今後、大きく発展を遂げるとされるUAM(Urban Air Mobility)の市場は、各国でさまざまなデータや情報をもとに検討や議論が行われています。8回目の連載となる今回は、米国が発表しているデータを解説し、今後の日本のエアタクシー市場について考察します。

米国における社会実装に向けた取り組み

 毎春、FAA(アメリカ連邦航空局)は米国内の航空機市場予測を発表しています。前年度までの実績を踏まえ、4~5年先までを予測するものですが、ドローンの情報としては一国の市場の現状と動向を数値化したものであり、他に例がなく、非常に資料性の高い情報を提供しています。一方、UAMの情報は、昨年度の発表でもわずか5ページ弱と少なく、数値的なデータも記載されていませんでした。しかし、本年度の予測では、UAMの部は19ページに増え、米国政府、機体メーカー、研究機関などの現況に加え、FAAが大学や調査機関に委託した市場研究の結果や、ASSUREの結果などが掲載されており、国が発表するUAM予測データとしては世界初とも言える詳細な内容が盛られています。

▼ASSURE-Urban Air Mobility Studies
https://assureuas.org/projects/urban-air-mobility-studies/

 米国のUAMサービスは2025年から限られた都市で提供が始まり、やがて100都市にまで徐々に拡大を果たし、2028年には本格的なサービス事業化が始まると予測されています。なお、主な利用分野は以下の5分野を想定しています。

 飛行回数は以下の様に予測しています。

202520262027202820292030
ベース295,530494,637827,8871,385,6572,319,2133,881,730
低予測206,871346,246579,521969,9601,623,4492,717,211

※低予測はベースより30%低い場合
FAA-FAA Aerospace Forecast 2023-2043より引用

 また、予測初年度の乗客数は1日当たり2400人程度ですが、2030年には3万2000人程度に増加し、料金は30ドル程度まで手頃な価格になると見ています。

 さらに、FAAは2023年7月にエアタクシーの実施に係る報告を発表しました。これは「Innovate 28」とも呼ばれ、2028年までにエアタクシー市場を大規模発展させることを目指した計画であり、言わば第一期エアタクシー政策とも言えます。

▼FAA-Advanced Air Mobility (AAM) Implementation Plan
https://www.faa.gov/sites/faa.gov/files/AAM-I28-Implementation-Plan.pdf

 報告書によれば、Joby Aviationなどを含めた24社以上のメーカーと耐空証明について協力しており、積極的に機体開発が進んでいることも記載されています。エアタクシーの運用想定では、離着陸拠点となるVertiport間において、高度4000フィート以下を定められたルートで飛行することを前提としており、法規、航空管制、官民のインフラ構築に係る協力体制、実施工程等をまとめています。これは、前記の予測データと相まって国のビジョンが具体的に示されており、世界に先行した計画発表と言えるでしょう。

 欧州やカナダで発表された多くのCONOPSと米国政府のこれらの取り組みは、日本での取り組みを考える上で非常に参考になります。

日本国内におけるエアタクシーの社会実装に向けて

 公共交通機関のネットワークが充実している日本において、UAMを導入した際のCONOPSを考えた場合、欧米と異なる点がいくつかあります。それについては当連載のVol.7でも触れましたが、まずは既存公共交通機関との選択に係る予測だろうと考えられます。

 具体的には新幹線と飛行機の選択議論のように、いわゆる「4時間の壁」と呼ばれる選択基準がUAMではどうなるのか、どのようにして定量的な推論が成り立つのかは、日本独特の課題になるのではないでしょうか。

 地上交通と飛行機に関しては、東京都及び周辺3県を出発地とし,地方の16県を到着地とした場合の航空機使用比率(対鉄道分担率)の実績値が1995年度の全国幹線旅客純流動調査で発表されています。さらには、このデータをもとにした全国的な選択モデルの研究も運輸総合研究所による運輸政策研究Vol.4 No.1 2001 Springにて発表されています。

▼運輸総合研究所-運輸政策研究Vol.4 No.1 2001 Spring
https://www.jttri.or.jp/journal/no12/index.html

 選択モデルが明らかになった時点で、Vertiportネットワークの配置や飛行ルートの姿を描くことができます。

 東京、大阪などの大都市圏を中心とするモデルだけではなく、地方都市や日本に多い海や山によって陸上交通が分断される地域を含むモデルは、海外のモデルではあまり検討されていない特有のCONOPSとなります。

 病院まで公共交通機関と徒歩で1時間以内にたどり着けない「無医地域」(厚生労働省の定義による)の解消では、救急救命や僻地医療に関する新しいモデルを提案できそうです。
 さらに、日本特有の物流モデルとして鮮魚、活魚の輸送が挙げられます。すでに、このビジネスモデルは、2011年から東京都調布市において「調布アイランドプロジェクト」として実施されており、新島や三宅島では、朝7時前後に定置網から収穫した鮮魚を午前中発の定期飛行機に載せ、25~45分の所要時間で調布飛行場に送り、正午前後には市内の加盟飲食店へ届けるといったサービスや、大島、新島の新鮮な島野菜の配送などを行っています。

 大阪・東京エリアでは、すでに社会実装に向けた取り組みが具体的に進んでいますが、今後は日本特有の条件を考慮し、広域の地方レベルでの検討が進められるのではないかと期待されます。例えば、多くの島嶼(とうしょ)と山が地域を分断しており、観光開発や物流の改善が求められ、全国「無医地域」ワースト10に7都市が含まれている「瀬戸内・九州・沖縄」モデルのほか、日本有数の三陸沖漁場が近く、東日本大震災からの復興を目指すためには物流と人流のインフラ整備が不可欠な「福島・環東北」モデルなどが考えられ、今後の議論が待たれます。

千田 泰弘

一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事

1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。