エアモビリティの動向について、前回のVol.5では、世界最速のハイブリッドエンジンを搭載した国内企業による10人乗りの大型UAMの開発に期待が寄せられていることを解説しました。またVol.3では海外のエアモビリティに触れ、すでに予約受付段階まで進んでいる先行8社の5人乗りの機体を調べました。

世界のエアモビリティから見る効率的な構造タイプ

 この8社の機体はすべてVectored Thrust(VT)方式を採用しています。これは垂直飛行時と水平飛行時にプロペラの向きを90度変える機体で、推力変更方式ともよばれますが、プロペラを回転させるチルトローター方式と翼を回転させるチルトウイング方式があります。世界でこれまで提案されているUAMの約34%がこのVT方式です。そのほかには、垂直飛行用のプロペラと水平飛行のプロペラを分離し、プロペラを回転させないLift&Cruise(LC)方式が17%あり、この2種類を合わせると約50%がエアタクシーなどに使える機体の開発対象となっています。先行8社の機体のうち7社がチルトローターを採用し、スイスの企業だけがチルトウイング方式を採用しています。

 国内企業では、ホンダが5人乗りのLC方式の機体を開発しており、HIEN AeroTechnologiesが2人乗りの小型から大型までのスケーラブルな機体開発を発表しています。また宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、プロペラのローター機構を持たずにシンプルな機構とすることで、巡航効率を向上した小型チルトウイング機の研究を進めています。このようにわが国でもすでに効率の良い機体開発が始まっているのです。

 VTおよびLC方式を採用した垂直離着陸機(VTOL)の優位性については、2018年にドイツのポルシェコンサルティングが調査結果を発表しています

引用:ポルシェコンサルティング「The Future of Vertical Mobility

VTOL型(VT, LC)マルチコプター型ヘリコプター型
飛行距離
飛行速度
価格10
信頼性1515
騒音

※資料を元に筆者が作成

 これを見れば、固定翼によって推進力だけで浮力を発生するVTOL型の優位性がよく分かります。

エアモビリティの実現と今後の展開

 なお日本では、すでに次世代VTOL機の研究開発が進められています。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、2022年から次世代空モビリティの社会実装に向けた実現プロジェクト(ReAMoプロジェクト)においてモーターなどの要素技術の開発を開始することとしており、先行するハイブリッドエンジン開発と相まって、大型10人乗りのUAM開発の後押しになるのではないでしょうか。

 航空機開発事業の一般的な工程としては、プログラムローンチと耐空証明の取得がひとつの節目となります。このプログラムローンチとは、例えば乗客数、航続距離、予定販売価格、運用・保守経費の見込みなどの開発機体の仕様を公表し、さらに具体的な設計に進む段階を言います。また、プログラムローンチ後からは営業開始となり、見込み顧客からの予約を受け付けることができます。冒頭で述べた世界の先行8社はプログラムローンチを行い、合計で5000機を超える先行予約が入っており、各社はすでに欧米政府に対し耐空証明の取得を進めている段階です。

 耐空証明の基準は、欧州ですでに新しい原則が示されています。一方、米国でも新しい基準の検討が進められているなどの動きがあります。また、2022年10月に米国企業のJoby Aviationが日本の耐空証明申請を行いました。これを契機に国交省はFAAと覚書を締結しました。すなわち、日本でも耐空証明の環境整備が一層進展すると期待されます。

 国内で次世代UAMを開発するとすれば、後発組として世界市場に国際競争力を持って参入できる技術の完成と、これを活用するビジネスモデルの構築が前提になると考えられます。

 5人乗りの機体は2024年から世界市場への投入が始まります。10人乗りの機体は世界各国を見ても発表した例がありません。そこで、まずは2025年頃に10人乗りの構想を発表し、次いでプログラムローンチを行うというプロセスが想定されます。

 UAMの市場が最も大きいと予想されるアジア太平洋地域において、中国とインドを除く上位3か国は日本、韓国、シンガポールと予測されています。これを念頭に置いた国際共同開発あるいは国際連携コンソーシアムを形成することはビジネスモデルとして重要であると考えられます。
参考:ロールスロイス「Advanced Air Mobility: Market study for APAC

 韓国政府が昨年、2025年を目途に金浦・仁川空港とソウルの都心を結ぶ専用航路を開設すると発表したことを受け、多くの企業が参入競争を展開しており、大手企業も米国と連携しながら機体開発に大きな資金を投入しています。

 シンガポールはアジアで最も早く海外企業が開発したUAMを導入し、専用の離着陸場(Vertiport)建設など社会インフラ整備を開始しました。さらには、アジア最大級のMROを中心とする航空宇宙工業団地を持っており、ここには多くの航空機技術の人材と試験設備、隣接するテストフライト専用空港が整備されています。国際協業を考えるうえでは注目すべき国でしょう。

 新しいビジネスモデルの先駆けは米国のJoby Aviationと言えるでしょう。この会社の事業目的はエアライン事業にあると発表されています。すでに米国政府からエアライン事業の許可をうけ、米国の大手パイロット訓練企業との連携を開始しました。まさにこの会社は製造業ではなく、空のMaaS事業者として計画を進めています。やがて日本にもエアラインとして進出する計画があるのではないでしょうか。

 UAMを社会実装するには専用の離着陸場が必要です。そこには頻繁に離着陸できる十分な広さの敷地と急速充電設備及びこれに対応する大電力受電設備、地上交通機関との連絡や駐車場、飛行支援設備、乗客のための設備なども必要になります。今までにないインフラ建設がすでに世界で始まっています。

 開発や量産にはしっかりしたサプライチェーンが必要ですが、Vol.4で解説した通り、日本にはすでにベースとなる航空宇宙コンソーシアムが全国にあります。日本の航空機製造や新しい運用事業を含めた航空機産業の活性化と、「人・もの」の移動を地上から空に置き換えるスマートシティやデジタル田園都市国家構想実現を単なる夢に終わらせたくないのは筆者だけではないでしょう。

千田 泰弘

一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事

1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。