2023年3月24日、日本で初めてとなる“第三者上空(有人地帯)での補助者なし目視外飛行(レベル4)”による荷物配送試行が東京都奥多摩町で行われた。日本郵便が主体となって実施されたこの取り組みでは、ACSLの「PF2-CAT3」が使用された。

 この日本初となるレベル4飛行に向けて、やはり日本初となる無人航空機の型式認証、機体認証を取得したACSL。2022年12月5日に航空法上のドローンに関する新しいルールの施行に合わせて、ACSLが第一種型式認証の申請を実施。2023年3月13日に型式認証を、そして3月15日に機体認証を取得している。いずれも日本初のこととなった認証取得のための取り組みは、ACSL全社を挙げての一大プロジェクトとなった。そんな取り組みについて、ACSLの代表取締役である鷲谷聡之氏と、研究開発ユニットの中村哲氏に聞いた。

3月24日に東京都奥多摩町で実施された、日本初となるレベル4飛行による日本郵便の荷物配送試行。ACSLのPF2-CAT3が奥多摩町市街地の上空を飛行した。

今回のレベル4があったからこそ、2023年以降のレベル4が始まる

株式会社ACSL 代表取締役CEO 鷲谷聡之氏

「政府が“2022年度中のレベル4飛行の実現”を掲げていただけに、目標通り年度内に実施できたことの意義は大きく、そして、取り組んだかいがあった」という鷲谷氏。しかし、その一方で、今回の偉業が“日本初のレベル4の成功”や“日本初の第一種型式認証・機体認証取得”といったことに、多くの人の耳目が集まったことに対して、「単にそういうものじゃなく、今後日本において増えていくであろうレベル4飛行のための知見を官民で得られたことは意義深い」(鷲谷氏)という。

 また今回の配送試行で日本郵便カラーのPF2-CAT3が運べたペイロードは最大で約1kg。「“たった1kg?”という声もあるが、何事も第一歩に意義がある」という鷲谷氏。ACSLでは2018年11月に、やはり日本郵便の配送試行で日本初となる“無人地帯での補助者なし目視外飛行(レベル3)”を成功させている。「あのレベル3があったからこそ、今ではレベル3による飛行が当たり前となったように、今回のレベル4があったからこそ、2023年度中に各社がレベル4による物流をはじめとしたプロジェクトに取り組み始めるだろう」という鷲谷氏だ。

存在しない基準の情報を海外から集めていった初期段階

 2018年11月にレベル3による物流プロジェクトを成功させたACSLでは、“次はレベル4”と目標を掲げてはいたものの、当時はまだレベル4飛行を実現するための具体的なルールが示されておらず、同社がレベル4の飛行に必要な機体の開発に取り組み始めたのは2020年晩秋からだという。

 同社では2020年頃から日本の航空機関連企業出身の人材を受け入れており、長年、航空機産業で働き、ACSL入社前には航空機の耐空証明を手がけていた中村氏が入社したのも同年11月のこと。中村氏はACSLでレベル4を実現するためのプロジェクトマネージャーとして、入社してすぐに機体認証制度に関係する情報のリサーチを始めた。

「当初はドローンの機体認証に関する基準といったものが存在しなかった。だからといって何もしないわけにはいかない。日本ではまだ基準が存在しない一方で、諸外国のルールの中には意外と情報がある。そこで、米連邦航空局(FAA)や欧州航空安全機関(EASA)の基準、さらにはASTM International(ASTM)のD&R(Durability and Reliability:耐久性および信頼性)を参考にして、こういうものをドローンとして作っていけばレベル4に足りると考えて、機体の仕様を練っていた」(中村氏)。また、中村氏が日本の航空会社出身ということもあり、日本の航空法に示されている航空機の型式証明のプロセスも参考にしたという。

株式会社ACSL 研究開発ユニットの中村哲氏。

フォルトトレランスとリダンダンシーという縦横の安全対策

 機体の開発は2020年12月頃から始まった。この段階で型式・機体認証の取得の第一段階ともいえるConOps(Concept of Operations:設計概念書)の検討を重ね、機体のコンセプトを固めていく。その中で、機体はまったくの新設計ではなく、ACSLの産業用ドローン「PF2」をベースに、レベル4の実現に必要な変更を加えることとされた。

「型式認証を取る上では、それまでに培ってきた実績や安全性が大事なポイントとなる。特に日本で初めてのことをやるには、十分な実績のある機体であることは重要」(中村氏)だった。その点、PF2はさまざまな実証実験などで使われており、また、2018年以降、数多くのレベル3飛行プロジェクトの実績もあるといえる。

3月13日に日本初の第一種型式認証を取得したACSLのPF2-CAT3。3月24日に実施された日本郵便の荷物配送試行では、3月15日に機体認証を取得した同型機が使用された。

