空モビの事業化に向けた世界的な動き
ドローンと空飛ぶクルマ(以下、総称して空モビと記載)というこれまでにない新しいモビリティでは、今後どのようにして貨客輸送手段として利用し、事業化していくかという構想(Concept of Operations:ConOps)が練られています。調査会社によると、これは各国で取り組みが進んでおり、“世界50か国の100都市以上” において検討されていると報告されています。
「何を何処から何処へ」運べば最も効果があるかというのが一番大きな検討材料であり、課題となっていますが、これまで世界各国で公表されたConOpsはすべて人の移動/輸送する手段を前提として考えられています。一方で貨物輸送に特化したConOpsは、緊急時の医薬品や血液の輸送以外には未だ事例がありません。
これに関連して、とある海外の空モビ開発企業の代表が空モビの社会実装は「貨物から人へ、地方から都会へ」の順序で進展するであろうと発言していることは注目に値すると思われます。ここ数年で実用に供される空モビの性能は、4~5人程度が搭乗し、飛行距離は200~400km程度とされています。これは現在における動力の性能によるものです。これを前提に事業化を目指すとなると、事業採算を見極めるまでには未だ時間がかかるであろうということがこの発言の根底にあります。
空モビによる人の輸送においては、空港送迎のリムジン需要がまずは期待されており、具体的なサービス料金を算出した事業シミュレーションが発表されていますが、相当規模に拡大し事業採算が期待できるのは2028年以降になるであろうと米国政府は予測を発表しています。(FAA Aerospace Forecast 2024)
「何を、どこから」という問いに応えるConOpsは、世界的に見るとまだ模索中というのが現状と言ってもよいでしょう。しかし、日本ではこの問いに答えるモデル事例がすでに存在します。これは経済効果や労働環境の改善など、さまざまな効果が期待できるモデルとなっており、それが鮮魚空輸事業なのです。
先行する鮮魚空輸事業の成功事例
有人航空機による鮮魚輸送は、東京都調布市で市内有志の任意団体として2011年に立上げ、2012年に起業した一般社団法人 調布アイランドが初めてサービス化しました。定期便を利用して大島・利島・新島・式根島・神津島・三宅島の鮮魚を毎日調布飛行場に空輸し、水揚げしたその日のうちに周辺地域の加盟小売店、飲食店など40店舗以上に鮮魚を配送しています。
また、他の事例では、2014年に三菱地所や空港施設といった大手企業が出資する羽田市場が設立されました。全国から鮮魚を羽田空港内に集め、そこから銀座をはじめ、博多の直売店や傘下の寿司店などに鮮魚を配送しています。
これまでの陸上輸送では、2日以上をかけて陸揚げ漁港から消費者に届けていました。紹介した2つの事例では所要時間を半分以下に短縮し、鮮度の高い魚を届けるという付加価値の大きいビジネスを創出することに成功しています。さらに2つの事業モデルの共通点は、地方と中央の市場を介さず、直接取引を行うことによって多くの中間業者の介在をなくした流通革命を実現したことです。その結果、漁業者および消費者双方に大きな利点を生み出しており、これは活魚や鮮魚を食文化にする日本独自の伝統が生んだConOpsと言えるでしょう。
このConOpsに空モビを参入させる事によって、さらに大きなネットワークビジネスが実現できます。それを狙ったのが『北九州空港 空モビプロジェクト』です。
空モビと鮮魚輸送の融合――北九州空港プロジェクト
これについての詳細は、2024年12月に大阪で開催された「Japan Drone/次世代エアモビリティEXPO 2024 in 関西」にてエアロディベロップジャパン(ADJ)が発表しました。2025年1月には北九州市、ヤマトホールディングス、双日、米国の空飛ぶクルマ開発企業のBETA Technologiesの4者は、北九州空港を拠点とする電動航空機による貨物輸送に向けた共同検証を実施することを基本合意しました。これを受け、その後も物流企業などから関心が寄せられています。
