人口減少の時代、人の作業を効率的に代替えするロボティクスが注目されており、ドローンもその一翼を担っています。VFR株式会社は、パソコンの製造技術のノウハウをドローンの量産技術に生かし、さまざまな関連ソリューションを提供しています。
当連載では、VFR 代表取締役社長 湯浅 浩一郎氏が業界の著名人と対談を行い、ドローン産業で直面している課題や展望について議論を交わします。
今回は、ドローンビジネスのコンサルティングやソフトウェア開発者の育成、ドローンによる農業サービス、関連の著述などを手掛けるドローン・ジャパン株式会社 取締役会長の春原 久徳氏とともに、産業用ドローンにおける海外の状況や、ドローンを取り扱う国内企業に求められる事柄をテーマに対談しました。
労働人口減少に伴い、ドローンの産業への活用に注目が集まる
湯浅 さまざまなビジネスにドローンが実装され始めています。私はパソコン業界に長く携わって参りましたが、春原さんはパソコンの普及と比較してドローン市場の現状をどう見ていますか?
春原 中国のDJIは2010年くらいから活動をしていて、2014年には空撮機の「Phantom2」という機体を発売しました。フランスのParrotも同時期にドローンをリリースしていましたが、その頃は専門的なデバイス好きの人が使っている印象がありました。当時のドローンの利活用と言えば、観光や新婚旅行などのイベント行事を記念した空撮サービスが主でした。
そして、2015年に転機が訪れます。ホワイトハウスや首相官邸にドローンが落下する事件が発生し、それに対する処置として航空法が改正されました。それにより、ドローンの飛行に対する規制が強化され、ホビー用途からビジネス用途での市場が拡大します。パソコンは、ビジネス用途よりも一般人が家庭で楽しむ時代が続いていましたので、少し状況が異なりますね。
ドローンの場合は、2015年に安倍首相が「3年以内に、ドローンを使った荷物配送を可能にする」と宣言し、制度整備が進められました。また、国土交通省では、人口減少とインフラ構造物の老朽化に伴う点検・メンテナンスにドローンの活用を進めてきました。どちらにも共通して背景にあるのは若い日本人が不足していることです。国は物流や橋梁点検、農薬散布など、いわゆる3K(きつい、汚い、危険)の仕事をドローンで代替していくことに投資しており、それが産業利用につながりました。
湯浅 地方自治体の方から伺ったのですが市町村の土木課に配属された若い人も、山に入るような仕事がきつくてすぐに辞めてしまうそうです。人材がいてもやり方を変えなければ仕事を継続できないということですね。
中国メーカーの攻勢の反動から、アメリカでは独自のエコシステム作りがなされる
湯浅 春原さんはジャーナリストとして、ドローンの市場動向を調査されていますが、海外の状況はどうでしょうか。
春原 ご存じの通り、中国ではDJIが全市場の70~80%のシェアを持っていますので、ドローン開発に対する強い意欲が見受けられます。もともとは空撮を主とした一般消費者向け製品に注力していたのですが、2017年に農薬散布機の「AGRAS MG-1」をリリースしました。それまで、農薬散布ではヤマハ発動機の無人ヘリが普及していましたが、価格は1000万円以上と高額でした。そこで、DJIは200〜300万円ほどの価格でドローンを普及させる戦略をとったのです。
DJIは販売数を増やす戦略をとり、私は2016年にその戦略についてインタビューしました。すると、販売数増加につながるターゲットは警察や消防であるパブリックセーフティの分野だと言っていたのです。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏もWindowsパソコンを普及させるのに「すべての机と家庭にコンピュータを届ける」という目標を掲げていましたが、DJIの戦略はそれと同様に、警察官や消防士の1人1人に1機のドローンを普及させるという戦略であり、携帯しやすい小型のドローンを開発したのです。この戦略が上手く運び、アメリカでは6~7割の警察官・消防士がDJIの製品を扱うようになりました。
