本飛行成功の理由を探る

 外国企業であるエアロネクストが、なぜこの飛行を実現できたのか。改めて整理してみると、大きくは3つの理由が見えてきた。

交通渋滞による医療分野における深刻な社会課題

 1つめにして最大の理由は、切実なペインを抱えるウランバートルの交通事情だ。人口がここ25年で急激に増加し、一気に169万人まで膨れ上がったウランバートルでは、市街地のまわりにゲル地区と呼ばれる住宅地がいまも広がり続けており、毎日大勢がここから車やバスで市街地に出勤している。

 人口爆発したウランバートル市内は交通インフラ整備が追いついておらず、平日は慢性的な交通渋滞に悩まされているのだ。ちなみにゲル地区には、住所未整備のエリアもあるため、物流インフラ構築もこれからだ。大気汚染も深刻で、環境への配慮も重要な鍵になる。

ゲル地区の丘からウランバートル市街地を見下ろした様子

 平日、通勤ラッシュアワーの渋滞にはまると、車で20分のところが3時間かかることも日常茶飯事だという。運航チームが現地入りした水曜日の夜は、空港からホテルまで通常1時間のところ、4時間かかったそうだ。ちなみに筆者は土曜日だったので、1時間で到着した。

月曜日午後4時半頃のウランバートル市内の様子。この1時間後にはラッシュアワーに突入した

 このため医療分野においても、切実な社会課題を抱えている。輸血センターから日モ病院をはじめとする各医療機関には、血液などの医療品を毎日輸送するのだが、そもそも道路本数が少なく迂回できないなか、事故渋滞も少なくないため、輸送完了の正確な時間を確約できない。医療現場だけにクリティカルな課題だ。

 また、運搬車両には看護師が同乗する必要があるため、看護師の労働環境を悪化させる要因にもなっている。さらに、緊急性のある医薬品輸送には救急車を使用することから、救急車の稼働効率が下がり、救急患者搬送にも支障をきたしているという。

飛行前の発表会で挨拶する輸血センター長のナムジル氏

 本飛行を最初に熱望したのは輸血センター長のナムジル氏であると前述したが、本飛行の現地報道や視聴者からのリアクション、また本飛行を手伝った通訳メンバーらの話を総合すると、「空路を開拓することで、医療分野の課題を解決したい」という願いは、ウランバートル市民全体のものだったように感じた。

(資料提供:エアロネクスト)

これまでの飛行実績と「新スマート物流」という座組み

 このように、もともとドローンによる医療品輸配送へのニーズが高いところへ、JICA経由でエアロネクストの提案が持ち込まれたということで、最初から「社会実装前提」での議論に発展した。しかし、社会実装の経験がないスタートアップの提案では、モンゴル側も受け入れ難かったのではないだろうか。

 エアロネクストは、セイノーホールディングスと共同で「新スマート物流SkyHub」を推進し、ドローンの社会実装を日本各地で進めている。レベル3(無人地帯における補助者なし目視外飛行)を含む飛行実績は、実証と実装を含めて全国38か所、合計飛行回数は1,500回以上(2023年11月17日現在)にのぼるという。

 さらに、NEXT DELIVERY運航責任者の青木氏は、日本初の「レベル4飛行」運航メンバーの1人であり、同社運航チームメンバーも全員、一等無人航空機操縦士の資格を取得し、日々青木氏の指導のもと、実務のなかで運航スキルを磨き続けていると聞く。

 レベル3の無人地帯とはいえ、日本におけるドローン物流の社会実装を推進してきたエアロネクストだからこそ、モンゴル側の「社会実装前提」というニーズに、覚悟を持って寄り添うことができたのだと感じた。

 実際、「万が一のときは現地での逮捕も覚悟していた」と、飛行直後に明かした青木氏に、翌日になってから改めて当日までの心境を尋ねると、このように話してくれた。

「市街地上空飛行にあたって、守るべきものは何かを最初に考えた。やはり人命が最優先だ。有事の際の行動や緊急連絡網体制を現場でしっかりと構築した。また、グランドリスクを最小限に抑えるルート設計も考え尽くした。あとは、保険に加入できたことも安心材料につながったと思う」(青木氏)

飛行成功後、田路氏(右)は青木氏(左)に駆け寄った

 また、本実証の座組みに、日モ両国の大手企業が連なっていることも見逃せない。2023年9月28日にウランバートル市内で、エアロネクスト、Newcom Group、セイノーホールディングス、KDDIスマートドローンは、「新スマート物流シンポジウム」を開催し、「モンゴル新スマート物流推進ワーキンググループ」を発足して、本飛行の年内実施を宣言していた。

