「空飛ぶクルマ」は本当に実用化されるのか――。都市の渋滞解消や物流効率化の切り札として期待されるAAM(Advanced Air Mobility)は、いま大きな転換点を迎えている。電動の第一世代機が商用化目前に迫る一方で、より長距離・大容量輸送を可能にする第二世代機や大型ドローンの開発競争が世界的に激化している。本稿では、AAMの起源から最新の技術動向、そして今後の市場構造の変化までを、有識者の視点から体系的に読み解く。
AAMとは何か、誕生の背景とエネルギー課題
AAMとは、人や物の移動に用いられるドローンおよび空飛ぶクルマ(UAM:Urban Air Mobility)の総称である。その起源は、2003年にNASAが発表した「Personal Plane Project」に遡る。この構想は滑走路を必要としない小型航空機の実現を目指したものであり、垂直離着陸機(VTOL)の利便性と有効性を明らかにした。
この研究は、自動車会社フォード・モーターの創業者であるヘンリー・フォード氏がかつて描いた「空飛ぶクルマ」の実現に向けた大きな契機となり、米国やEUにおいて研究開発が本格化した。特にEUでは、2009年に大規模な「PPLANE Project(Personal Plane Project)」が開始され、2012年には包括的な報告書がまとめられている。
▼CORDIS-Personal Plane: Assessment and Validation of Pioneering Concepts for Personal Air Transport Systems
https://cordis.europa.eu/project/id/233805/reporting
この報告書では、AAMの事業運用(CONOPS)、制度設計、技術課題、社会受容性など、多岐にわたる観点から検討が行われている。その中でも重要な論点として挙げられているのが、エネルギー問題である。大ペイロードと長距離飛行を実現するためには、現時点では二次電池や燃料電池に依存せざるを得ず、ハイブリッドエンジンの実用化が今後の鍵になるとされている。
ハイブリッドエンジンとは、レシプロエンジン、ロータリーエンジン、ガスタービンエンジンなどの化石燃料動力によって発電機を駆動させて発電し、その電力でモーターを駆動する仕組みである。電池では実現が難しい大出力を確保できるうえ、燃料補給が容易であり、運用・保守コストの低減も期待される。
とりわけガスタービンは、他のエンジンの約10倍という高回転数を持つため、発電機の大幅な小型化に大きく寄与する。2015年には、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)発ベンチャーがガスタービン型ハイブリッドドローンを開発し、飛行時間2時間30分、航続距離160kmという当時としては画期的な性能を実現した。この時期、米国ではTop Flight Technologiesなど、ガソリンエンジンを用いた中・小型機を中心としたハイブリッドドローンメーカーが登場し始めた。一方で、大型機向けのタービン駆動ハイブリッドエンジンについては、依然として技術的課題が多く、現在も開発段階にある。
世界では第一世代UAMから第二世代へ、進化する機体と市場
第一世代UAM
現在、英国、ドイツ、米国、ブラジル、スイス、中国などのメーカーが、二次電池を動力とする4~7座席、航続距離200~400kmの機体を発表している。日本国内でもエアラインやベンチャー企業などから400機以上の予約発注が行われており、各メーカーは耐空証明取得の最終段階にある。2027年頃から商用運用が開始される見込みである。
これらは「第一世代機体」と呼ばれ、エアタクシーをはじめとする空飛ぶクルマ事業の初期モデルと位置づけられる。しかし、米カーネギーメロン大学の研究によれば、電池技術による性能はすでに限界に近づいていると指摘されている。
一方、企業向けではなく個人向け市場では、様々な小型機体のモデルが開発されており、活発化している。特に、車庫から離着陸場までは自動車として道路を走行できるタイプは、まさにヘンリー・フォード氏が夢見た「空飛ぶクルマ」の理想形といえる。2000年頃から開発を開始したが、近年では様々なモデルが提案されるようになった。
代表例として、東日本旅客鉄道(JR東日本)が導入を検討している米ASKA社の機体が挙げられる。4座席、航続距離400kmという性能を持ち、電池に加えてガソリンエンジンによるレンジエクステンダーを搭載している。翼は折りたたみ式で、公道走行や車庫保管が可能であり、個人用途に適した設計となっている。価格は約2億円弱といわれ、事業用機の半額程度である。JR東日本は同機を活用した新たな観光体験の提供を目指している。
▼ドローンジャーナル - 陸空両用の空飛ぶクルマ「ASKA A5」、TAKANAWA GATEWAY CITYで試作第1号機映像を公開
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/news/1187143.html
