今回は、国土交通省の「令和3年度 海の次世代モビリティの利活用に関する実証事業」の採択企業である、NTTドコモの取り組みを取材した。同社は、2017年に発表した中期戦略2020「beyond宣言」にもとづき、地方創生を主要な取り組みとして新産業の創出を推進してきた。水産業の活性化にも取り組んでおり、そのなかで水中ドローンの活用も積極的に進めている。

 お話を伺ったのは、「ICTブイソリューション」を手がける、地域協創・ICT推進室の山本圭一氏。水産庁のスマート水産業現場実装委員もつとめている(令和2・3年)。2011年に起きた東日本大震災の復興支援の一環で、宮城県東松島市の海苔・牡蠣の養殖業者と交流が始まり、「環境が激変し、経験と勘が通用しなくなった。海の状態を可視化できないか」と相談を受けて、ICTブイを開発したという。

 ICTブイとは、水温、塩分、溶存酸素、プランクトンなどの水質データを取得するセンサー機器だ。取得データはNTTドコモのクラウドを経由して、「ウミミル」というアプリで閲覧できるほか、生簀の給餌記録入力などもできる業務管理ツール「養殖管理クラウド」とも連携されている。

 ICTブイソリューションの導入実績は36件、50台(2020年度現在)。養殖管理クラウドは、全国各地のさまざまな種類の養殖事業者と連携して実証を進めている段階で、早ければ2022年度中に、本格的なサービス提供を開始する予定だという。

 このような養殖DXに向けた包括的な取り組みの中で、水中ドローンに期待される用途は、海中映像のリアルタイム取得や、調査用の採泥、へい死魚の回収など幅広い。本稿では、山本氏がこれまで行った水中ドローンを活用した実証について、詳しく聞いた。なお、ここでは水中ドローンを同社資料の表記にならって「ROV」と記載する。

5Gを活用したROVの遠隔操作

 2020年、広島県の江田島にある牡蠣養殖場では、5Gを活用して、ROVを陸から遠隔操作し、海中映像をリアルタイムに取得する実証を行った。これは、総務省「地域課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」の一環で、東京大学らとのコンソーシアムで取り組んだが、実はその前段には、広島県の「ひろしまサンドボックス」において3年間、江田島の牡蠣養殖場でITを活用して「経験の可視化」に取り組んだ実績があったという。

 牡蠣筏のあちこちに、さまざまなセンサーをつけ、水質データを取得して一元管理し、漁師さんとも協力して解析を行った。牡蠣の幼生がいっせいに海に出て海面の色が変わる時期には、空中ドローンも活用したという。ROVを活用したきっかけは、東京大学の中尾教授からの「水質データだけではなく海中映像の可視化も、漁業者さんに有益な情報になるのでは」という提案だったという。

「牡蠣にはいろんな付着生物がつく。その様子を確認するためには、大型船のクレーンで牡蠣筏を引き上げなければならず、燃料コストがかかる。しかも、吊り上げる作業では、牡蠣が筏から外れ落ちて海底に蓄積する。もし、そこから有害なバクテリアが発生するなどして、貧酸素水塊ができると、牡蠣が甚大な被害を受けてしまう」と山本氏は課題を指摘し、ROVの有用性について説明した。

牡蠣筏をクレーンで吊り上げる様子

 ROVなら、低コストで手軽に、牡蠣の付着生物の状況や、海底の様子も確認できる。機体に各種センサーを搭載できる機種もあるため、映像と合わせて多様な水質データ取得も可能だ。しかも、5Gを活用すれば、遠隔からでも低遅延で水中の機体を操作できるため、操作の安全性向上を期待できる。特に、通信の遅延によって牡蠣筏にROVが衝突してしまうと、ケーブルが牡蠣殻に引っかかり、回収するためにダイバーを手配しなければならないため、低遅延は非常に重要だ。

 実証では、養殖場近くの陸側に、基地局とアンテナを設置し、ROV側の機器に5G用のアンテナと端末を配置して接続した。BlueROV2を使用した構成では、機体に溶存酸素センサーや塩分濃度・水素センサーを搭載して、映像と環境データを組み合わせた解析を試みた。FIFISH V6 PLUSを使用した構成では、4Kの高解像度カメラを搭載して、海中の状況の可視化に挑んだ。

 ROV活用に対する養殖事業者からの評価はとても高かったという。付着生物がついた牡蠣を低水温帯へ深吊りして、付着生物を逃す対策を講じたさいの結果確認も、ROVで手軽にでき、「垂下連の内部までは見えないものの、外側の牡蠣はダイバーさんが潜って撮影したのと同じくらいクリアに見える」と喜ばれた。

ROVで垂下連の牡蠣を観測

 また、海底に貧酸素水塊ができるなどの海況の悪化を防ぐために行う、海底耕耘(こううん)についても、ROVで実施前後の海底の映像データを蓄積することで、実施が必要かの事前判断や、理想的な海底の状態を描いた上での作業を目指せる。山本氏は、「貧酸素水塊は、発生してから対応しても手遅れ。映像と溶存酸素の相関をもっと明らかにして、海底耕耘の効率化に役立てたい」と、今後の取り組みにも意欲を示す。

 一方、ROV活用における懸念点としては、「牡蠣筏に近接した映像を取得するには、熟練した操作技術を持つオペレーターが必要になる。目的と頻度により、漁業者自らによる “導入”とROVサービス事業者への“委託”を使い分ける、あるいは漁協で1台購入して複数の事業者でシェアして使うなど、利活用における工夫が求められる」と指摘した。