2024年にパリで開催される夏季オリンピックや、2025年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、UAM(Urban air mobility)利用の第一歩が始まろうとしています。第7回目を迎えた当連載では、UAM実用化に向けたCONOPS(Concept Of Operation:運用概念あるいは事業構想)の策定や導入インフラをめぐる動き、MROビジネスの重要性、日本における全国レベルでの導入などの諸課題について検討していきます。

空飛ぶクルマの社会実装に向けた現状課題を整理

UAMの社会受容性

 CONOPSとは、国や都市、あるいは事業会社などがそれぞれの立場でまとめる導入構想ですが、その前提としてUAMを社会が受け入れるかどうかの検証が必要です。欧州はUAMの議論が先行しており、2021年にはEASA(欧州安全航空機関)が世界に先駆けて全欧州の専門家、団体など関係者約4000人に対するヒアリングを行い、さらには、これまで発表された関連文献約70件を調査し、国民の83%が受容できるとの結果を集約しました。この結果を受けて、欧州政府は導入に係る環境整備を本格的に加速させていったのです。この調査結果は社会受容性のほか、懸念事項など10項目についてまとめており、EASAのWebページで発表されています。なお、懸念事項にはノイズ、環境問題、安全性がトップで挙げられ、関心度は約40%のスコアとなっています。

▼EASA-Urban air mobility 10 key survey results
https://www.easa.europa.eu/en/uam-10-key-findings

欧州の調査結果から紐解くUAMの懸念事項

① ノイズ問題

 欧米では、低高度で飛行するヘリコプターの騒音が従来から社会問題とされており、大きな関心事でした。ヘリコプターは大きな回転翼から発する独特のスラップ音(バタバタという音)や、遠方まで届く200Hz以下の低周波音が主たるノイズの原因とされています。近年、UAM開発企業の発表を見ると、騒音値はヘリコプターの100分の1、あるいは100m離れた場所での騒音レベルは賑やかな室内程度などとされています。また、2023年からはNASA(アメリカ航空宇宙局)も本格的な騒音評価・研究を開始すると発表しています。なお、大手ヘリコプタ―運用会社が大量にUAMの予約発注を行っている背景には、価格の安さのほか、騒音問題解消への期待があると言われています。

② 環境問題

 環境問題に敏感な欧州では、UAMに対して脱炭素化への期待が寄せられています。一方で、多くの機体が上空を飛行することによって、景観を損なってしまう恐れがあり、懸念事項として指摘されています。

③ 安全性

 機体の安全性は、有人航空機同様の安全保障を確保するため、耐空証明が基準となります。耐空証明によって機体の安全は保障される一方で、運用者の信頼性や事業者の信頼性に関心が寄せられています。

 以上のように、社会受容性を認めることのできる調査結果を前提に、各国で導入に向けた検討が加速しています。

各国の考えが見えてくる世界のCONOPS

 世界のUAMの飛行ルートや導入計画の調査を専門とするThe Global AAM/UAM Market Map社によれば、2023年7月1日現在では、54カ国・137都市でUAMの導入検討が始まっているとされます。なお、2018年8月時点の調査では、導入を検討しているのはわずか39都市でした。たった5年間で3倍以上の都市が検討するまでに増加しているのです。検討している都市の数が多いのは、アメリカ、ドイツ、スペイン、イタリア、日本、中国、オーストラリアの順になっており、アメリカとドイツが他国を圧倒して多くなっています。運用者などの実装体制がほぼ固まっている都市は、リオデジャネイロ、ブリスベン、香港、シンガポール、パリ、モントリオール、バンクーバーの7都市。準備が進められているのは、東京と大阪を含めた11都市となり、合計18都市が世界に先行しているグループであると報告しています。

 運用や航空管制などのガイドラインであるCONOPSは、各国でまとめており、英国、カナダ、アメリカ、韓国が発表しています。日本は2023年3月に開催した「空の移動革命に向けた官民協議会」にて経済産業省が発表しました。

▼経済産業省-空飛ぶクルマの運用概念
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/air_mobility/pdf/009_04_00.pdf