さらに、10座席規模の第二世代機には大出力ハイブリッドエンジンが不可欠とされており、2023年頃から欧米の航空機エンジンメーカーやHonda Aircraft(米国)がガスタービンによるハイブリッドエンジンの開発を進めている。中国も国営の航空機エンジンメーカーが2025年にプロトタイプを公開し、欧米との競争が激化している。
一方、日本では2022年にエアロディベロップジャパン(ADJ)が40kW~500kWの小型ガスタービンハイブリッドエンジンの実用モデルを発表している。タービンと発電機を一体化したスケーラブル設計に加え、ハルバッハ配列の技術を用いた発電機により、小型・軽量・高効率を実現している点が特徴である。
▼ドローンジャーナル - エアロディベロップジャパン、大型ドローン・空飛ぶクルマ向けハイブリッド動力システム量産モデルを開発
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/news/1184312.html
第二世代UAM
2026年2月、中国のAutoFlight社が、10座席・貨物1.5トン積載可能な大型機「Matrix」の公開飛行を実施した。航続距離は1500kmに達し、第一世代機の約2倍の性能を持つ世界初の第二世代モデルとされる。エンジンはハイブリッドエンジンと発表されているが詳細は未発表である。
最大離陸重量(MTOW)は5トンとされ、必要な駆動電力は約1MWと推定される。仮にこれを電池のみで実現する場合、一般的なEV用の2倍以上の出力となる高性能リチウムイオン電池(出力重量比0.4kW/kg)を用いても約2.5トンの電池が必要となり、発電機を含めると総重量は3トンを超える計算となる。
一方、1500馬力級のガソリンエンジンと1MW級発電機を組み合わせた場合、総重量は約2トン程度に抑えられると推測される。ちなみに、仮にADJの500kWエンジンを2基使用すれば、1トン程度で同等出力を実現可能と考えられる。なお、同機の小型版(4座席)はすでに日本に輸出され、岡山県に拠点を置く一般社団法人MASCによって岡南飛行場でのデモ運用が行われている。
航空機の一般的な生産寿命は約20年だが、技術革新のスピードやエアラインの運用コスト削減への対応を考慮すると、空飛ぶクルマでは10年程度に短縮される可能性がある。仮にこの考えが適用されるならば、急速な技術の進歩を勘案し、生産寿命は10年程度と想定され、第二世代機の本格登場は2030年前後になるとみられる。
すでに第一世代機の主要メーカーは次世代機開発に着手している。米BETA TechnologiesはGE Aerospaceから400億円規模の出資を受け、タービンハイブリッド機の開発を発表。ARCHERはLiliumの小型ダクテッドファンをはじめとする特許群(300件以上)を取得しており、大型機開発への布石と見受けられる。
第二世代機の開発は、すでに本格化する兆候が現れており、普及は既存のヘリコプター市場に大きな影響を与える。ヘリコプターに対して騒音は約10分の1、保守性も高いUAMは、強力な代替手段となる可能性が高い。実際、ヘリコプター運用会社である米Bristow Groupは300機以上の第一世代機を発注しており、ヘリコプターから空飛ぶクルマへの転換が進みつつある。
次世代大型ドローンの技術動向
大型ドローンは最大離陸重量25kg以上と世界的に定義が統一され、欧米ではその上限は600kgと定められている。日本では明確な上限は定められていないが、国際基準との整合が求められるのは、ドローンの安全基準や航空機の耐空証明の基準に大きな違いがあることから、明白である。
以下の表に示したのは、現在開発が進んでいるペイロード50kg以上を含む17機種だ。ペイロード50kg以上の機体が多く、長距離飛行を実現するためにハイブリッドエンジンの採用が進んでいる。代表例として、米MightyFlyはペイロード45kg、航続距離965kmのVTOL貨物機「Centro」を2025年に発表。同社は3種類のプロトタイプを試作し、400回以上の自律飛行実績を持ち、急速に技術を蓄積している。
同社は、2026年6月に千葉県・幕張メッセで開催される「Japan Drone 2026/次世代エアモビリティEXPO」において、6月3日11時30分より基調講演への登壇を予定している。
▼Japan Drone 2026/次世代エアモビリティEXPO
https://ssl.japan-drone.com/index.html
また、Sabrewingの機体はペイロード2トン超、航続距離1800km級という大型機であり、航空物流の新たな選択肢として注目されている。一方で、短距離用途では依然としてバッテリー駆動機が主流であり、日本企業も多様な機体を開発している。
大型ドローン主要機体一覧
(※原文データを整理して掲載)
| メーカー・機体名 | ペイロード(kg) | 飛行距離(km) | 機体形状・特長など |
|---|---|---|---|