 新スマート物流とは、セイノーホールディングスがかねてより掲げてきた「オープンパブリックプラットフォーム(O.P.P.)」の思想を受け継ぎ、ラストワンマイルの共同配送や、陸送と空送の組み合わせと配送の最適化、貨客混載、自動化などを、業界横断で推進することで新たな物流網を共創する、という取り組みだ。

 本飛行の前日には、セイノーホールディングス執行役員で、NEXT DELIVERY取締役の河合秀治氏が、弾丸で現地を視察したという。新スマート物流は、日本の人口減少やEC増加などによる物流クライシスへの解決策というイメージが強かったのだが、これから物流網を整備していくフェーズのモンゴルにおいても、配送効率と環境に配慮した新スマート物流は最適解になると感じた。河合氏は、本飛行成功の報告を受けて、「当社は、ARUU(アルー)として展開する医薬品配送の知見を活かした領域で参画しており、今回無事に輸送が行われた事に大きな成果を感じている」とコメントした。

 また、本飛行に同席したKDDIスマートドローン代表取締役の博野雅文氏は、本飛行後に行われた輸血センター敷地内での実証も確認したうえで、「本ワーキンググループの活動に、改めて主体的に参画し、みなさんと共にドローンによる医療定期配送網構築を目指していきたい」と意欲を示した。

現地で実証を見守るKDDIスマートドローン代表取締役の博野雅文氏
輸血センター敷地内での飛行実証の様子

地元有力パートナーらの「インフラ事業」への積極性

 3つめにNewcom Groupと連携できたことも非常に大きい。Newcom Groupは、これまでも航空、電力、エネルギー、通信など、社会インフラとなる産業の構築を、外資系企業との協業を通じて取り組んできた、モンゴル国を代表する大手企業だ。ドローン活用も含めた新たな物流網をインフラとして整備していくという、大きな社会的意義を持つ事業に対して意欲が非常に高い。

本飛行成功後、今後の展開について話し合うNewcom Groupのバータルムンフ氏(左)と、エアロネクストの田路氏(右)

 本実証は、Newcom Groupが率先して、MCAAをはじめ、土地測量地図庁、気象環境調査庁、ウランバートル市などとの調整に動いたことで、実質2か月という短期間で、飛行許可取得、飛行実施、そして成功を実現できた。

 なお本飛行では、片道4.5kmの飛行ルート地上に10名の補助員をアサインして、常時機体を目視確認できる体制を整えたが、補助員は全てNewcom Group系列の警備会社の従業員が担当したという。

 Newcom GroupのB.Baatarmunkh(B.バータルムンフ)氏は、航空機パイロットとして日本で働いた経歴を持つ。日本企業の技術力や仕事への姿勢に信頼を示す一方で、日本の規制の厳しさや非効率につながる弊害などにも言及するバランス感覚、そして流暢な日本語が印象的だった。

飛行発表会で握手するNewcom Groupのバータルムンフ氏と、輸血センター長のナムジル氏

 なお、ドローン利活用という観点からは少し逸れるかもしれないが、バータルムンフ氏をはじめ、本飛行を手伝ったモンゴルの若手事業家やビジネスパーソンらが、「この国をもっとよくしたい」という共通の想いでつながり、主体的に手伝っていたことも成功の要因として大きいだろう。

 例えば、もともとはJICAから「通訳」としてアサインされた事業家のRAVJAA Soderdene(ラブジャー ソドエルデネ)氏は、運航責任者の青木氏と補助員10名との専属通訳の重要性に気づき、適任者を自らアサインするなど、プロジェクトマネジメントの視点で主体的に関わり本飛行を助けたという。その背景にある想いを尋ねると、このように話してくれた。

「私は、コワーキングスペースをウランバートル市でおそらく初めて開設したが、この国をもっとよくしたいという想いからだった。ドローンのプロジェクトも、最初は通訳として依頼されたが、モンゴルをよりよくしていくことが伝わり、絶対に飛行を成功させたいと思ったので、自分の知り合いにも幅広く声をかけた」(ラブジャー氏)

