持ち帰り弁当の「Hotto Motto」(以下ほっともっと)や、定食レストランの「やよい軒」などを全国に展開するプレナスは、2021年2月より、「日本のおいしいお米を世界に広げ、新しい市場に向けた米づくりに取り組むとともに、日本の農業が抱える課題解決の一助を担うこと」を目標に掲げ、ドローンやIoT機器を活用したスマート農業による米づくりに取り組んでいる。
2021年に埼玉県加須市に「プレナス埼玉加須ファーム」、2022年に山形県三川町に「プレナス庄内三川ファーム」、そして今年2023年には、大分県宇佐市に3カ所目の農場となる「プレナス大分宇佐ファーム」を開設している。同社がスマート農業に取り組み始めた経緯や、収穫した米の提供について話を伺った。
米づくりを開始したアグリビジネス推進室、生産した米はどこで提供されている?
同社は2023年5月末現在、「ほっともっと」「やよい軒」、しゃぶしゃぶと本格飲茶の「MKレストラン」を国内に2,838店舗、海外8カ国・地域に249店舗(各5月末時点)の計3,087店舗展開している。国内の店舗には、自社工場で精米した全国各地の米を納入している。その一方で、海外店舗では、国産米の輸出や、ジャポニカ米の現地調達などを行い、国ごとに異なる対応をしながら品質を維持しているという。
海外の店舗に国産米を輸出すれば、日本の品質をそのまま海外で提供することができる。しかし、それには米の仕入れ値に加え、輸出のコストが負担となってしまうため、同社は2021年2月に「米づくり事業推進室」(現・アグリビジネス推進室)を新設し、埼玉県加須市に農地を2.5ha(当時)借り受け、自前で米づくりに取り組み始めた。
この経緯についてアグリビジネス推進室 室長 佐々木 哲也氏は、「品質、価格ともに競争力のある輸出米を自社で生産し、海外のお客様においしい日本産の米を食べてもらいたいという思いから米づくりをスタートさせました。また、日本の米はブランドとしても評価が高く、弊社のブランド価値向上につながると考えました。さらに、自分たちで米づくりを行うことで日本の農業の課題解決の一助になることや、生産者とのコミュニケーションや交渉にも役立ちます」と説明した。
日本の米を輸出する際、一番の課題となるのがコストの負担だ。同社は、コスト削減の解決策としてドローンやIoT機器などの最先端技術を活用し、省力化や生産性向上を図る「スマート農業」を導入したという。
直播や農薬散布、生育診断までドローンをフル活用
米づくりに従事するのはもちろん同社の社員だ。17haの作付面積を持つ「プレナス埼玉加須ファーム」に4名、5haの「プレナス庄内三川ファーム」に2名、16haの「プレナス大分宇佐ファーム」に3名を配置している。いずれも農業経験はまったく無いというから驚きだ。農業の基礎知識からドローンの扱い方まで1から学び、地元の大規模農家から技術指導を受けるなどして米づくりに取り組んでいるという。
佐々木氏は、「私も含め各部署から人事異動で着任し、初めて農業に携わる素人の集団です。そのため、トラクターの運転のために大型特殊免許を取得したり、ドローンスクールでドローンの操縦を学んだり、専門的な知識を付けながら農作業すべてを自分たちで行っています。作業を教わる中で、この作業をもっと効率的にできないか?という素人目線でアイデア出しをし、コミュニケーションを図っていくことで直播に行きつきました。初心者だからこそ先入観がないので、積極的にスマート農業を導入できています」という。
米づくり1年目からドローンを活用した直播栽培をスタートさせ、ドローンを使った水田測量、生育診断、肥料散布、日々の水管理を遠隔で管理するクラウド型水管理システムや作付計画、作業指示、作業記録など日々のデータを“見える化”する栽培管理サービスを導入するなど、生産性の高い稲作経営を実施している。
1から始まったドローンの活用、その便利さと導入効果
では、同社は具体的にどのようにドローンを活用しているのか?
