2022年3月9日、国土交通省「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験」の令和3年度採択事業6つの最終成果報告会が実施された。基調講演には、海の次世代モビリティの開発普及の第一人者である、東京大学 浦環名誉教授が登壇。続いて、いであ、NTTドコモ、静岡商工会議所、長崎大学、マリン・ワーク・ジャパン、三井造船特機エンジニアリングが、それぞれ実証実験の成果を報告したのち、実証実験の採択事業者と自治体も参加したパネルディスカッションも行われた。前編の本稿では、主に基調講演の概要を紹介する。

実証実験の背景と目的

 国土交通省 総合政策局で次長をつとめる加藤進氏は、開会挨拶でこのように述べた。

 「沿岸離島の海域は、古くから水産業や海上輸送などに利活用されてきた。また近年は、洋上風力発電や海洋観光など、新たな利活用も進展しつつある。一方で、高齢化あるいは過疎化による産業の担い手不足、老朽化が進むインフラの管理、海域の自然環境劣化など、多くの課題も存在している。

 いま、社会全体で新技術を活用した次世代モビリティの取り組みが進められているが、海洋分野でも、小型の無人ボートや自律型、遠隔操作型の無人潜水機などの、新しいモビリティの開発と改良が進みつつある。無人化、省力化、省人化、あるいは可視化など、海の次世代モビリティは、広大な海域の利活用において非常に有効だと期待している。」

 続いて登壇した国土交通省 総合政策局 海洋政策課で課長補佐をつとめる橘有加里氏は、海の次世代モビリティ利活用推進に向けた国土交通省の取り組みについて説明した。

 「海の次世代モビリティは沿岸離島地域において、まだ本格的な活用に至っていない。この現状を打破するべく、令和2年11月より産学官協議会を立ち上げた。協議会では、水産業、インフラ管理、洋上風力発電、観光、教育、離島物流といった様々な分野における海の次世代モビリティの活用可能性が示され、実際に利活用する上での課題も明らかになった。

 具体的には、海の次世代モビリティの技術認知度が低く、使えそうな用途があっても活用が広がりづらいことや、沿岸離島地域にはすでに様々な海域利用者がいるため、機材開発にとって不可欠な実証海域を確保することが難しいことなどだ。また、機材の操作性、耐久性、価格といった、ユーザー視点での製品サービス開発が重要という指摘もある。こうした議論を踏まえて、海の次世代モビリティの活用を具体的に推進するため、国交省では社会実装に向けた実証実験を実施することにした。」

 本実証事業は、海の次世代モビリティの「技術」と、海域利用者の「ニーズ」との、「マッチング」によって、海の次世代モビリティの新たな利活用を推進するものだ。このため対象となる技術には、開発段階ではなく、製品化やサービス化を目指せるレベルに到達していることを求めた。また、製造運用者と、地方自治体や海域利用者が共同で、実証実験から結果の評価まで行うスキームとした。

 橘氏は、「令和4年度も、継続して実証実験を実施し、支援する予定だ」と言う。令和3年度は7月より公募を開始し8月に採択事業決定、9月より翌年1月にかけて実証実験が行われた。

“誰もが使える”ために必要なこと

 基調講演には、東京大学名誉教授の浦環氏が登壇し、「ROVから水中ドローンに至る道」と題して講演した。

 浦氏は最初に、大型ROVやAUVは、海底鉱物資源調査において、すでに役立っていることを紹介した。資源として有望視されるコバルトリッチクラストは、水深1000~2000mの海底海山の頂上付近に存在するが、2020年に水深930mの拓洋第5海山で大型ROVによる採鉱・揚鉱試験に成功したという。また、浦氏らが開発したAUVは、海底にあるコバルトリッチクラストの撮影や、音響装置を用いたコバルトリッチクラストの厚み計測に成功している。

 熱水性鉱床においても、2017年に水深1600mの伊是名海穴で採鉱・揚鉱試験に成功しており、このときの礎となったのが、浦氏らが2008年にAUVに搭載したサイドスキャンソナーで撮影した熱水マウンド群を可視化したデータだったという。

 その上で浦氏は、「今回の実証実験の重要なポイントは、ROVやAUVやUSVを“誰でも使える”ものにすることではないだろうか」と指摘した。例えばUSV(小型無人船・ASV)は、海底の広域地形図を作成する国際的なコンペティション「XPRIZE」において、日本のTeam Kuroshioが2位になるなど、技術的には実現されているが、「小型のUSVは、風速2メートルでも、波が1メートルあっても、使えるだろうか?」と疑問を投げかけた。