| Pipistrel Nuuva V300(スロベニア) | 300 | 300 | タンデム翼/リチウムイオン電池+推進用ガソリンエンジン |
| Moya(ブラジル) | 200 | 300 | タンデム翼VTOL/ハイブリッドエンジン |
| ARC Aerosystems(英) | 100 | 400 | L&C機体/350kWタービンハイブリッド(SAFRAN) |
| FlyingBasket FB3(伊) | 100 | 2.5 | マルチ一ローター機/バッテリー |
| CargoTron PD250(英) | 250 | 600 | L&C折りたたみ翼/内燃機関ハイブリッドエンジン |
| MightyFly MF-100(米) | 45 | 965 | L&C機体/ハイブリッドエンジン |
| XTI Aircraft Company TriFan 200(米) | 225 | 360 | L&C機体/Honeywell HTS900 ターボシャフトエンジン2基のハイブリッドペン(2600馬力) |
| EHang 216L(中) | 200 | 短−中距離 | マルチコプター型/電池駆動 |
| Sabrewing Aircraft, Rhaegal RG-1(米) | 2454 | 1850 | チルトローター折りたたみ翼/Safran Ardiden3駆動1408kWハイブリッドエンジン |
| Traverse Aero Orca(米) | 250 | 1000 | チルトウイングVTOL/標準小型コンテナ搭載用/SAF使用レシプロエンジン/20機、総額2.2億ドル先行受注 |
| Malloy Aeronautics T400(英) | 180 | 70 | マルチコプター型/バッテリー |
| AutoFlight(中) | 1000 | 1500 | − |
| 日本ドローン搬送協会(古河産業とドローンワークシステムの合弁)EAGLE49(日) | 49 | − | マルチコプター型/バッテリー |
| SKYDRIVE SkyLift(日) | 30 | 2 | マルチコプター型/バッテリー |
| XYZドローン 55モデル(日) | 60 | 数分? | マルチコプター型/バッテリー |
| IHIエアロスペース i-Gryphon(日) | 47 | 50分 | ダクテッドファンマルチコプター型/MTOWを149kgに制限/ガソリン駆動ツインロータリーエンジン2基使用ハイブリッドエンジン |
| プロドローン SORA-MICHI(日) | 50 | 50 | 地上走行可能ヘリコプター/ガソリンエンジン/コンセプトモデル |
AAMは、単なる新しい乗り物ではなく、エネルギー技術、航空機設計、制度、社会受容性が交差する総合産業である。第一世代の実用化が目前に迫る一方で、第二世代機と大型ドローンの開発競争はすでに本格化している。
今後10年で、都市交通や物流のあり方は大きく変化する可能性が高い。空飛ぶクルマが社会インフラとして定着するかどうかは、これらの技術進化と市場の受容にかかっている。
空飛ぶクルマビジネス調査報告書2026
| 書名 | 空飛ぶクルマビジネス調査報告書2026 |
| 著 | 合同会社ポリシーデザイン |
| 編集 | インプレス総合研究所 |
| 発行所 | 株式会社インプレス |
| 発売日 | 2025年12月11日 |
| ページ数 | 168ページ |
| サイズ | A4判 |
| 定価 | CD(PDF)版・電子版 11万円(本体10万円+税10%) CD(PDF)+冊子版 12万1,000円(本体11万円+税10%) |
| ISBN | 978-4-295-02359-3 |
| URL | https://research.impress.co.jp/report/list/cishidaieamohirite-i/502359 |
【千田泰弘のエアモビリティ新市場のすべて】
Vol.1 新たなモビリティ「空飛ぶクルマ」の定義と将来像
Vol.2 耐空証明の仕組みから紐解く、ドローンと空飛ぶクルマの違い
Vol.3 Japan Drone 2022から見るエアモビリティの駆動源開発と世界の機体
Vol.4 新産業誕生なるか、エアモビリティのサプライチェーン
Vol.5 エアモビリティ開発に勝機を見出せるか
Vol.6 世界のエアモビリティ開発企業から考察する数年後の動向
Vol.7 CONOPSから見る、空飛ぶクルマの社会実装に向けた各国の現状と課題
Vol.8 米国のデータから紐解くエアタクシー市場、日本での社会実装条件を考察
Vol.9 空飛ぶクルマの開発状況と耐空証明事情
Vol.10 日本と韓国、航空安全で連携強化
Vol.11 ドローン・空飛ぶクルマの実運用目指す――鮮魚空輸と北九州空港プロジェクト
千田 泰弘
一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事
1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。
