養殖の現場は、水中ドローンの活用が進む代表的なフィールドの1つだ。今回は、海面養殖業産出額全国1位、なかでも真鯛の養殖業生産量全国1位(※)の愛媛県で、水中ドローンの現場活用を進める2つの事業者に取材した。いずれも、真鯛の養殖を手がけている。本稿では、養殖業における水中ドローン導入の背景や目的、使用機体、今後の展望などについて、両事業者の共通項や違いを探った。

(※)出所:「えひめの水産統計」愛媛県漁業の地位(令和1年)

共通項は、潜水による「命の危険や身体負荷」の低減

 1社は、宇和島市で水産養殖用飼料や医薬品の販売、水産加工品の製造販売などを手がけるダイニチ。「養殖業は必ず社会に必要とされ、また、貢献することが出来る」という現社長のビジョンのもと、宇和島にある養殖事業者とともに協力し、ときにはバックアップを行うなどしてきた。現在は、地元の生産者が行うマグロ養殖にもかかわっている。

 ダイニチは2019年にCHASINGのGLADIUS MINIを、内海水産が運営する真鯛の養殖現場に導入した。というのも、育てている真鯛は「深海真鯛」といって、天然真鯛が暮らす水深まで生簀を沈めて育てるブランド魚だからだ。深いところでは、水温の変化が少なく紫外線も当たりにくいので、身の締まりや色味がよくなり単価アップを図れる。一方で、網の汚損や死魚の有無を生簀の沈んでいるところまで潜って確認するため、潜水病のリスクや身体負荷が上がる。ダイニチと内海水産では、こうしたリスクや負荷の低減を目的に、真鯛養殖場における水中ドローンの試験運用を始めたという。

 もう1社は、愛南町の太平洋の外洋に面した海域で、真鯛の生簀約120台を運営する安高水産。年間生産量は170〜180万尾、漁場には常に350〜400万尾の魚がいる状態で、真鯛養殖を手がける事業者では全国でもトップ3に入るという。

 安高水産は2019年にFullDepthの産業用水中ドローンDiveUnit 300を導入した。きっかけは、社長自身が自ら潜水業務を行うため、「潜水はものすごく怖い仕事。ダイバーさんの危険やリスクをできるだけ減らしたい」と考えたことが大きい。当初は、PowerVisionのPowerRayやCHASINGのGLADIUS MINIといった安価で軽量な小型機や、約100万円の吊り下げ式の水中カメラを購入して使用したこともあった。生簀内の様子や網の状態の確認にはGLADIUS MINIが十分役立ったものの、水深60〜65mの生簀からも離れた海底に設置したアンカーの捜索、水中のデータ取得や “見える化” といった今後の発展性に期待して、DiveUnit 300の導入に踏み切ったという。

ダイニチの事例

 深い海で育てる「深海真鯛」で、真鯛養殖の高付加価値化に取り組むダイニチと内海水産は、海外への販路拡大も視野に入れ、2020年6月に世界初となる真鯛のASC認証を取得した。ASC認証とは、養殖方法や自然環境へ汚染防止、従業員の労働環境、地域住民との関係など、持続可能性に関するさまざまな要件から「責任ある養殖水産物」であることが認められる、国際的な認証制度だ。

 多くの事業者が廃業を選ぶなか、ダイニチは意欲のある地元事業者と協力し、ともに生産現場で努力しているという。そのようななかで、同社で養殖の現場を経験し、現場への水中ドローン導入を推進してきた寺坂哲司氏は、労働環境を改善したいと話す。

「第一次産業のなかでも水産は農業とは違い、機械化がほとんど進んでいない。大変な重労働をしているのに、当たり前だと捉えている生産者が多く、機械メーカーも水産に関心を示していない。養殖業に携わる人はみんな高齢化しているし、若い人も体力勝負では長く続けられない。機械化できるところは、機械化していく必要がある」(寺坂氏)

ダイニチ 業務推進室 寺坂哲司氏

GLADIUS MINIで潜らずに点検頻度は「2倍」に

 このようななか、「深海真鯛」の漁場でCHASING GLADIUS MINIを導入してから、約2年が経過した。その効果について、内海水産社長の織田太一氏はこう語る。

「水中ドローンの導入で、いちばんよかったことは潜水病のリスク回避や、現場作業の負担がかなり減ったこと。出荷は毎日あるが、出荷作業の後で餌やりをして、水中の点検はその後の作業になるので、体力的には正直きつかった。そのため、潜れる回数は月に1回程度で、赤潮が発生したりして大量に死んでいないか、網が破れて逃げ出していないかと心配もあったが、いまは点検頻度が2倍以上に向上した。見たいときにすぐ、沖にある筏に水中ドローンを持って行って、確認することもできる」(織田氏)

 寺坂氏は、サメが出没することもあることに触れて、水中ドローンで人間の「命の危険」を回避できるメリットも言添えた。このあたりの漁場は水が澄んでいる日には網底を筏の上から見ることもできるため、水中ドローンのカメラ映像で網の汚損や死魚の有無は、十分に発見できるそうだ。ただし、潮流が強い日には機体が流されてしまうため、操縦に慣れていないと使いこなせないといった難点もあるという。

内海水産 社長 織田太一氏