湯浅 アメリカのドローンメーカーの動きはどうでしょう。
春原 アメリカにはDJIの対抗馬となる3D Roboticsがありました。しかし、2015年のクリスマス商戦で新しい機体を開発したものの、DJIとの競争に敗れて在庫の山を築いてしまいました。その後3D Roboticsは、DJIの機体を使った産業向けソフトウェアを提供するソリューションメーカーへと方針を変えています。
3D RoboticsのCEOであるクリス・アンダーソン氏は、ドローンを使ってデータを集めることが重要だと着目したこともあり、同社のソリューションは主に工事進捗に活用されています。日々の工事作業終了後にドローンを飛ばして、AIで解析するわけです。本社で工事を管理する人たちはそのデータを見て、建設機械やコンクリートの手配などを適正化できるので、工事費用のコスト削減にもつながります。アメリカの一部のドローン企業が機体を開発するというよりは、ドローンが取得するデータ活用にシフトしたわけです。
湯浅 パブリックセーフティの分野で言えば、アメリカや日本は中国製品に対してセキュリティを懸念する傾向が見受けられます。近年は国産ドローンを求める動きになっているのではないでしょうか。
春原 そうですね。警察官・消防士それぞれにDJI製品1機という戦略がうまくいきすぎてしまったせいで、アメリカでは規制されてしまったのかもしれません。
湯浅 パソコンの業界でも同様な動きがありましたね。中国メーカーがアメリカのブランドを買収し、アメリカ製品を中国メーカーが販売するケースでも、セキュリティに対するリスクが指摘されました。
春原 それの対応策としてアメリカが優れていた点が、産業のレールを敷いたことです。日本では、リスクが高い製品を使わないようにと規制を整備し、代替品を用意しないことが多々あります。それもあり、日本のドローン産業は他国から遅れてしまっているように感じています。
アメリカ国防総省は、連邦政府向けに信頼性の高い小型無人機の航空システムを構築するための「Blue sUAS」というプロジェクトを掲げました。このプロジェクトで要求仕様を作成し、「PX4」というオープンソース型のソフトウェアの開発に資金を投入したのです。これには、アメリカを拠点とするドローン企業5社が開発に携わり、新たなドローンの産業を構築しました。このようなアメリカの戦略には驚かされます。
湯浅 日本では、国産ドローンとして株式会社ACSLが「SOTEN(蒼天)」を開発しました。先日、ACSLの創業者である野波健蔵氏と対談した際に、「SOTENはSDKやAPIが整っていないので、ソフトウェア開発者が使えるようにSDKを開発していきましょう」と意気投合しました。
春原 アメリカではAuterion(オーテリオン)という企業が、PX4をベースに外部連携のサービスを可能にしたエンタープライズソリューションを提供しています。機体の管理システムはAuterionが担い、ドローンで取得したデータ解析や管理などに関して、そういったサービスを担う企業との連携がAPIを介して行えます。Red Hatは、オープンソース型のパソコン用OSであるLinuxをエンタープライズ向けに提供しましたが、Auterionはそれのドローン版です。
湯浅 私もこのような形が本来あるべき姿だと思います。日本はものづくりに熱心で、ソフトウェアとの連携を考える人は少ない傾向にあると思います。
春原 製造を担う企業は、外部連携を考えていませんので、単独製品になりがちです。
湯浅 アメリカでは、ネットワークにつながるアーキテクチャを作って連携を図るなど、全体像を発想する力があります。そのため、IoTやクラウド、ハードウェアなどのすべてを管理する考え方が進んでいます。たとえば、自動車の継続検査を実施するのは非常に面倒な作業だと思いますが、電気自動車メーカーのテスラのように、遠隔で個々の自動車の状況が管理できれば効率的になります。
投資家の方とドローンについて意見を交わすと、機体の話に終始してしまうことが多々あります。社会実装を前提に考えれば、機体がどうかではなく、データの取得や解析、さらには業務をどのように効率化するかなど、運用方法が重要です。そのためには、ドローンというハードウェアをもっと多様化させていくべきであり、さまざまな部品やソフトウェアを選択できるアーキテクチャが必要だと思います。
