大型ドローンや航空機の新規開発にあたって、最重要技術となるのが長時間にわたって大電力を供給できる構造に加え、軽量かつ信頼性の高い電力源の確保です。各種電力源は単位重量あたり電力を示すエネルギー密度(kW/kg)を使って比較することができます。エネルギー密度が大きいほど軽くて大電力が得られる能力があります。
<電力源の種類とエネルギー密度の関係>
電力源 | エネルギー密度(現在) | エネルギー密度(将来) | 課題 |
---|---|---|---|
二次電池 | 0.2~0.3(リチウムイオン電池) | 0.5(リチウム固体電池) 1.0以上(空気電池) | 高速大容量充電設備と充電時間 |
燃料電池 | 0.6 | 理論限界 1.0 | 水素供給(高圧ガス、液体水素)装置 |
低速ハイブリッドエンジン(レシプロエンジンなどによる駆動。数千RPM) | 0.5 | エンジン回転速度の機械的限界(12000RPM程度)により、1.0が限界か? | 騒音、ガソリンの扱い。排気ガス |
高速ハイブリッドエンジン(タービンエンジンによる駆動。90000RPMなど) | 1.0 | 2.0以上 |
この表にみられるように、小型の大電力源としては高速ハイブリッドエンジンがあらゆる点で有望だということが判ります。バイオ燃料も使える点は低速ハイブリッドエンジンには無く(ただしロータリーエンジンを除く)、環境にやさしいエンジンです。二次電池は電気自動車用よりはるかに大容量の高速充電装置が不可欠であり、さらには充電時間が機体の運用効率を低下させることなどの運用上の課題も指摘されています。
現在世界で先行開発を進めているエアタクシー8社(当連載Vol.3参照)のうち7社がリチウムイオン電池を採用しており、残るスイス製の機体はプロペラをエンジンで直接駆動するターボプロップジェットエンジンを使っています。先行8社を追随するホンダは高速ハイブリッドエンジンを使うと発表しました。
欧米の航空機エンジンメーカー(ロールスロイス、サフラン、プラット&ホイットニー、ハネウェルなど)は、昨年から本年にかけて一斉に高速ハイブリッドエンジン開発を発表しました。これら既存のエンジンメーカーはすでに生産しているタービンエンジンの性能向上やダウンサイジングにより発電機と結合させたハイブリッドエンジンを構想しています。各社の開発目標は、これまでの発表によると最小500kWから最大数千kWまでとなっており、明らかにターゲットは次世代用の10人乗り以上のエアタクシーや、より大型のエアバスに使えるハイブリッドエンジン用であろうと思われます。
6月に開催されたJapan Drone2022でエアロディベロップジャパン(ADJ社)が30kW高速ハイブリッドエンジンの量産化を発表しましたが、同時に500kWまでスケールアップできることも発表しています。このエンジンはエネルギー密度が1.0であり、現在世界トップの性能を持っています。さらに大きな特徴は、タービン回転軸に発電機が組み込まれている一体構造だということです。通常は発電機と駆動用エンジンは別モジュールとして設計し、それぞれの軸を結合させて一体化したハイブリッドエンジンとしていますが、ADJ社のように一体構造で設計した高速ハイブリッドエンジンは世界で初めての試みとなります。一体化し、デジタル設計を行っているためスケールアップが容易になっており、500kWまでのアップグレードが可能と発表されました。
世界で初めてのこの技術は、6月のJapan Drone2022でBest of Japan Drone Award Advanced Air Mobility 部門賞を獲得し多方面から関心を集めました。
500kWのハイブリッドエンジン1基で、重量2.5トン程度の揚力が得られる計算となり、500kg程度(5人乗り)のペイロードのVTOL機は実現できそうです。信頼性の確保の為2基使えば10人乗りのVTOL機も視野に入るのではないでしょうか。
新型航空機開発に必須のエンジン技術が我が国で立ち上がろうとしています。UAM開発の遅れを取り戻し一気に世界をリードできる光が見えたと思われます。
エンジン開発に次いで最も重要な機体開発と、大きな資金が必要なVTOL開発には、世界市場も視野に入れた国際展開が可能な新しい仕組みを作る必要があると考えられます。これについては次回Vol.6で詳しく解説します。
【千田泰弘のエアモビリティ新市場のすべて】
Vol.1 新たなモビリティ「空飛ぶクルマ」の定義と将来像
Vol.2 耐空証明の仕組みから紐解く、ドローンと空飛ぶクルマの違い
Vol.3 Japan Drone 2022から見るエアモビリティの駆動源開発と世界の機体
Vol.4 新産業誕生なるか、エアモビリティのサプライチェーン
千田 泰弘
一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事
1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。