これまで世界に比べ周回遅れとなっていた、日本の軍事領域におけるドローン活用。だが防衛省もここにきてようやくその認識を変え、本格導入・運用に向けて突き進むことを表明している。日本のドローンが今後どのように変化していくのか、そこにはどんな壁が立ちふさがっているのか。元陸上自衛隊東部方面総監部情報部長として自衛隊のドローン導入を進め、現在は一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)参与として活動している嶋本学氏に話を伺いつつ、日本の防衛の“これから”を考える。
ドローンは「ゲーム・チェンジャー」
まずは改めて、自衛隊のドローン活用がどのように変わろうとしているのかをみていきたい。2022年12月に公表された国家防衛戦略では、初めてドローンが「無人アセット」として位置づけられ、防衛力の抜本的強化策の一つとして大きくクローズアップされた。同戦略では、ドローンをAIや有人装備と組み合わせることで、「部隊の構造や戦い方を根本的に一変させるゲーム・チェンジャーとなり得る」と強調した。
今後は空中、水上、水中すべての領域における活用や、無人潜水艇(UUV)の早期装備化、これまで導入に否定的な態度を取っていた攻撃型ドローンの導入などを進めていくことを明記。「おおむね10年後までに、無人アセットを用いた戦い方をさらに具体化し、我が国の地理的特性等を踏まえた機種の開発・導入を加速し、本格運用を拡大する」とした。
ドローン関連予算も大幅に増加した。実に2023年度で約2000億円、2027年までの5年間で約1兆円の予算を計上している。2023年度においても、スキャンイーグルの能力向上やスカイレンジャーの取得、グローバルホークの維持・整備のほか、駐屯地・重要防護施設の警戒・監視を行うドローンや攻撃用ドローンの運用実証などを進めるとした。
▽2023年度予算で示されたドローン関連予算
取り組み事項 | 内容 | 予算 |
---|---|---|
UAV(中域用)機能向上型の取得 | 夜間や悪天候でも鮮明に撮影できる改良型スキャンイーグルの取得 | 88億円 |
偵察用UAV(中域用)(能力向上)の運用実証 | 衛星通信に対応した機体の取得・運用実証 | 37億円 |
UAV(狭域用)の取得 | 指揮官の状況判断や火力発揮等への寄与が可能なUAVの取得 | 6億円 |
対地偵察・警戒・監視用UGV/UAVの運用実証 | 駐屯地・重要防護施設等の警戒・監視および不審者等への対処が可能な機体の取得・運用実証 | 81億円 |
小型UGVに関する研究 | 情報共有・各種支援が可能な機体の取得・運用実証 | 60億円 |
海洋観測用UUVの整備 | 海洋観測能力強化に向けた機体の導入・性能試験の実施 | 18億円 |
滞空型無人機の維持・整備 | グローバルホークの部品の取得および維持・整備 | 192億円 |
多用途/攻撃用UAVの運用実証 | 情報収集機能・攻撃機能を有する機体および攻撃用の機体の取得・運用実証 | 69億円 |
小型攻撃用UAVの運用実証 | 着上陸侵攻対処および重要施設の防護に向けた攻撃用UAVの取得・運用実証 | 30億円 |
無人機雷排除システムの整備 | もがみ型護衛艦の無人機雷排除システムのうちの水上無人機の整備 | 45億円 |
機雷捜索用UUV(OZZ-5)の整備 | もがみ型護衛艦の無人機雷排除システムのうちの水中無人機の整備 | 93億円 |
UUV管制技術に関する研究 | 管制型試験UUVから非管制用UUVを管制する技術の研究 | 262億円 |
無人戦闘車両システムの研究 | 有人車両から複数の無人戦闘車両をコントロールする運用支援技術や自律的な走行技術等に関する研究 | 68億円 |
長期運用型UUV技術の研究 | 将来的な運用を想定した機体の研究 | 9億円 |
高出力マイクロ波(HPM)照射装置の取得等 | ドローン等を無力化するための高出力マイクロ波照射装置の研究・取得 | 26億円 |
車両搭載型レーザーの取得等 | ドローンを含む経空脅威を迎撃する車両搭載型レーザーの研究・取得 | 110億円 |
高出力レーザーに関する研究 | ドローン等に対して低コストで、より速やかに対処できる高出力レーザーの研究 | 44億円 |
高出力マイクロ波(HPM)に関する研究 | スウォーム攻撃に効果的に対処できる高出力マイクロ波の研究 | 1億円 |
群目標対処システムの研究 | スウォーム攻撃への迎撃効率を最適化するための群目標対処システムに関する研究 | 53億円 |
