いま、モンゴルでリープフロッグ現象が起きていることをご存知だろうか。リープフロッグとは、社会インフラが未整備な新興国において、先進国で見られる技術革新のプロセスを飛び越え、新たなテクノロジーやデジタルサービスなどが一気に普及する現象のこと。米国発のユニコーン企業Ziplineのルワンダにおける血液輸送はドローン分野の代表例として有名だ。
モンゴルでの火付け役は、日本のドローンスタートアップ、エアロネクストだ。同社は2023、2024年度と連続でJICA「中小企業・SDGsビジネス支援事業」に採択され、モンゴルを代表する大手企業Newcom Groupとパートナーシップを組み、ドローンによる血液輸送事業を推進している。2023年11月には、日本の「レベル4」に該当する首都・ウランバートル市街地上空でのドローン血液輸送の実証に成功し、本誌でも詳しく報じた。
Newcom Groupは、もともと航空、電力、エネルギー、通信など、社会インフラとなる産業の構築に、外資系企業との協業を通じて取り組んできた大企業で、社会的意義の大きな事業への意欲が非常に高い。ちなみに、CEOのバータルムンフ氏は航空機パイロットとして働いていたこともあり、「空の新産業創出」に熱い想いを抱く人物だ。
2024年6月にはNewcom Groupが、モンゴルの航空法施行規則102を適用し、モンゴル初のドローンの商用運航ライセンスを取得した。2024年8月から9月には、45日間で合計50回の商用飛行を無事故で実施し、178名への輸血に貢献。そのうち88名は緊急を要する状態で、9月には深刻な交通渋滞下でのドローン血液輸送により、2名の救命に成功した。エアロネクストと同社子会社のNEXT DELIVERYは、Newcom Groupのドローン運航チーム(Mongolian Smart Drone Delivery、以下MSDD)に機体やさまざまな技術的サポートを提供し、 “二人三脚”で本事業を進めている。
そんななか2024年10月、Newcom GroupのCTOでMSDDの責任者であるOtgonpurev Mendsaikhan氏が、モンゴル民航庁の3名と一緒に来日していた。足かけ2年足らずで、あっという間に「レベル4」を実現した、モンゴルのキーマンから日本はどう見えているのか。Mendsaikhan氏に率直な意見を聞いた。
「日本はもっと進んでいると思っていた」
──最初に、自己紹介をお願いします。
私はNewcom GroupのCTOで、Newcom Groupの子会社である、Mongolian Smart Drone Delivery(MSDD)のCEOを務めております。
──来日の目的と行き先を教えてください。
私はモンゴルのドローン企業の代表として、ドローンに関する規制を担う行政機関の代表としてモンゴル民航庁の3名と一緒に、日本のドローン事業の規制、直面している課題や、良い取り組みを調査・視察するために来日しました。実際ドローンの配送を行っている現場、機体開発の現場、保険会社、投資ファンド、最後に国土交通省や航空局も訪問させていただきました。
──どんな収穫がありましたか?
「ドローン産業も他の産業と同様に、日本は他国よりもだいぶ進んでいる」と考えていましたが、実際に訪れてみるとイメージが変わりました。もちろんモンゴルと比べると日本は経験豊富ですが、全体的に見ると「モンゴルはそれほど日本に遅れを取っていないのではないか」と実感できたのです。それが一番大きな収穫です。
また、日本のドローンの規制については、エアロネクストの皆様からたくさん話は聞いていたものの、十分に把握できていなかったことが分かりました。今回の省庁訪問で、具体的にどんな制度やルールがあるのか、実際の担当者から説明いただいき、とても参考になりました。
──日本の規制についてはどう思いましたか?
ちょっと厳しいという印象を受けました。安全を第一に考えて慎重に行動するのは日本人の良いところですが、そのことが原因でドローン産業の発展が妨げられている可能性は否定できないのではないでしょうか。
ただ、それがだめとは思いません。日本はモンゴルと違って人口が非常に多く、これだけ多くの人の安全を守るという観点では、厳しすぎる規制が不可欠だった可能性がありますし、「産業の発展を妨げる可能性」と「人々の命の安全第一」の両方を熟慮しながら、考案されたのだろうとも感じました。
──日本を真似たいと思ったところはありましたか?
