三菱重工がドローンの開発に取り組んでいる。2023年3月に、開発中のシングルローター型ドローンを使った「スマート保安」実証試験を中部電力と共同で実施したことを発表した。これを担当するのは、世界有数の航空機メーカーに部品供給を行う民間機セグメントである。ドローンの機体開発は、ベンチャー企業によるものが主となっているが、大企業である三菱重工が取り組むとなれば、また違った観点での開発が進んでいるかもしれない。今回は同セグメントの担当者に、「スマート保安」実証の内容をはじめ、ドローン事業の現況や今後の展望について伺った。
民間航空機開発の技術をドローンに活かす
同社のドローン事業参入の背景には、これまで進めていた民間航空機開発で培った安全性・品質保証・認証取得のノウハウを応用し、ドローンによるさまざまな課題解決に活かすことにある。
主なメンバーは民間の航空機を開発してきたメンバーだ。「社内でも過去に無人の航空機を開発した経験がある人材を集めました。ドローンと航空機の設計は、似たところと全く異なるところがありますが、将来的に型式・機体認証を得るには、航空機で培った規制や認証のノウハウが重要になると考えています」と語るのは、三菱重工業株式会社 民間機セグメント 事業開拓室 事業開発グループ長の平井 誠 氏。ドローン事業は後発であるものの、ベンチャー系事業者との違いは、品質や規制・認証に関する知見を持つことだという。
インフラの保安における人手不足をドローンなどの新技術に置き換える
中部電力と実施した「スマート保安」実証に利用したのは、ヘリコプターのような全長2メートルほどのシングルローター型のドローンで、同社が独自に開発を行った。「スマート保安」は、現在の保安作業をより安全で効率的なものに置き換えるものであり、国も注力して推進している。これは、屋外設備の監視や点検への利用を視野にいれており、山間部など点検のために現地に赴く作業員が不足していることが背景にある。
今回の実証では、山間部にあるダム・発電所周辺の狭い道路やアクセス困難箇所などを、自動車および徒歩で現地確認を行う作業員の安全確保や担い手不足などの課題を解決するとともに、無人のドローンにカメラとスピーカーを搭載することにより、作業効率化・コストダウンが可能かを検証した。今回は数百メートルの飛行であったが、搭載カメラによる現地状況と人物確認ならびにスピーカー機能の音達確認を実施し、保安業務におけるドローンの有効性が確認できた。
「道路からは樹木などで河川を見通せないことがあります。道路自体が川に沿っていない場合もありますので、ドローンによる上空からの確認は有効性が高いと考えています。今回は、実際にスピーカーの音が届いているかも確認できましたし、アプリケーションをどう機体に組み込んだら良いのかが実際に分かったのはとても良かったです」(平井氏)
実際の運用では夜間の使用も考えられるため、今後、赤外線カメラなどを搭載した場合の有効性も確認していく。さらに、巡視範囲や件数が増えたときのために、とらえた映像をAIで検知するような仕組みの開発も検討しているという。
長時間稼働や悪条件での安定性、安全性などの品質で差別化
シングルローター型ドローンのターゲットは中部電力のようなインフラ企業のほか、官公庁、自治体などで、広範囲にわたる巡視や点検に役立てたいとしている。そのため動力源としてバッテリーのほかエンジンを搭載できるものとし、想定する航続時間はバッテリーなら30分〜40分、エンジンなら2時間、最高時速は90kmほどとしている。操作はルート生成システムによる自動航行を主軸としている。
なお、シングルローター型ドローンの一番の強みは、突風や向かい風、雨天など悪条件での飛行に強いという点だ。市場にはバッテリータイプのマルチコプターが多く展開されているため、より長時間の飛行に加え、安定した飛行に耐えられる機体を作り、差別化するのが狙いだ。
この概念設計に着手したのは2021年度後半からで、初飛行は2022年の5月だった。設計にあたっては当初から型式認証(無人航空機の強度、構造、性能について、設計・製造過程が安全基準などに適合するか検査し認証する国の制度)の取得を意識して開発された。たとえば、通信が途絶えたときの対策や障害物にぶつからないような対策などが想定されており、部品も市販品でなく認証に適した品質を保つために独自のものを開発している。
他社が参入していない新たなドローンの分野を開拓し、社会課題解決に挑む
ホビー用途ではなく社会や産業での実用を目指した同社のドローン。現在、スマート保安向けの機体だけでなく、物資輸送に役立つ大型機体も開発しているという。
これは6カ所に計12枚のブレードを搭載したマルチコプターで最大積載量200kgとなる、これまでにない大型のドローンだ。モーターとエンジンを組み合わせたハイブリッドタイプの場合、航続時間は約2時間となっている。全長6メートルあるものの、アーム部分を取り外せば3トントラックに載せることも可能だ。
この機体の設計が始まったのは2022年の4月で初飛行は2022年の9月末。現在、官公庁と、物資輸送に関する実証の話が進んでいるという。この機体は、ドローンでなく無操縦者航空機として開発されており、航空機と同じ区分になる。ドローンであればレベル4飛行の運用を目指すため、「型式認証」を取得するところだが、無操縦者航空機は有人航空機が取得する「型式証明」の取得が必要となる。ドローンの型式認証に比べ、民間旅客機等が取得する型式証明は、アメリカ連邦航空局(FAA)や欧州航空安全機関・欧州航空安全庁(EASA)の世界的な基準に準拠する必要があり、ハードルが高く、多くのノウハウも必要とされる。
同事業部の間畠 真嗣 氏は「このようなタイプの機体は新しいため、現時点では証明取得に高いハードルが待ち構えていると思いますが、今後も同じような機体が登場すると予測されていますので、世界的な基準の動向を見つつ、社会実装の機会を探っていきます。都市部での利用は証明取得のハードルが高いため、まずは人の少ない山間部や海上から運用を始め、実績を重ねながら発展できればと考えています」と語った。
巡航時間や安定性、品質にこだわり、新たな市場のニーズに応えるドローンを開発する三菱重工。インフラ点検・保守の負担軽減や災害や事故での物資補給など、社会課題の解決が期待できる。