 「海で本当に使えるのか。この質問にきちんと答えなければ、実際には使ってもらえない。さらに大事なのは、性能だけではない。例えば漁船などへの代替可否を判断するためには、使用頻度はどれくらいか、使い勝手はよいか、初期投資はどれくらい必要か、こうした問題をクリアしない限り、できるからといって誰も買わない、誰も使わないということになる」(浦氏)。

ROV開発の歴史と今後 – 大型から小型中型まで

 浦氏は、「それを打破しようというのが、このプログラムの目的のはず」と確認し、ROVやAUVへと話題を転換した。大型ROV開発の歴史を遡ると、1970年代に原油価格が急高騰したオイルショックから1986年の原油価格大暴落にかけてが、技術発展期だったという。つまり、今後さらに原油価格が高騰していくと見られるいま、各国の海洋石油資源に対する投資は活発化し、技術開発が進んでいく。一方で、「日本はこのままでは、その技術開発の波に乗っかっていけないだろう」と苦言を呈した。

 その理由は、水深3000メートルや6000メートルで活用できるワーククラスの大型ROVは、世界的にはもう常識になっているが、日本には深海に関わる科学調査や海底ケーブルの敷設のほかに、大きな産業がないためだ。コバルトリッチクラストや熱水性鉱床、レアアースなどの調査開発が期待されて久しいが、大きなマーケットとして育ってはいない。

 浦氏は、「沖合洋上風力開発に伴うニーズ拡大を除いては、日本において大型ROVの新しいマーケットはないのではないかと思う」と見解を示した。

 では、“誰でも使える” 小型中型ROVはどうか。浦氏は、「これが国交省さんの非常に大きなテーマだと思うが」と前置きして、小型中型ROV開発の歴史を振り返った。小型ROVは、1984年にMiniRoverが発売されて以降、世界各国でローコストROV、水中カメラなどとも呼ばれる区分の小型ROVが開発されてきた。日本でも三井造船などが開発製造してきており、浦氏らは2011年東日本大震災後の海底調査を行った際には、同社の「RTV」を使用して、大槌湾で2体のご遺体を発見したという。

 2010年代になると、海外製の廉価版が多く出たが、利活用はそれほど広まっていないのが現状だ。その理由について、浦氏は「小型ROVは潮流に勝てない」ことを挙げた。「小型中型ROVは、ケーブルが潮流に引っ張られるため、深いところで思うように動かすのは本当に難しい。ラジコンのように簡単な操作性を思い浮かべる方も多いが、エキスパートでなければできないと断言しておきたい」(浦氏)。

 そして浦氏は、「小型ROVがやろうとしている仕事は、ROVでなければできないのかについて、きちんと答えなければ普及は難しい」と指摘した。

 海の次世代モビリティを“誰でも使える”ものにするために、2つの視点が必要だという。1つは、「人の作業を置き換えられるのか」。つまり、人に勝てるのかどうかだ。もう1つは、「頻度は多いのか」。仕事がいつもあるのかどうかだ。かつ、「人にはできなかったことをする」「人にはめんどくさいことをする」「人には危険なことをする」といったことができなければ、利点を感じられず“モビリティとして意味がない”という。

海の次世代モビリティ普及の「重要なポイント2つ」

 最後に浦氏は、2つの重要なポイントについて指摘し、講演を締め括った。

 1つは、「できる」と、「使える」とは違うという点だ。「海の仕事は、毎日のように環境が違う。1回できただけでは不十分。継続した仕事ができるよう工夫が求められる。また、オペレーションの育成が非常に大切だ。この点は、国交省さんも認識しておられるのでは」(浦氏)。

 もう1つは、「国産のモビリティや水中機器を国が購入する」という視点だ。「アメリカでもイギリスでも海軍が大量に購入して、だからこそ水中機器の価格が下がり、普及が促進されている。日本では、国が海外製品を購入して、国産モビリティの開発意欲を消している。この点は、国交省さんにない視点ではないか。国が国産モビリティを買わなければ、日本の海洋海中に関する機器開発は進まないだろう」(浦氏)。

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水中ドローンビジネス調査報告書2021

執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021