北九州空港は、国際線を含む定期便が発着する24時間運営の空港であり、周辺に対馬、壱岐、五島列島などの島々、北九州、山陰、瀬戸内などの漁場が控えた鮮魚の空モビ輸送事業に適しています。この空港は北九州市が管理しており、昨年空港内に空モビ離着陸場やMRO(Maintenance Repair and Operations)設備の建設などに必要な約3000坪の土地と施設を地元企業の三和技巧が取得し、建設の計画を進めています。さらには、ドローン開発のトップ企業である五百部商事と共同でバーティポート、空モビのMRO設備などを建設する準備を進めています。
北九州空港を空モビ運用のハブとし、その足回りに周辺の漁港をスポークとして配置することでエアラインをハイウェイとする空モビネットワークの構築を目的としています。
周辺の漁港からの鮮魚集荷には、両社からの出資を受けて本プロジェクトの幹事役を務めるADJが開発した世界初のガスタービン駆動ハイブリッドエンジンを使った大型ドローンの使用が予定されています。このプロジェクトでは、水揚げした鮮魚を空港内に集め、空飛ぶクルマや乗り入れているエアラインによって海外および東京、関西などの大消費市場の大型ショッピングセンターや大型アウトレットに輸送する構想です。なお、アドバイザーとして日本UAS産業振興協議会(JUIDA)が参加しています。
鮮度保証と海外市場展開の可能性
同プロジェクトでは市場を一切経由しないため、目利きに代わって鮮度を保証するものが必要です。そこで、日本農林規格に準ずる世界初の試験法が用いられます。農水省の規格JAS0023(HPLC)である魚類の鮮度(K値)試験方法(高速液体クロマトグラフ法)を導入し、これによって鮮度を数値化することが可能になります。従来の鮮度の測定は、専門家しか操作できない非常に高価な分析機器が必要でしたが、誰でも使用できる試験紙による簡便で迅速な技術が産業技術総合研究所で2024年に発明され、この技術を導入することを計画しています。JASの鮮度規格は海外市場開拓も視野に入れて制定されたと言われており、海外販売も前提とするこのプロジェクトには非常に理にかなった技術であると考えられています。
▼農林水産省 - 魚類の鮮度(K値)試験方法 - 高速液体クロマトグラフ法
さらに、北九州空港関係者らは次世代の移動通信手段であるHAPS(携帯基地局を搭載して高度約20kmの上空を太陽電池で長時間飛行するドローン)の飛行基地としての利用も検討しています。
空モビの未来――地方創生と産業革命へ
北九州空港の空モビプロジェクトのConOpsを多くの地方空港に拡大することができれば、“地産地消”という小規模市場で生き伸びてきた多くの島々や地方漁業が、大消費市場と直結されることになり、活性化される期待が大きいと思われます。日本は全国に98か所の空港があり、その多くが赤字経営に悩まされていると言われ、民営化などによって活性化を進めています。空港の抱える課題に対しても一助になると思われます。国が取り組んでいる地方創生にも水産業の活性化と空港活性化を通じ貢献することになるでしょう。
【千田泰弘のエアモビリティ新市場のすべて】
Vol.1 新たなモビリティ「空飛ぶクルマ」の定義と将来像
Vol.2 耐空証明の仕組みから紐解く、ドローンと空飛ぶクルマの違い
Vol.3 Japan Drone 2022から見るエアモビリティの駆動源開発と世界の機体
Vol.4 新産業誕生なるか、エアモビリティのサプライチェーン
Vol.5 エアモビリティ開発に勝機を見出せるか
Vol.6 世界のエアモビリティ開発企業から考察する数年後の動向
Vol.7 CONOPSから見る、空飛ぶクルマの社会実装に向けた各国の現状と課題
Vol.8 米国のデータから紐解くエアタクシー市場、日本での社会実装条件を考察
Vol.9 空飛ぶクルマの開発状況と耐空証明事情
Vol.10 日本と韓国、航空安全で連携強化
千田 泰弘
一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事
1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。