同社では3カ所の農場にそれぞれドローンを導入している。直播・肥料散布用ドローンとしてFLIGHTSが開発したFLIGHTS-AGを採用し、生育診断用ドローンには別の機種を活用しているという。
※FLIGHTS-AGは2022年11月より株式会社スリー・エスが取り扱い。ブランド名をFLIGHT-AGに変更。
同社がドローン活用の中でもっとも力を入れているのが、種籾を水田にまく「湛水直播栽培(たんすいちょくはさいばい)」だ。これによって、苗の育成や田植えの作業が不要になり、ドローンであれば分散した農地でも効率的に播種できる。その結果、一般的な田植え作業に比べて省力化やコスト削減を図ることができるという。なお、直播栽培には大きく分けて2種類の栽培方法がある。播種前に入水して代かきを行った水田にドローンで種籾をまく「湛水直播栽培」と、水を入れない畑の状態の水田にトラクターで種籾をまき、芽が出てから水を入れる「乾田直播栽培(かんでんちょくはさいばい)」だ。特にドローンで行う前者の湛水直播は、まだ一般的ではなく実験的に数社が行っているもので、今後のスマート農業の一環として注目されている。同社は湛水、乾田と両方の栽培方法を試みたと話し、メリットを感じたのがドローンで種籾をまく湛水直播栽培だという。
作業内容は、FLIGHTS-AGの粒剤散布装置に、種を発芽させた「催芽籾(さいがもみ)」などを入れ、水を入れた水田にばらまいていく。ドローンで一度に広い範囲に種籾をまくことができるため、作業時間を大幅に短縮することが可能だ。佐々木氏は、「通常の田植作業に比べて約1/5の時間で終えることができました」という(習熟すればもっと短縮できるそうだ)。また、人件費の削減、作業者の負担軽減にもつながる。
稲が育ってきたら、スカイマティクスの葉色解析クラウドサービス「いろは」を利用して解析し、生育状況を可視化したデータに変換する。このデータから生育不良個所を読み取り、FLIGHTS-AGを使って重点的に肥料を散布するといった具合だ。
これにより、上空からの視点で水田全体の生育状況を把握できるだけでなく、人の目よりも精度の高い形で生育状況を可視化することが可能になるという。また、生育状況を把握したうえで追肥を行うことで適量の肥料を散布でき、コストの削減も図れる。
ドローンは農場のセンシングのほか、水田の均平作業にも使用しているという。均平とは水田を平らにすることであり、水田に高低差があると生育むらの原因となる。同社では高低差を測るスカイマティクスのサービス「TAICHI」に対応した、別のドローンを借り受け画像を撮影。同サービスを利用し、正確な均平作業を行っている。
佐々木氏はこれに対し、「直播は生育にバラツキが出やすいのでセンシングの作業が必須となってしまうが、ドローンの導入によって作業時間は約2割減、コスト1割減と活用するメリットはとても大きいと感じています。一方、デメリットとしては、飛行時間が短いことや天候による作業の中止、メンテナンスの問題があります。フライトの操縦技術の向上や安全面については、スクールや知見を活用して細心の注意を払っています」という。
当面の課題は、直播栽培において品質・収量を落とさず、労働負荷・コスト削減を実現することだ。「中長期的にコストをどこまで下げられるかのチャレンジ。具体的な数値目標としては生産コストを60kg/9000円を目指しています。これを果たすためにはスマート農業は必須です。今年はトラクターにトプコンの直進アシスト機能を搭載するなど、ドローンだけでなく、さまざまな機器で効率化を図り、今後も積極的にスマート農業を導入していきます」と、さらなる生産量の向上を視野に挑戦を続けていく姿勢を見せた。
農林水産省発表の「令和3年産 米生産費(個別経営)」によると全国の平均は60kg/1万4758円で、農林水産省が目指す超低コスト生産の目標は60kg/9600円なので、同社がより高い目標を目指していることが分かる。
日本の農業の課題を解決し、サステナブルな農業を実現する
現状、同社の自社生産米は全量をオーストラリアに輸出している。今後の目標としては作付面積を拡大し、海外8つの国・地域の「ほっともっと」や「やよい軒」で消費される約1000トンの大半を自社生産米に置き換えたいとしている。そして将来的には、海外にある自社店舗以外の日本食レストランや、現地の一般消費者への小売などへの販売も視野に事業を拡大していく考えだという。
佐々木氏は「農業に参入する目的の1つは、我々が行っているスマート農業へのチャレンジをマニュアル化することです。これが確立されれば、マニュアル通りに作業することで、誰が作業しても同じ品質の米を低コストで生産できることを示し、若い世代の農業参入を促せます。気候や風土の違う3カ所で農場を開設した狙いもその布石です。また、海外店舗を通じて、新しい市場開拓も弊社だからこそできると考えています」と話した。
日本の農業は農業従事者数の減少や高齢化が進んでおり、それに伴う耕作放棄地の増加が深刻になっている。一方で担い手への農地集積が進み、経営規模は拡大傾向にある。そうした現状において、持続的な生産の維持・拡大を図ることは急務となっている。課題解決には、大幅な省力化・生産性向上、栽培技術の「見える化」・若手農家への継承、誰もが取り組みやすく若者にとって魅力のある農業の実現が不可欠である。ロボット・AI・IoT等の先端技術を農業に積極的に取り入れていく必要があり、ドローンの活用をはじめとしたスマート農業の普及は急務の課題といえる。同社の取り組みは、日本の農業の課題解決とサステナブルな農業を実現する一助となりそうだ。