多種多様なU×Vを活用したスウォーム技術の研究 | 柔軟かつ少人数でスウォーム技術を運用するための技術に関する研究 | 5億円 |
ゲーム・チェンジャーの早期実用化に資する取組 | 最先端技術の研究および関連する構成技術を民間主体で取得 | 153億円 |
UUVへの適用を目指したリアルタイム水中通信技術の研究 | 光通信と音響通信の通信方式を自動で切り替える光/音響ハイブリッド通信技術に関する研究 | 40億円 |
元陸上自衛官で現一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)参与の嶋本学氏は、自衛隊のドローン戦略がようやく転換したことを高く評価する。「2027年までの5年間が、日本の防衛におけるドローン活用がどこまで本格的に進むかの勝負といえるでしょう。防衛力整備計画の中で示された無人アセット防衛能力の構築のためのロードマップを、着実に進めてほしいと思います」と期待を寄せる。
軍事用ドローン「基本的な技術は完成」
これから、日本のドローンはどう変わっていくのか。この問いに対し、嶋本氏は「基本的なドローンの技術は既に確立されている」と話す。
「今後まず必要となるのは、『より早く』『より長く』『より強く』といった能力向上です。また自衛隊のドローンは、現状用途も台数も限られているので、もっとバリエーションを増やしていくことも重要です。たとえば輸送用もその一つ。万一南西正面で有事が起きれば、南西諸島の住民を迅速に輸送することが求められる事態になるかもしれません。自衛隊の有人機はなるべく作戦に回したい、リスクが高すぎて民間機は使えないとなれば、無人機が大きな役割を果たすはずです。11月にタイで開催されたDefense & Security 2023では、タイ陸軍が開発した負傷者搬送用のドローンが展示されていました。無人機が人を運ぶ時代はすぐ目の前まで来ています」
またドローン技術の向上は、とりもなおさず「対ドローンシステム」の進化にもつながる。ドローンは一般的にレーダーによる探知・識別が難しいとの特性があり、ジャミングが有効な機体もあるが、電波を発しない機体にはジャミングも通用しない。一口に「守る」といっても、そのためには多様な手段が必要となるのだ。
日本国内で見れば、たとえば東芝は「対ドローンセキュリティシステム」を展開。これは近づいてきたドローンを探知し、自律型捕獲用ドローンがネットガンで目標を捕獲する仕組みだ。また防衛装備庁は2023年7月、マイクロ波、ラジオ波、レーザーなどを指す「指向性エネルギー」を用いたカウンタードローンに関する情報・提案要求書を公示。2027年度までにドローン探知・識別器材を開発し、車載型レーザー発射器材を2029年度、指向性マイクロ波の発射器材を2030年度までに取得するとしている。
ドローンはミサイルで撃ち落とすことも可能だが、廉価で大量に飛来するドローンにミサイルで対処することは、極めて費用対効果が悪い行為といえる。「指向性エネルギーについてここまで詳細な提案を挙げてきているということは、自衛隊はこれらの技術の実現可能性が高いとみていると考えていいでしょう」と嶋本氏は話す。なお民間ではすでに、2023年3月に開かれた防衛装備品の見本市にて、三菱重工と川崎重工がそれぞれ高出力レーザーを使った車両搭載型のドローン撃墜システムのプロトタイプを出展している。
デュアルユースの未来は明るい
日本の防衛のために必要な能力を備えたドローンを開発していくには、官民の連携が不可欠である。その一方で、日本では、民間・軍事の両方の用途で活用できるデュアルユースに否定的な立場を取る者も少なくない。嶋本氏はそのような日本の風潮に疑問を投げかける。
「そもそも戦争とは、国と国のぶつかり合いであって、それは軍事力だけではなく、経済力・技術力の戦いでもあります。いわば、国の軍事力、経済力・技術力といった壮大なスケールでのデュアルユースが必要な事態において、個々の技術を『軍事』『民間』と切り分けること自体がナンセンスだと思います。もちろん、平時における国際競争力を高めるためにも官と民が一丸となることが必要です」
ウクライナにおいては、戦場で市販のドローンが数多く用いられている。中国・DJI社は自社製品の軍事目的での販売を一貫して否定しているものの、実際にはロシア・ウクライナ軍双方が同社製のドローンを用いている現状がある。また同地で用いられているドローンの一部には、日本製の部品が企業の許可なく搭載されていることも明らかになっている。