ドローン運航については、日本チームの経験を惜しみなく共有いただいているので、それらはすべてモンゴルチームでも活用していきたいと考えています。安全第一を優先するという姿勢も、引き続き日本チームを見習っていきたいです。また、日本は規制自体は厳しいものの、申請の電子化など手続きは簡便で驚きました。民航庁のスタッフとも、モンゴルでも同様にしたいと話しています。逆にリモートIDは、今の時点ではモンゴルには不要かもしれないです。
交通渋滞を飛び越えた「2名の救命成功を誇りに思う」
──今年度の事業の進捗や手応えについてお聞かせください。
6月にMSDDが、モンゴルで初となるドローンの商用飛行ライセンスを取得し、8月1日から9月末までの45日間で50回、輸血センターから3か所の病院へ、血液を輸送する商用飛行を行い、5種類の血液を合計約38L運びました。
もともと本事業の狙いは、「ウランバートル市内のひどい交通渋滞が、血液輸送にも大きく支障をきたしている」という社会課題の解決にあります。8月は学校も休暇で送迎車が少なく、またウランバートルの人たちはみんな草原に遊びに出かけて市内の渋滞が解消されるので、救急車とドローンとで輸送にかかる時間に大差はありませんでしたが、9月になって深刻な渋滞が戻ってきてからは、もうはるかにドローンの方が早かったです。
実際に、希少な血液を必要とする危篤状態の2名に対して、ドローンによる血液輸送のおかげで適切に輸血でき、救命できたという成功事例も生まれ、モンゴル国内でも高く評価されました。本事業を心から誇りに思います。
──モンゴルにおける商用飛行ライセンス取得の条件とは。
モンゴルの航空法施行規則102に記載されている条件を全て満たすことが求められます。例えば、リスク評価や安全対策を行い、飛行中のトラブル対応についても詳細に決めたうえで、それに即した運航管理ガイドラインを作成し、民航庁へ提出することです。また、保険会社と交渉しNewcom Groupと共同でドローン保険を新たに開発して、自ら加入しました。もちろん事前にテストフライトも実施しています。3ルートともライセンスの期限は2025年6月までの1年間で、その間は申請した内容に従って任意のタイミングで飛行可能です。
民航庁からは、実際にドローンを運航するのがNewcom Groupで、そのサポートがエアロネクストだったことが、最終的に許可できた要因だと聞いています。Newcom Groupは、モンゴル国内のさまざまなインフラ事業を展開する企業です。エアロネクストは、日本の厳しいルールを完全に守り、2,000回以上の飛行実績を持っています。Newcom Groupへのもともとの信頼があって、そこに日本の技術と日本の安全管理に対する意識が組み合わされるという2点が、大きく評価されたものと考えています。
──3つの輸送ルートとは。
国立輸血センターから3か所の病院への3ルートになります。JICAとエアロネクストからは「まずは1ルートで」との話でしたが、国立輸血センターは「年内に5か所の病院へ5ルートで」と要望していました。私たちはその間をとっていろいろと調整して、3つの病院を選びました。選定条件は3つあって、できるだけドローンを飛ばしやすく、病院の経営者が我々の事業に理解がある、ドローン血液輸送のニーズがあることです。
──モンゴルの運航チーム体制は。
ドローンの遠隔運航管理ができるリモートパイロット1名と、プロポ操縦可のパイロット2名の3名体制です。リモートパイロット1名はエアロネクストの協力で、今年2月から2か月間、小菅村で実際のドローン配送サービスでのOJTも含めた研修を受けました。最初はこの3名体制で、遠隔運航管理者1名、離陸地点の監視員1名、着陸地点の監視員1名という計画でしたが、実際に病院から突然要請が来たときにまず監視員をそこに配置するとなると、その人が血液を持ってくればいいじゃないかという話になってしまい、現実的ではないことが分かりました。ですので、現在はリモートパイロット1名体制で遠隔運航しています。リモートパイロットが看護師から血液を受け取って、ドローンに搭載して飛行させています。あとの2名は操縦はできますが、リモートのスキルはないので、3名交代制までは行えていません。
──飛行中に事故やトラブルはありましたか?
これまで事故に至ったケースはありませんが、トラブルは2つあります。1つは、着陸時にGPSの誤差のため、そのまま機体を降ろすと物にぶつかりそうだったので、再び高度を上げて位置を調整したというものです。もう1つも着陸時で、ドローンが降りようとする場所に人が立ち入ってしまい、ドローンになかなか気づいてもらえなかったため、その人が立ち退くまで上空で待機することになったというものです。
リープフロッグを加速する「モンゴル大手企業×日本スタートアップ」
──これまでのエアロネクストとの協業についてはどう思っていますか?
私はこの事業を大変誇りに思っています。だからこそ、エアロネクストの皆様とずっと協力してきましたが、スムーズに連携できなかった時もありますし、手と手をつないで進んでいけた時もありました。今後もまた、うまくいく時もあれば、そうでない時もあると思いますけれども、とにかく前進しているという事実があるので、いまの取り組みを継続していくのみだと思っています。
──エアロネクストのよかった点を教えてください。
エアロネクストには、大企業とは違う良さがありました。仕事に対して情熱がある人たちばかりだったので、気持ちよく仕事ができています。また、エアロネクストにとっても、モンゴルと協力して事業を展開し、それを通じて日本ではできない経験を積んでいくことは、またそれを日本に持ち帰って活躍できるというメリットがあると思います。エアロネクストにとっては経済的利益が全く見込めないにもかかわらず、モンゴルのような国に入ってきて、我々と協力して事業を展開していけているのは、そういう着眼によるものだと思います。モンゴルのような市場が小さい国は、大企業からはなかなか相手にしてもらえないという現状もあるので、それとは違った視点で私たちを見てくれているという点で、エアロネクストと協力できてとてもよかったです。
──今後の展開について教えてください。
JICAの本事業が終了したあとも事業を継続するためには資金調達が必要です。Newcom Groupとしては、完全に「社会的責任を果たす」という立場でこの事業を推進しているので、経済的利益は追求していないのですが、事業の資金は調達する必要があります。事業の目標としては、今年は1日最大で4フライトできたので、来年は1日最大で10フライトを目指したいです。また、モンゴル側からの要請に応えられるよう、来年以降には40か所の病院にドローンで血液を輸送できるよう、事業を展開していきたいと思っています。