エアロネクストの川ノ上和文氏(左)と、RAVJAA Soderdene(ラブジャー ソドエルデネ)氏(右)。ラブジャー氏が経営するコワーキングスペースにて撮影

 青木氏と補助員らとの飛行中通訳として活躍したAmartur Dolgion(アマルトゥル ドリギオン)氏には、「航空機整備士の経歴があって空が好きだから、興味を持つかもしれない」と、最初は気軽に「見に来ないか」と声をかけたという。ドリギオン氏は、ラブジャー氏とは日本で知り合った「この国をよくしたい」という想いでつながる旧知の仲だ。

 快く通訳を引き受けたうえ、航空事業の経験者らしい機転の利いた対応に、運航管理側はかなり助けられたという。「運航管理者が求める必要最小限の情報を、先回りしてモンゴル語で補助員に確認して、日本語に訳して伝えてくれたので、現況確認が本当にスムーズだった」(青木氏)。

「SkyHub」スタッフの一員として通訳に徹した
Amartur Dolgion(アマルトゥル ドリギオン)氏

ドローン社会実装の第一歩、その先に目指すもの

 今回、極寒、標高、人口密集地での完全自動飛行が、「いまある技術」でも可能であると証明されたことは、日本にとっても快挙といえる。

 これから、真冬にはマイナス40°にもなるという外気温や、標高1,300mという気圧など、過酷な環境下でカスタマイズを進めることで、日本のドローン事業者にとっても有益な情報を多く得られるだろう。一方で、無人航空機を対象とする法規制の整備、土地測量地図データとの連携のほか、持続可能な事業のための現地での開発体制や人材育成など、取り組むべきことは多方面に渡る。

 今後、どのような座組みで、何から進んでいくのか、現段階では未公表だが、「この国をよくしたい」という現地の想いと、それに共鳴する形での日本側の協働が、引き続き原動力になるだろう。

 そして、前述のワーキンググループには国際協力機構(JICA)、Newcom Group、モンゴル国立輸血センター、Mobicom Corporation LLC、モンゴル国立医科大学付属モンゴル日本病院、Tok Tok LLC、エアロネクスト、ACSL、KDDIスマートドローン、セイノーホールディングスの10者が参画している。すでに、医療品ドローン輸配送においては、本飛行で開設したルートのほかにも、空路活用による効率化を図るべくさまざまなルートを検討中だ。

(資料提供:エアロネクスト)

 また、Tok Tokは現地シェアトップのフードデリバリースタートアップで、クイックデリバリーへの展開に意欲的だという。特に、ウランバートル市内を流れるトール川の南北に位置する住宅地は、フードデリバリーのオンデマンド配送需要が見込めるという。

 また、前述のシンポジウムには韓国系大手コンビニチェーンCUのモンゴル本社CEOであるChinzorig Ganbold(チンゾリグ ガンボルド)氏が来賓として挨拶しており、Tok Tok同様にドローン利活用に前向きなようだ。

ウランバートル市内各所で見かけたCU。24時間営業

 最後に、個人的に非常に興味深く感じたのは、川ノ上氏が話した「リープフロッグを起こせる可能性がある」というコメントだ。

 リープフロッグ現象とは、社会インフラが整備されていない新興国で新しい技術を活用することで社会課題を解決し、デジタルサービスなどが一気に普及する、「カエル跳び」と呼ばれるもので、中国のBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)は、世界的にも代表的な事業者だ。日本企業がこれを主導して現地の社会課題を解決できれば、日本ビジネスサイドのインパクトも非常に大きい。日モ両国の連携が、これからどのように発展していくのか、今後も詳しく取材したい。

「ドローンは、本来もっと失敗が必要な技術。失敗してはいけないという厳しいルールが敷かれている日本では、事業化の見通しが立てられず、新しい産業を創出することは非常に難しいと感じている。規制をこれから整備していくというタイミングのモンゴルと、一緒になって新しい産業を創っていきたい。そのためにも、いち早く飛ぶという現象を日常にしたい」(エアロネクスト田路氏)

「まずは早い段階で商業化に移行していきたい。そのためには、リスクが最も小さいケースをどう作るかが重要になる。将来的には、中央アジアへの進出も視野に入れて取り組んでいく」(バータルムンフ氏)

報道公開の様子。現地メディア20社以上が押しかけ、即日報道されていた
現地メディアの取材を受ける田路氏
飛行後、意見を述べるMCAAのEnkhbayar.D(エンフバヤル.D)氏(写真中央)
飛行発表会にて、左から田路氏、バータルムンフ氏、ナムジル氏、博野氏