アンカー捜索にマルチビームソナーは必須

 アンカーとは、生簀を海の底に固定しているコンクリートの塊(方塊)。生簀とアンカーを繋ぐロープが切れたとき、外部委託の潜水士に依頼して潜ってもらって探している。安高水産が運営する生簀は120台。無尽蔵に張り巡らされたロープはとても危険だ。ロープが切れて捜索が必要になるアンカーは年間で平均して20ほどだというが、潜水業務の委託費用が発見の可否に関わらず1回につき数万円、年間で費用は7桁にのぼるという。同時に、自社の従業員も2名は捜索に同行しなければならず、船上ではただ待つのみ。DiveUnit 300にマルチビームソナー(Blueprint Subsea社 Oculus M750d)を搭載して、濁った暗い水中でも物体を2D化して見られることで、アンカー捜索にかかる非効率な時間を大幅に短縮できるというわけだ。

マルチビームソナーを搭載したDiveUnit 300

 これは、何よりも潜水士の負担軽減になる。水中ドローンはロープを縛れるわけではないので、いずれにしても潜水士が潜って作業をする必要があるが、予め場所を特定した上で “空振り” することなく、縛るためだけに潜ればいいので、作業完了まで30分もかからないという。「これだけで機材購入費を全て回収できるわけではないが、メリットは大きい。マルチビームソナーは必須アイテムだ」と安岡氏はいう。

 この動画は、安岡社長が自ら編集したものを特別に提供いただいた。海中に漂うロープもマルチビームソナーでは見ることができるのがよく分かる映像だ。

「水深17mで切れたロープの先っちょが漂っていても、人間の目で探し当てることはほぼ不可能。水中ドローンは長時間潜れるとはいえ、カメラ映像だけでは捉えきれないので、とにかくゴソゴソと探し回るしかない。しかし、マルチビームソナーがあれば離れたところからでも目標物や、生簀の網や形状など手がかりになるものを捉えることができ、目標に向かって迷いなく近づいていくことが可能になる。近づけばカメラ映像にも、切れたロープのついたアンカーが見えてくる。カメラとソナーを両方使って、アンカーの捜索をしている」(安岡氏)

潜水士の安全を見守る番人として

 また、アンカーに新しいロープを縛り付ける水中作業では、水中ドローンは潜水士の安全を見守る番人としても活躍しているという。アンカーの設置場所は水深60〜65mの海底だ。潜水病のリスクが高い水域に潜って作業しなければならないうえ、海底に持っていくロープには浮力があるため、海底へ降りていくだけでも体力を奪われる。

 ところが、ロープの縛りつけを完了したとき、ロープをぐ、ぐ、と2回引っ張って合図を送るのだが、必要があってロープを引っ張っているのか、作業が完了した合図なのか、船上からでは分からないケースがあるという。このとき誤ってロープを引っ張ると、潜水士が急激に水面の方へと引き戻されるという、非常に危険な状況が起こり得る。そうなると潜水士は、何か掴まれるものがあれば捕まって耐えるか、危ないのでロープを手から離すしかない。再度、水面に上がって、作業はイチからやり直しだ。

 安岡氏は、「水中ドローンが潜水士と一緒に海底に潜って、ロープを縛っている作業の様子を、水中ドローンのカメラ映像で見守ることで、安全に作業していただける」と話す。潜水士に近寄りすぎず距離をとる、潜水士からの合図を見逃すことがないよう操縦者は画面から目を離さないことは大切だという。

USBLによる位置測位で、漁場設備の現状を可視化

 今後、安高水産はDiveUnit 300へのUSBL音響測位装置の追加搭載も検討中だ。目的は、アンカーの定期点検である。建設業者などとも付き合いのあるFullDepthの営業担当や技術者と直接話すことで、例えばダム点検における水中ドローン活用など、異業種での取り組み例を聞いてヒントを得たという。

 USBL音響測位装置とは、船上のGPSと水中の音波を利用して、水中での機体の自己位置を測定する機器。現状の仕様では、水中の見える化はできても、座標を特定できないが、USBLを活用すれば座標を特定して位置情報の記録まで可能になる。

「いまあるアンカーの位置は、分からない部分が多い。ロープをカメラ映像で辿っていき、USBLでその位置を記録したい。というのも、近年の自然災害に、改めて備える必要がある。3年前の西日本豪雨のときには、本来であれば岸壁から5〜6m離れたところで浮いているはずの筏が岸壁まで押し付けられて、魚を揚げるためのコンベアが折れるという被害があった。アンカーの打ち直しや補強を定期的に行うためにも、現状の位置を“見える化”する必要がある。また、これだけ自然環境が変わってきているなか、将来的には最適な漁場の張り方などの見直しも含めて、データドリブンで最適な漁場の設備を検証して行きたい」(安岡氏)

USBL音響測位装置(SesTrac)の画面

今後の課題

 養殖の現場における水中ドローン活用は多様な広がりを見せているが、一般化して普及するにはまだまだハードルが高いようだ。ダイニチの寺坂氏は、「最近になって水産業でも機械化や自動化が徐々に進みつつあるが、家族経営などの小規模事業者には手が出ないのが実情。導入支援制度なども含めて、スマート化を促進する策が必要だ」と話す。

 安高水産の安岡氏も同様の意見だ。「機体とさまざまな機器を合わせた購入費用を払える、またそれだけの機材を生かせるだけの漁場を持つ事業者は多くはない。共同購入というのも、お互いがライバルという事業者も少なくないので、なかなか進まないだろう。そうなるとレンタルやリース、課金制など新たな利用方法が求められるのではないだろうか」と指摘する。

 今回の取材では、「使い続けることで見えてくることがある」と試行錯誤を続ける両社の姿勢がとても印象的だった。今後も、メーカー各社が養殖の現場の困りごとに伴走し、養殖業における水中ドローン活用のキラーコンテンツが生まれることに期待したい。

藤川理絵の水中ドローン最前線

vol.1「水中ドローン」とは
-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-

vol.2 海洋ビジネスと水中ドローン
-海洋研究開発機構(JAMSTEC)吉田弘氏が語る「水中ドローンの課題と展望」-

vol.3 福島ロボットテストフィールドの活用
-一般社団法人日本水中ドローン協会、多様な機体で研修実施-

vol.4 水中ドローンニュースまとめ(2021年1月~3月)
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vol.5 「陸側」での水中点検事例
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vol.6 東京久栄の事例
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-水中ドローン安全潜航操縦士講習とは? 座学・実技から使用機体まで解説-

vol.8 海の次世代モビリティ
-国交省「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」とりまとめを発表-

水中ドローンビジネス調査報告書2021
執筆者:藤川理絵、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:172P
発行日:2020/12/23
https://research.impress.co.jp/rov2021