまま機体をホバリング(定位置保持)させる機能だ。
FIFISHシリーズの開発を手がけるQYSEA社(中国・深圳市)が独自開発した「AIプラットフォーム」というソフトウェアが同時にリリースされ、ファームウェアアップデートでFIFISHシリーズの大部分に追加されたが(FIFISH W6は対応中とのこと)、「Vision Lock」は「AIプラットフォーム」のなかの1機能であるという。
「Japan Drone 2022」では、ジュンテクノサービスの展示ブースに設置された水槽で、FIFISH V6 PLUSを使った「Vision Lock」の実演が行われた。その映像がこちら。
現在「Vision Lock」には5つの機能がある。AIが画面の中央にある物体を自動で認識・フォーカスする「自動フォーカスロック」、アプリに映る水中映像の中で重点的に見たいところをタップするだけで自動的に対象が画面中央に映るよう機体を移動させて定位置保持する「タッチロック」、アプリ画面を1本指でスライドして機体をその方向へスライド移動させる「ジェスチャースライド操作」、アプリ画面を2本指でピンチして機体を対象に近づけたり遠ざけたりさせる「ズーム」、画面中心に対象がこないところでも特定の場所を長押しして機体を定位置保持させる「オフセンターロック」だ。
FIFISHユーザーは、機体を操作するときに使用するFIFISHアプリをバージョンアップするだけで、この機能を無料で利用できる。「Vision Lock」は水流がある環境でも利用できるそうで、初心者にとっては「操作補助」として役立ちそうだ。どの程度の水流に耐えうるのか、熟練者がどのように活用しているのか、どういった用途で最も効果的なのかなど、今後も引き続き取材したい。また、「AIプラットフォーム」への機能追加も予定されているそうで注目だ。
FIFISHシリーズ「主な3機種」徹底比較
FIFISHシリーズ販売一次代理店であるCFD販売の王氏は、2018年からFIFISHシリーズの日本展開をリードし、中国深圳市にあるQYSEA社の工場や供給先にも足を運んで情報収集につとめて、日本企業からの要望をQYSEA社へフィードバックして製品開発を促進する役目も担ってきた。そんな王氏に「いま人気の機種」を尋ねてみると、「主には3機種だ」という。
1つめは、2019年に発売された「FIFISH V6」。オプションパーツを取り付けるためのコネクタはないが、4K UHDカメラと光量4000lmのLEDライトを標準搭載しており、最大潜航深度は100mだ。「まずは水中を見たい」というお試しの初号機として求められる。
2つめは、2020年に発売された「FIFISH V6 PLUS」。オプションパーツを取り付けるためのコネクタを1つ装備し、最大潜航深度は150mに伸長した。また、4K UHDカメラと光量6000lmのLEDライトのほかに、対象物との距離を一定に保つ「距離ロックソナー」と、対象物のサイズを計測する「レーザースケーラー」を標準搭載した。
3つめは、2021年に発売された「FIFISH V6 Expert」。4K UHDカメラと光量6000lmのLEDライトと、オプションパーツを取り付けるためのコネクタを2つ装備しているが、最大潜航深度は100mだ。PLUSのような測距や計測の機能はないため、主に目視用途が想定されるが、V6と比べてバッテリー容量が2倍になっている。
3機種の共通点と相違点
3機種の共通点として、最初に挙げられるのは「機体サイズ」だ。いずれも、長さ383mm×幅331mm×高さ143mm。スラスター数は6つで、上下、左右、前後の6DoFの動きが可能だ。ヨー・ピッチ・ロールすべて切替なしで機体をシームレスに360°回転させることができる。推進スピードが静水で3ノット(1.5m/秒)あることも同じだ。
一方、バッテリー内蔵型である点も共通だが、容量は異なる。V6は9000mAh/97.2Whだが、PLUSとExpertは14,400mAh/156Whだ。このため最長稼働時間が、前者は4時間、後者は6時間と開きがある。ただし実運用においては、水中環境条件や、カメラ以外の機能の使用如何によって、消費電力および稼働時間が変動するだろう。
相違点としては、PLUSとExpertは抜き差し可能なSDカードにデータ保存できるが、V6は不可。また、PLUSとExpertは陸電供給システムに対応しているが、V6はしていない。
興味深く感じたのは、スラスターの素材だ。V6とExpertがプラスティック製であるのに対して、PLUSは金属製にして破損リスクに対応している。また、PLUSは価格も機体だけで7桁台と、V6やExpertと比べるとずば抜けて高額な印象だったが、モーター、機体制御基盤(フライトコントローラー)、ソナーを制御するチップも、V6やExpertよりも高品質なものを使用しているそうだ。
いま人気があるオプション製品の特長と課題
オプション製品はさまざまなものが登場しているが、人気があるものとしては「DVL」「計測機器」「USBL」だという。
「DVL」とは、機体の移動距離を計測してズレを補正することで定点保持を可能にする音響ソナーだ。WaterLink社の機器をQYSEAの機体とアプリケーションにインテグレーションしているため、別のパソコンを開くことなくFIFISHアプリでDVLの操作設定を行える点は、現場で扱いやすそうだ。高額であるため導入ハードルはやや高そうだ。
「計測機器」は4種類で、溶存酸素、pH、塩分濃度、濁度の計測に対応した機器があるという。こちらもFIFISHアプリでリアルタイムにデータを確認でき、琵琶湖における水質調査実証にも使用された。他方、環境調査で求める精度によっては、改善の余地があるとの声も聞く。
