エアロネクストは、2023年11月にモンゴルの首都であるウランバートル市で、ドローンによる血液輸送の実証実験を実施し、同月13日に報道公開を行った。使用機体は、エアロネクストとACSLが共同開発した物流専用ドローン「AirTruck」。最大可搬重量(ペイロード)5kg、最大飛行距離20kmだという。
本実証は、人口が密集するウランバートル市街地上空の高度約120mを、往復9.5km飛行して医療品を輸送するというアグレッシブな挑戦で、市内の深刻な交通渋滞による血液輸送の課題解決を目指し、エアロネクストが採択されたJICA2022年度「中小企業・SDGsビジネス支援事業」のニーズ確認調査の一環として実施した。
実際の医療機関である「モンゴル国立輸血センター」と、「モンゴル国立医科大学付属モンゴル日本病院」の協力を得て、両地点を結ぶルートを開通したという点は、「社会実装前提」の取り組みであることを象徴する。実は、本飛行プロジェクトは、モンゴル国立輸血センター長のERDENEBAYAR Namijil(エルデネバヤル ナムジル)氏からの強い要望を受けて、始動したものだ。
ナムジル氏の「実際の業務で使えるかどうかを検証しないと、ただ飛ばすだけでは意味がない」という言葉を受け、エアロネクストは日本に持ち帰って本格的に検討を始め、モンゴル国内のさまざまな関係各所との調整や協働を経て、実現に至ったという。
さらに前段には、モンゴル国内におけるドローン利活用ニーズの調査や、モンゴルサイドでドローンプロジェクトをリードできるNewcom Groupなどのステークホルダーを見出して協働関係を構築してきた、地道かつ草の根的な取り組みがあった。
本飛行は、そのような背景のもとで、モンゴル国民間航空庁(Mongolian Civil Aviation Authority、以下MCAA)の許可を得て、エアロネクスト子会社のNEXT DELIVERY運航チームが実施した。正式な許可を得たドローンによる輸配送は、モンゴル国内でも初の事例だという。
外国企業であるエアロネクストが、なぜこの飛行を実現できたのか、その理由は後述するとして、「いまある技術」で市街地上空の飛行が実現可能であることを証明した、日モ両国のプロジェクトメンバー一同をまずは讃えたい。
ウランバートルで「市街地上空飛行」成功
最初に、本飛行の概要を紹介する。11月13日午前11時頃に、モンゴル国立輸血センター(以下、輸血センター)の駐車場から、モンゴル国立医科大学付属モンゴル日本病院(以下、日モ病院)の屋上へ、「AirTruck」が市街地上空を高度約120mで自動飛行し、医療品を輸送した。
運んだものは血液パックと医療液2種の計3種11パック、総重量は約2.3kg。「常温管理」のものと、「零下温度管理」のものがあったため、ドローン配送専用箱を2温度帯の2層に分けて梱包した。温度管理の異なるものを同梱することは本来は基本的にNGだが、品質管理や梱包に関して輸血センターの指示を仰ぎしっかりと対応した。看護師が受け取って確認したところ、温度管理も問題なく届いたという。
なお、本実証では、極寒地域でのドローン輸配送の医療品の品質管理に適した箱や梱包方法などを、今後開発していくことを見据え、エアロネクストと「新スマート物流SkyHub」を共同で推進するセイノーホールディングスが、医薬品ラストワンマイルに精通する従業員をNEXT DELIVERY運航チームに終始同行させて、現地で張り付きで対応した。
飛行距離は往復9.5kmで、約25分のフライトとなった。物流専用ドローン「AirTruck」は、お届け先に到着すると着陸して自動で荷物を切り離し、置き配して帰還できるという特長を持つ機体だが、本飛行ではバッテリーの消費が想定以上に早かったため、輸送先の病院でバッテリーを交換して万全を期した。
輸送先である日モ病院の様子は、離陸側の輸血センターでもライブ中継され、無事に輸送が完了すると大きな拍手が起きていた。
本飛行は、事前にGCS上で飛行ルートを設定して、モバイル通信(4G LTE)を利用し、遠隔で飛行開始のミッションを送信するという、遠隔操作の自動飛行で行われた。このため、バッテリー交換後の帰還飛行も、離陸側にいる運航管理者が飛行開始の指令を送信して開始された。
モバイル通信は、モンゴル国内最大手のMobicom Corporation LLCが協力した。Mobicomは、もともとNewcom Groupがファウンダーとなって立ち上げた通信会社だ。現在はKDDIも出資している。Mobicomの周波数帯は、「AirTruck」に搭載されているKDDIスマートドローンが開発した通信モジュール「Corewing」との相性がよかったという。運航チームが、土地測量データを参照し、基地局アンテナの向きやビルの高度なども現地で下見したうえで、通信環境に配慮したルート設計を行い、「途中で通信が途絶することはなかった」(青木氏)という。
これまでにない飛行条件
本飛行は、日本での従来の実証実験では経験したことのない、過酷な条件下で行われた。
まずは「外気温」だ。ウランバートルは、「世界で最も寒い首都」と言われるほどで、当日の外気温はマイナス15°だった。離陸の約2時間前に訪ねると、機体が冷えないように、離陸地点近くの建物内に退避し、バッテリーや内部機器をできるだけ保温していた。
ちなみに、本飛行を最初に熱望した輸血センター長のナムジル氏は、2年前に自分たちで機体を自作してドローン輸送を試行したものの、機体の細かい調整などの難易度の高さに断念した経験があるそうで、当時の機体や工具もたくさん置かれていた。
次に、「標高1,300m」だ。標高が高くなると気圧が下がる。ウランバートル市内は、従来実施してきた日本各地のどの実証よりも、空気が薄くなることが想定された。プロペラの回転数やバッテリー消費への影響が懸念されたため、技術チームが日本で検証して対策を施しておくなど、できる限りの事前準備を行った上で、エアロネクスト技術責任者の内藤氏も同行して現地で対応した。
そして、市街地という「第三者上空飛行」だ。日本ではレベル4(有人地帯における補助者なし目視外飛行)に該当するため、第一種機体認証と一等無人航空機操縦技能を取得したうえで運航ルールを遵守することが求められるが、モンゴル国内では無人航空機を対象とする法整備がほとんどされていない。
このため本飛行は、日本側ではエアロネクスト、モンゴル側ではNewcom Groupがプロジェクトをリードして、安全運航管理体制を構築し、また日本円で補償額億単位の対人対物保険にも加入したうえで、MCAAやウランバートル市と密に情報交換を行って個別に飛行許可を取得するという形で行われた。
モンゴル国内では、土地測量地図データが開示されていなかったが、JICAやNewcom Groupが協力して土地測量地図庁にかけ合い、特別に該当エリアにおける数値標高モデル(DEM; Digital Elevation Model)の提供を受けたという。
フィールド提供地域としてのモンゴル側の主体的な協力と、日本側のこれまでの飛行実績にもとづいたオペレーションがうまく噛み合うことで、「これまでにない飛行」を成功できたといえる。