またウクライナでは、ドローンを開発する多くのスタートアップが立ち上がり、国の防衛を支えている。日本の国家防衛戦略においても「先端技術の重要性」を強く訴え、「スタートアップ企業や国内の研究機関・学術界等の民生先端技術を積極活用するための枠組みを構築する」などと打ち出したが、嶋本氏はこの点についても高く評価する。
「これまで日本では、防衛に関する事業を重厚長大型の大企業が担うケースが一般的でした。ただしドローンの場合、日本でも開発に積極的な企業の多くは中小企業です。またウクライナでは、日々すさまじいスピードで技術が変化しています。スピード感を持って実戦に投入し、状況に合わせて素早く対応していくためには、スタートアップを含めた中小企業の力が必要です」
防衛装備庁では、2024年度以降に先端の民生技術を活用する研究機関を新設する方向で進んでいる。モデルとなる米国の国防高等研究計画局(DARPA)の名を取って「日本版DARPA」とも呼ばれるその組織では、国が主導して官民の研究協力を進めていく考えだ。嶋本氏は「今後は軍事と民間の間にある心理的な障壁がなくなっていくはず」と期待を寄せる。
法律の足かせ、人材育成の問題点
ドローンの性能以外にも、不可欠なものはある。その一つがドローンをめぐる法規制の緩和だ。たとえば電波法。ドローンを操縦するうえで、多くの国では、5GHz帯の周波数を使用しているのに対し、日本では原則として2.4GHz帯に限られている。しかし2.4GHz帯は電波障害が起きやすいなどの脆弱性が指摘されている。
こうした問題を意識したであろう、国家防衛戦略の中では「民生用の周波数利用と自衛隊の指揮統制や情報収集活動等のための周波数利用を両立させ、自衛隊が安定的かつ柔軟な電波利用を確保できるよう、関係省庁と緊密に連携する」と明記。具体的な達成時期等の記載はないが、一刻も早い法整備が望まれる。
またドローンを運用するのは結局人であることには変わりない。そのため、ドローンを前提とした運用体制を整備し、その機種や作戦に応じた教育を行っていくことも求められる。嶋本氏は、「いまは『何とか飛ばせる』というレベルの隊員すら多いわけではありません。教育の中にドローン操縦の課程を入れるなどして、誰でも使える状態をつくりあげる必要があるでしょう」と指摘する。
嶋本氏によると、ウクライナでは、日本では考えられない方法で訓練を行っているという。
「ドローンは、『リアル』と『バーチャル』が融合した武器だといえます。聞いた話ではありますが、ウクライナではドローンパイロットの養成の一つの手段として、オンラインゲームを活用しているそうです。バーチャルの訓練でチームワークを高め、連携の術を学んでいくことが、リアルな訓練より価値を持つとされているのです」
ただおそらく、そのような訓練を自衛隊に導入するとなれば、まだ『リアル』に重きを置く傾向にある自衛隊の中では、抵抗感を示す隊員も出てくるだろうことは容易に想像がつく。隊員全員がドローンの重要性を認識し、バーチャルの世界に対応できるようにするには、相当の工夫が求められる。
そして最後に必要なのは、ドローンを活用していくためのアイディアだ。たとえばウクライナでは、戦闘の意志を失ったロシア兵に対し、ドローンが投降を呼び掛けるメッセージカードを投下し、安全な場所まで誘導するといった用途でも用いられている。
形を変え続ける戦いの中で、自衛隊はいかに柔軟なアイディアを出していくことができるのか。現在のところ、それは未知数であると言わざるを得ない。ドローンの研究、開発、民間との融合、法整備、組織の整備、人材育成、運用ノウハウ、アイディア…、これらのすべてがまだ自衛隊には足りていない。だが、日本を守るために、必ず越えなければいけない壁なのだ。
嶋本 学
一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)参与
1965年北海道生まれ。1989年防衛大学校国際関係論卒業。陸上自衛官として指揮(各級指揮官、駐屯地司令)、情報(情報部長等)、教育(教育課長、主任教官等)、訓練(運用訓練幹部等)、R&D(主任研究開発官等)、広報(報道室員)の各部門で勤務。この間、ドローン要員育成、ドローン利活用促進、民間ドローン団体との連携強化にも携わる。2007年から3年間、在エジプト日本国大使館員として勤務。2022年に退官(陸将補)。前さいたま市役所危機管理部参事。陸自CGS課程、国連Post-conflict Peacebuilding Seminar、米軍Pacific Army Management Seminarなどを修了。