 一方、民間レベルでのCONOPS発表も相次いでいます。国際空港評議会(171カ国で約2000カ所の空港を運用する712名の空港運用者による協議会)は、全欧州の空港を念頭に置いたCONOPSを2022年3月に発表しました。これと同時にイギリスでは、ヒースロー空港およびロンドンシティ空港を中心に、ロンドン地域での実現を目指して機体開発メーカ、運用者、インフラ建設業者などで構成するUK Air Mobility ConsortiumがCONOPSを発表しています。発表されたものは、83ページにも及ぶ内容であり、広範な課題に対して検討がなされています。なお、このコンソーシアムはイギリス政府のバックアップによってロンドン空域を法規制のサンドボックス(臨時に法の適用外とする処置)に指定し、社会実装を進めるとしています。

 少し遅れて同年6月にはミュンヘン空港がCONOPSを発表しました。地域性を加味して貨物輸送の重要性をうたい、旅客輸送だけではなく貨物も含めたAAM(Advanced Air Mobility)を主体としているのが特徴です。

 また、イギリスのAAMを専門としたコンサルタント会社、EA Maven社は、2022年12月に全英の32空港間を結ぶUAMルートとして、新たに390ものルート設定が可能であることを発表しました。

 このように、社会実装のためのCONOPSは、政府レベルや民間レベルからの発表が相次いでいます。エアタクシーが2024年から順次市場に出回ることを前提に、社会実装の検討に拍車がかかっています。

 CONOPSの内容を具体的に固めていくためには、最も重要なインフラ設備であるVertiport(離着陸や充電、メンテナンスを行う設備)の整備が欠かせません。Vertiportの設置基準に関しては、すでにEASA、FAA、国土交通省等からガイドラインが示されています。アメリカ、イギリス、カナダなどには専門業者も存在し、国際的な展開を始めています。

実装に欠かせないVertiportの整備と課題

 UAMは航空機であり、国の認定した空港(航空法では一般機用の空港とヘリポートや超小型航空機用の離着陸場である場外離着陸場に分けて設置基準を定めています)でないと原則として離着陸はできません。国際標準を定めるISOでは、UAM専用の離着陸場をVertiportと命名し、これが世界標準用語となっていますが、これには日本の提言が大きく貢献しています。

① 急速充電設備

 2~3年後に導入予定の個人用機あるいはエアタクシー機は、電気自動車(EV)の数倍以上の容量を持つ大型二次電池を使用しています。例えば、大阪万博で飛行予定の乗客4人のエアタクシーの電池は出力性能がEV用の30~50%程度強力で、総重量1トンを超える(通常のEV搭載量の3倍以上)大規模かつ高性能な電池を使っており、これを30分程度で急速充電するにはEV用充電設備では対応できません。そこで、機体メーカーの中には独自規格を作り、急速充電設備を開発している企業もあります。一部のアメリカのメーカーでは、機体の種類やメーカーに関わらずEVに対応できる設備を開発しており、可搬型の開発も行っています。また、専門メーカーの中には、多くの機体メーカーと連携し汎用性の高い設備開発を行っているところもあるのです。

 EV用の充電設備の規格(ソケット形状など)は国内で統一されていますが、UAMの充電設備の国際的な規格はまだ整備されておらず、ISOでも議論が始まったばかりです。急速充電設備はエアタクシーの稼働率を上げるために、充電時間の短縮が求められており、CONOPSを考えるうえで重要な要素となっています。

② アクセス、その他

 Vertiportへのアクセスの利便性は大きな課題です。世界で発表されているCONOPSでは、既存の空港を前提としているケースが非常に多くあります。それは、駐車場や公共交通機関の利用が容易であることが大きな理由のひとつです。また、電力の調達や機体整備、格納などの重要設備の設置の容易さなども既存空港の利用には大きな魅力があると指摘されているのです。

 以上のように、CONOPSを中心に各国でUAMの実現が進められており、国の動きも加速しています。世界では、UAMの実現がもうすぐそこまで来ているのです。

千田 泰弘

一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事

1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。