日本のエコシステムづくりを目指す「ドローンオープンプラットフォーム」
春原 アメリカのプラットフォーム戦略を参考に、私は2022年6月に「ドローンオープンプラットフォーム」というプロジェクトを立ち上げました。これは、国内におけるドローン関連の製品・サービスの社会実装を加速するため、各ドローン関連企業の技術連携を可能とするプラットフォームの形成を目指すものです。
立ち上げて間もないので、参加する多くの企業がドローンをどのようにビジネスに結びつけるか明確化できていません。また、日本企業はオープンな連携に慣れていないように思えます。各企業で高品質な部品を製作できますが、部品同士を電子的に連携させると高品質な部品をさらに活かせるということを理解していません。今後は、すべてのデバイスをブロックチェーン化させていくことが重要であり、その視点で考えれば、ドローンやロボティクスと多様なシステムが連携していくことがわかります。これまでのように部品の品質を問うのではなく、主要システムから各部品を管理するといったインテリジェント化を進めるべきです。
そのために大切なのは、連携の仕方です。私はシンプルに、ドローンのコミュニケーションが可能なプロトコルである「MAVLink」に対応させてくださいと伝えています。さまざまな用途でドローンを活用する場合、機体の安定的な制御管理や用途に応じたサポート機能など、複数の管理を1社で担うのは困難です。ただし、水平分業型のビジネスモデルを築けば、そのエコシステムのなかで各社が得意分野を生かして協力すれば良いのです。
湯浅 弊社はドローンの量産設計・製造技術を持っていますが、それだけでは弱いと思っています。これから世界に通じるドローンのエコシステムのなかで、どのようなポジションを取れるかが重要です。私たちはドローンが産業用途にシフトしたタイミングで、高品質な工業製品として、航空機や自動車の製造技術を使ったドローンを製造する戦略をとりました。
春原 これからは品質が問われますが、その加減が難しいと思います。ドローンは落下してはいけないので、不測の事態に備えて安全性をインテリジェント化しなければなりません。部品の劣化や故障を前提に考える必要があるでしょう。
湯浅 飛行機や自動車の部品は10年保証といった厳しい水準が適用されています。一方、ドローンはパソコン同様に3年保証をつけられるかどうかです。私がパソコンメーカーに勤めていた頃にタブレットが登場しましたが、分解修理がとても面倒で困った記憶があります。一般的にタブレットは1年保証で販売することがほとんどでしたが、徐々にビジネスで用いられる場面が増えてきたため、その考えを変える必要がありました。
ドローンも同じ状況で、パソコンのように3年のサイクルで新しい製品に買い替えていく考え方を取り入れつつ、安全性を保ちながら新機種を出していくことが課題になると思います。
春原 私はドローンの開発段階が過ぎ、実運用の段階に入っているように思います。そこで、ドローンをビジネスに活用したい開発者たちは、実用的な仕組みを求めます。DJIはそれに応える仕組みをいろいろと取り揃えていますが、日本は業界全体で築いていかなければなりません。
湯浅 多様なニーズに応える形でドローンを社会実装していくには、企業同士が協力して開発するプラットフォームが必要ですね。私はアメリカで採用しているバケツを使ったドローンの標準性能評価方法であるNIST/ASTMドローン試験(STM)の導入を長岡技術科学大学の木村先生とすすめております。アメリカでは技術開発・製品開発は民間に任せて、国は要求仕様や評価基準の標準化に予算を投じているのです。
また、航空機の製造開発では、設計時にメーカーがサプライヤーに要求仕様を出します。このような文化がドローン業界にはありません。要求性能や安全基準を定めて、メーカーやサプライヤーが自由競争で参加できるフェアでオープンなエコシステムが必要だと思っています。