Vol.6では、米国の(小型)ドローンに関する環境整備の一部を紹介しました。今回は、これらのより詳しい情報を米国のSafety Continuum(安全の連続体)という制度設計の考え方とD&Rプロセスを中心に解説します。

FAAによるSafety Continuum(安全の連続体)の考え方

 2023年11月、国土交通省は安全性の確保という大前提のもとで国民の生活向上に向け、「レベル3.5」とするゼロリスク信仰から一線を画した改革の方針を発表しました。その内容から頭に浮かんだ1つがSafety Continuumのコンセプトです。

▼ドローンの飛行「レベル3.5」創設へ!無人地帯のドローン物流に追い風
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/news/1185649.html

「リスク無くして運航はできないしイノベーションもない(zero risk no operation no innovation)」。この言葉は、米国の連邦航空局(FAA)の制度の見通しをまとめた発表資料の冒頭で必ず記載されています。2015年頃にドローンの制度設計を研究するために、海外の動向を調べ始めた時に目にして衝撃を受けました。これは、Safety ContinuumというFAAのコンセプトを説明するものです。私の知見の範囲で「FAAのコンセプト」について解説します。

 航空の安全性は、地上交通よりも高いことで知られています。Safety Continuumのコンセプトでは、小型ドローンや大型民間航空機において、乗客数や運航の複雑さ、又は社会のリスク許容度や低コストの制度への要求に合わせて、それぞれ適切な安全レベルを適用していくというものです。とあるプレゼンテーターは、「自動車は速度が高いと事故が多くなるが、一方で救急車は速度が高いと人命救助率が上がります。リスクとのバランスを考慮し、社会が救急車の高速での移動を受け入れているのです」と、このコンセプトを補足していました。

※FAA UAS Symposium-Safety Continuumより抜粋

 ただし、これには答えを導くのに難しい点がいくつかあります。

社会が許容できるリスクレベルの特定(都度変化してしまい、年々安全の向上が求められる傾向があります)。
新しい技術システムの安全性の迅速な評価(厳しい規制では安全を向上する新しい技術を逃してしまいます。一方、緩和しすぎては不適切な技術が従来の安全を脅かしてしまう。適切な制度が必要なのです)。

社会が許容できるリスクレベルの特定

 これはとても難しい話ですが、ゼロリスク信仰から脱するためには、リスクの評価に力を入れていく必要があるかと思います。航空において、リスクは、「1飛行時間あたりの致死率」が1つの指標となっています。

 日本で開催されている官民協議会では、過去に「自転車同様のリスクレベルでも良いのではないか?」という提案が民間からあったように記憶していますが、具体的な数値についての擦り合わせが行われている様子はありませんでした。一方、以前紹介した「運航リスク評価ガイドライン」がベースとするリスク評価手法SORA(Specific Operations Risk Assessment)では、おおよそジェネラルアビエーションのリスクレベルである100万時間あたりに1人のリスクレベル達成に有効な安全確保措置の方法が、以下の①~④それぞれの手段で提案されています。

① 運航の制限
② パイロットの訓練
③ システムの設計
④ 運航者の体制

 ちなみに、以下の図(EASA SORA Workshop資料)は、横軸が運用リスクを示し、右に向かって、①の運航の制限(Operational limitations)が低くなります(立ち入り管理措置の除外や人口密集地や有人機との遭遇確率が増える環境で飛ばすこと)。それに伴って、②パイロットの訓練(Remote pilot training)、④運航者の体制(Operator organisation)の重要性の割合が増加していくとしています。

 ③システムの設計(UAS design)の割合増加が④運航者の体制の立ち上がりより遅いのは、利便性の高いツールではあるが、安全性が優先されることに加え、現在入手可能なシステムの信頼性などを加味しています。

※EASA SORA Workshop資料から抜粋

 FAAでは、このリスクの評価や軽減に向けては、Vol.6で紹介したPathfinderプログラムやASSUREなどお金と人を費やしてデータの取得を行ってきています。

新しい技術システムの安全性に係る迅速な評価

 ドローンが活躍できる場を増やしていくことを説いた文脈では、ドローンの信頼性の確保が重要な要素の1つとされています。日本は他国に比べ、どこよりも早く型式認証制度を創設しました。その過程では米国の耐久性と信頼性(D&R)プロセスを参照しています。

 D&Rプロセスは、FAAがSafety Continuumの考えのもと、比較的リスクの低いドローンに対して用意した型式証明へのルートです。これまでの型式認証は、定義された設計要件を満たしているかを確認するため、検査、分析、デモンストレーション、試験の工程を重ねていくものでしたが、D&Rプロセスでは、そのドローンが定義する利用環境の範囲で、信頼でき、制御可能で安全であることを確認することとしています。これは、決められた環境と期間、飛行試験等を行うことで確認します。安全性の担保に、標準規格団体で作成される試験標準がとても重要で、米国では国際標準規格団体の1つであるASTM Internationalがパラシュートやアビオニクス、フライトマニュアルなどの仕様を発行して、制度を支えています。

空からのイノベーション

 ドローンがより多くの社会課題を解決できると私も信じています。ただ、山間部や川の上空を飛行するとしても、同じ空域で人命救助や物資輸送を行う有人航空機が飛行しています。そのため、容認すべきリスクレベルや発生した被害に対しての対応体制の議論を交わしていく必要があります。また、少なくともリスクの評価手法の確立、特にもう少し有人航空機との遭遇確率など、国内でもデータを集める必要があるのではないでしょうか。

▼全日本航空事業連合会、日本航空機操縦士協会-航空機の安全確保の観点からみた
小型無人機の安全運航ルールのあり方について
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kogatamujinki/anzenkakuho_dai2/siryou4.pdf

 また、機上や地上のカメラを利用して補助者なしの目視外飛行をする場合に、その機器が360度方向において適切な精度でハザードの原因の特定をするには、気象や通信の環境条件が限られるかと思います。目視外でもドローンを安全に飛ばすことのできる各種システムの開発がD&Rプロセスや民間企業の標準規格活動参加により実装が進むことを期待しています。

▼FAA-Small UAS Detect and Avoid Requirements Necessary for Limited Beyond Visual Line of Sight (BVLOS) Operations: Final Report
https://assureuas.org/wp-content/uploads/2021/06/A18_Final_Report.pdf

 それでも、オペレーターは制度や機体システムの指定する環境下に、常にドローンの運航を留められる体制を構築する必要があり、ドローンの利用目的によっては運航事業者制度なども必要になるのではないかと考えられます。

▼中村裕子、鈴木真二-米国初の航空運送事業認定に至る協議から我が国でのドローン宅配実現に向けての考察
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tpsr/23/0/23_TPSR_23R_02/_pdf
※米国の議論はこちらで紹介しています。

 米国においては、FAAによる目視外飛行のPart 108が検討中です。こちらも情報が揃い次第、当連載で取り上げていきます。

中村裕子

一般財団総合研究奨励会 日本無人機運行管理コンソーシアム(JUTM)事務局次長:イノベーションマネジメント、ドローンリスク管理、低高度空域運航管理(UTM)、国際標準規格化の研究に従事。イノベーションの実現に向けて各種ネットワークの運営に従事―現職の他、JUIDA参与、航空の自動化/自律化委員会主査、無操縦者航空機委員会(JRPAS)幹事、エアモビリティ自治体ネットワーク(UIC2-Japan)発起人など。東京大学出版会「ドローン活用入門:レベル4時代の社会実装ハンドブック」編者。