「USBL」は音響測位装置だ。こちらもFIFISHアプリで操作できる。地上にGPSを設置し、これに接続した棒状の機器を固定設置して基準点を定め、機体に対応機器を取り付けて、双方向に音波を発することで、基準点との相対位置を計測する。棒状の機器が基準点になるため、これが計測中に移動すると数メートル単位でズレが生じる。音波を発する部分を水中でいかに固定するかは、現場によって工夫が求められるという。「点検した箇所を図面とリンクさせたい」などセンチメートル級の精度を求める現場においては、ぜひ活用したいがまだできないとの声も聞く。
エッジコンピューティングボックス
あまり知られていないかもしれないのだが、NTTドコモやKDDIの実証実験でよく見かけるのがエッジコンピューティングボックスと呼ばれる「中継装置」だ。ルーターと接続することで、モバイル通信を活用した水中ドローンの遠隔操作を実現できる。2022年3月に近畿大学とNTTドコモは、完全養殖クロマグロの状態監視を、5Gと水中ドローンを活用して遠隔から行う実証実験に成功した。
また、2021年12月に詳しく取材したKDDIの水空合体ドローンは、兵庫県の「令和4年度ドローン社会実装促進実証事業」に採択されている。採択事業者は、今年設立されたKDDIスマートドローンで、テーマは「水空合体ドローンによる海底耕耘水底変化の遠隔撮影」とのことで、こちらでも活用されるのか注目だ。
パワフルな「FIFISH W6」は受注生産、活用用途とは
今回はV6シリーズを中心に紹介したが、より大型で重量も大きい機体として、V6シリーズとは一線を画する「FIFISH W6」がある。最大潜航深度350m、オプションパーツを取り付けるためのコネクタを5つ装備している。受注生産で、製造は中国の工場になるため、工期とコミュニケーションコストはかかりそうだが、こうしたパワフルな機体が求められる現場もあるようだ。
機体サイズは長さ700mm×幅469mm×高さ297mm、重量は20kg、静水での推進スピードは4ノット(2m/秒)というパワーと、300m以上のケーブルをもって、川の下に設置されたサイホン構造の用水路内の状態を、なんとか確認できたという。また中国の事例だが、ある洋上風力発電の建設現場にFIFISH W6が40台導入されたという。
「Japan Drone 2022」でW6を展示していたジュンテクノサービスの引野氏は、「サイホンでは、堆砂状況、ひび割れ、継ぎ手の幅などを、画像を取得しある程度確認できたが、水流がとても速く、W6でも押し戻されそうだった。用水路では、生活用水として利用されている場所もあり、水を抜かないで点検したいという要望は多い」と語った。
水中ドローンは、小型で廉価なイメージが先行している向きがあるが、一定のサイズや重量そしてパワーを持ち、7桁以上の高額な機体もまた、さまざまな現場で求められている。本記事での機体紹介が、選定や活用する観点を得る一助になれば幸いだ。また「水中ドローンビジネス調査報告書2022」では、本記事で紹介したほかにも幅広い機体や機器を紹介しているので、ぜひ参考にしていただきたい。
藤川理絵の水中ドローン最前線
vol.1「水中ドローン」とは
-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-
vol.2 海洋ビジネスと水中ドローン
-海洋研究開発機構(JAMSTEC)吉田弘氏が語る「水中ドローンの課題と展望」-
vol.3 福島ロボットテストフィールドの活用
-一般社団法人日本水中ドローン協会、多様な機体で研修実施-
vol.4 水中ドローンニュースまとめ(2021年1月~3月)
-海中旅行、CHASING新機種、ロボテスEXPO、牡蠣養殖場での実証や海洋DXの取り組み-
vol.5 「陸側」での水中点検事例
-管渠、ダム、浄水場など、ジュンテクノサービスNETIS登録の狙い-
vol.6 東京久栄の事例
-水中ドローン活用30年、管路・水路・ダム・漁礁での使い分けとは-
vol.7 スクール潜入レポート
-水中ドローン安全潜航操縦士講習とは? 座学・実技から使用機体まで解説-
vol.8 海の次世代モビリティ
-国交省「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」とりまとめを発表-
vol.9 養殖業での事例
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vol.10 日本ROV協会が本格始動
-一般社団法人日本ROV協会の事業概要、技能認定講習、今後の展開とは-
vol.11 DiveUnit300の新機能
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vol.12 広和ROVやBoxfishの操縦体験も
-「海のアバターの社会実装を進める会」福島RTFで2日間開催-
vol.13 NTTドコモの事例
- ICTブイ、5Gやクラウドとの連携を見据えた、「養殖DX」におけるROVの活用-
vol.14 - 1 海のモビリティを“誰でも使える”ものに
-(前編)国交省「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」最終成果報告会-
vol.14 – 2 技術とニーズ「マッチング」の行方
-(後編)国交省「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」最終成果報告会-
水中ドローンビジネス調査報告書2022
執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:292P
発行日:2022/7/7
https://research.impress.co.jp/rov2022