本シリーズ Vol.1では、「空飛ぶクルマ(UAM:Urban Air Mobility)」の開発状況について解説してきました。それから、わずかな期間が経過しましたが、その間でも各国ではUAMの開発が著しく進んでいます。
各国で急速に進むエアモビリティの開発とサプライチェーンの形成
本年8月16日に垂直離着陸機の技術協会である米国VFS(https://vtol.org/)が発表した情報によれば、世界48か国347事業体で提案された開発中の機種は700種類を超え、直近では週3機のペースで新しいデザインコンセプトがデータベースに追加されているといいます。主な開発国の内訳は米国(124)、英国(24)、中国(21)、ドイツ(19)、カナダ(17)であり、これらが世界の約60%を占めています。
すでに2024年から耐空証明の取得予定を発表している欧米先行8社のエアタクシー用機体(本解説シリーズ Vol.3参照)には、6月末時点で全世界から5781機の予約注文が集まっています。額面にすれば総額1兆円を超えている計算になります。5月末時点では4500機と発表されていましたので、その予約注文の増加スピードには驚かされます。
※情報分析元:Cirium Fleets Analyzer
先行予約を行っている企業は、既存のエアライン、航空機リース会社のほか、新規にエアタクシー業への参入を計画する企業、チャーターや災害対応などでヘリコプターを運用する企業などですが、なかでも200機以上のヘリコプターを保有し、17か国でチャーター事業を展開している世界最大級のヘリコプター運用会社である米国のBristow Groupは業務の効率化とコスト削減に期待し、米、英、独のエアタクシーメーカーに合計300機の予約発注を行っています。なお同社はオスプレイの民間機バージョンであるAW609(乗客9名、航続距離1400km)を2023年から運用開始するとも発表しています。まさにVTOLに特化した運用会社といえるでしょう。
先行する8社をはじめとする開発事業体は、大型の動力と機体構造の開発に最も力を入れています。それらの重要部品や技術は全世界から選出された企業と連携し、調達することを始めており、UAM独特のサプライチェーンの形成が顕著となりつつあります。
エアモビリティ産業の発展に欠かせないサプライチェーン
今回のVol.4ではUAMのサプライチェーンとその特長のほか、従来の旅客航空機のサプライチェーンとの違い、日本における本格的なUAMサプライチェ―ンの可能性などについて3項目に分けて解説します。
航空機サプライチェーンの特長
サプライチェーンは技術の分担により開発製造のコスト、品質及び時間等を最適化する仕組みで、自動車産業の例が一般にはよく知られています。
航空機産業では技術の分担だけではなく、耐空証明をいかに効率よく分担するかという考え方が定着しています。耐空証明とは開発国の政府が発行する「飛行に使用して安全であることの証明」であり、耐空証明がなければ営業用の飛行に供することができないため、航空機のサプライチェーンでは参加各社が「耐空証明」に対しコミットすることが非常に重要な条件になります。そのため旧来は機体メーカーが材料を提供し、加工を依頼してその品質をチェックし、さらに次の加工に回すという「加工外注方式」が主流でしたが、近年は特定外部企業に、例えば主翼の全部などを丸投げして責任を持たせて効率化を図る「一貫生産方式」と呼ばれる方式が主流となっており、技術分業と同時に耐空証明の一部をサプライチェーンにも負担させるという考えが徹底され始めています。
そこで機体メーカーは一貫生産方式に参加するサプライチェーンに対し国際的に合意された航空機部品の製造に係る民間の品質保証基準(日本ではJISQ9100)や難しい加工が必要な部品加工に係る独特の厳しい民間基準(NADCAP)の取得などを必要に応じて義務付けるなどして耐空証明の担保と検査を省力化し全体の生産工程を合理化しています。
UAMサプライチェーンの特長
旅客機や大型機に比べて部品点数が少ないUAMの場合(例えば200人乗り旅客機では部品点数が約200万点に対しUAMは約1万点といわれる)、サプライチェーンの規模自体はそれほど大きなものにはならないと思われます。しかし、技術の分担だけではなく耐空証明の分担という考え方は不変であり、その分担の仕方は耐空証明を受けた機体メーカーが決定し、実施することになります。
また従来の旅客機は製造終了までが20年、部品供給は40年といわれ、非常に長期の技術コミットメントがもとめられます。一方、UAMの場合は技術の進歩や新技術の採用スピードが速いため、製造終了までの期間はおそらく5~7年程度と短くなるだろうと想像されます。
従来はサプライチェーンに参加する場合に、「できれば10年間はコミットしてほしい」などと言われることがありました。しかしUAMの場合にはこのような長期コミットメントではなく、サプライチェーン参加企業の入れ替わりが早いのではないかと想像されます。すなわち、従来の旅客機開発のサプライチェーンでは参入の壁が高い代わりに参入すれば比較的長期に参加できるが、UAMのサプライチェーンでは参入障壁は比較的低く、技術変化に応じて出入りが激しいとされます。
これまでの新型旅客機開発の典型的なプロセスは、まずエンジンメーカーが開発を先行し、それを前提として機体メーカーによる技術開発と仕様の決定後、予約受注を開始するプログラム・ローンチがスタートし、予約の受注が始まりますが、最初の確定顧客(ローンチカスタマー)が決定し、細部仕様の検討が終われば量産フェーズに入るというのが一般的です。
新機種の開発は量産開始から約10年程度のサイクルが一般的であり、この間は技術が凍結されるため新技術採用のスピードが遅くなるという特徴が指摘されてきました。一方UAMの場合は技術進歩が速く、短期間に次期の新型機が導入される可能性が大きく新技術の採用は従来に比べ著しく短縮されることが想定されます。したがってサプライチェーン参加企業にも従来のような受動的かつ長期的な下請け分業ではなく、能動的な提案型の分業が期待されると思われます。これからのUAMサプライチェーンは従来と大きく様変わりするのではないでしょうか。
日本における可能性
日本の航空サプライチェーンは、海外メーカーから一次下請けをする重工各社などの下に閉鎖的な下請け企業群が形成されてきましたが、2003年にオープンな航空宇宙コンソーシアム(まんてんプロジェクト)が形成され、ポスト自動車産業を目指した航空機産業参入への動きが始まったことや、閉鎖的下請けの仕組みをなくす動きが強くなったことを受けて現在、日本航空宇宙工業会(SJAC)のデータベース(https://namac.jp/)には全国各地に航空宇宙クラスターが46登録されており、参加企業数は1010社に及んでいます。
我が国は中小ものづくり企業の層が極めて厚く、高い技術レベルを要求される航空機産業参入に対する関心が高いため、地方クラスターの広がりとその数は世界でもトップとなっていますが、参加企業数は国内に航空機メーカーを持つ米、欧に比べ非常に少ないという特徴があります。この現状は新しいUAMサプライチェーン形成への大きな素地でもあろうと考えられます。国内に航空機メーカーが誕生すればサプライチェーンは大きく発展する可能性を秘めています。
今後いかにして我が国で国産エアタクシーを開発するかが大きな課題となりますが、そのシナリオと可能性、必要な仕組みなどについては次号で解説することとします。
【千田泰弘のエアモビリティ新市場のすべて】
Vol.1 新たなモビリティ「空飛ぶクルマ」の定義と将来像
Vol.2 耐空証明の仕組みから紐解く、ドローンと空飛ぶクルマの違い
Vol.3 Japan Drone 2022から見るエアモビリティの駆動源開発と世界の機体
千田 泰弘
一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事
1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。