 また、カテゴリーⅢの飛行を行う機体として欠かせないのが、フォルトトレランス(Fault Tolerance:耐障害性)とリダンダンシー(Redundancy:冗長性)の2つを中村氏は挙げる。フォルトトレランスは、何かが故障した時にそれを検知して、ちゃんと安全に降りられるフェールセーフの核になる機能であり、リダンダンシーは何かが壊れたときにでももうひとつの機能でカバーするというものだ。

 PF2-CAT3のリダンダンシーを象徴するものとして、左右のローターの上部に角のように立つGPSアンテナが挙げられる。ハードウェアとしてどちらかが故障した場合に、もうひとつのアンテナを使って機能を維持するほか、片方の受信感度が低下しても、もう一方に切り替えて感度を維持することができる。このほか、IMUや磁気センサーなど、飛行に関してクリティカルなセンサー類も冗長化されているという。

左右のローターの直上に装備されたGPSアンテナ。アンテナを搭載するために、モーターや航空灯がPF2とは上下逆のレイアウトとなっている。

 一方、フォルトトレランスを代表する機能は、機体頂部に取り付けられたパラシュートだ。日本化薬が2022年2月に販売を開始した、産業用ドローン向け緊急パラシュートシステム「PARASAFE」を搭載している。パラシュートが開傘した場合には、自動的にローターの回転が止まり、パラシュートに影響を及ぼさないようにすると同時に、軟着陸時に周囲の人や物件に危害を及ぼさないようにしている。

 また、パラシュートを搭載することには2つの狙いがあると中村氏。ひとつは最終的なフェールセーフの手段として。そしてもうひとつは「パラシュートを搭載するといった危害軽減対策を行うことで、型式認証で求められる実証飛行試験の時間が375時間から150時間(人口密度が1キロ四方あたり390人以下の場合)と短くなるため、認証にかかる時間を短縮できる」(中村氏)としている。

 さらに中村氏によるとこうしたフォルトトレランスとリダンダンシーは、安全対策の“縦軸と横軸”だという。ドローンが常に状態の異常や機能の故障を検知して、もうひとつの機能を働かせて飛行を続けることができるというのがリダンダンシーという横軸。
 これに対して縦軸は、ドローンの状態を検知して次々と対処していくフォルトトレランスがそれにあたる。具体的には操縦者との通信が一定時間遮断したり、一部の機器が壊れるといった事態では、緊急着陸地点や離着陸地点に自動着陸する。さらにローターがひとつ完全に停止するといった場合に、対角のローターを停止させて、クワッドコプターの状態で軟着陸を試みる。そしていよいよ飛行が維持できなくなって墜落が免れないという場合には、パラシュートが開いて墜落時の被害を小さくするという、幾重にも安全対策が用意されている。

機体頂部に装備された日本化薬製のパラシュートシステム「PARASAFE」。機体内部にIMUなどを含む専用のコンピューターを搭載している。

航空機の型式証明の観点とドローンの技術的な限界とのすり合わせ

 さらに型式認証を取得するためには、こうした機体そのものの安全性に加えて、機体の均一性がもうひとつ大事な要素となる。均一性とは、製造過程と品質を担保する仕組み、そして品質を維持するための組織の体制を証明しなければならない。書類段階で製造計画書をはじめとした製造に関するさまざまな書類を提出するだけでなく、D&Rの試験を受ける機体の製造工程の審査がある。そのためACSLでは新たにPF2-CAT3を生産するための専用の区画を社内に設置。その中には製造計画で定められた工具や、正しく校正された検査機器が備えられている。

「ACSLではこれまでの製品でも、自社で定めた品質基準にのっとって生産を行ってきた。それを型式認証の取得にあたって、航空宇宙産業における品質マネジメント規格であるJIS Q9100の項目に適合させた。これまでのドローンを生産するというより、航空機寄りに厳しくしたものだといえる」(中村氏)という。

 型式認証の審査は、愛知県の県営名古屋空港そばにある、国土交通省航空局安全部航空機安全課の航空機技術審査センター(AECC)が行うことになっている。AECCは国産・輸入を問わず航空機の型式証明検査業務などを行っている組織である。

「普段、航空機に関して精通している審査側のAECCにとっても、ドローンの型式認証に関しては初めての取り組みだった。そのため、AECC側と開発中のドローンが無人航空機として必要な認証基準に対してどのように適合するのか、航空機の型式証明の観点も踏まえつつ事前調整の場で協議させて頂いた」と中村氏。例えば、航空機は墜落しないように二重、三重、四重と対策をするが、ドローンは軽く小型のためそこまでの安全の網をかけることができない。また、ドローンは電波を使って遠隔操作をすることもあり、電波のような外部的な環境に対する限界もある。そのため、事前調整の段階でこうしたドローンの技術的な限界といった、まずはドローンと航空機の違いを擦り合わせるところから話し合いを始めたという。中村氏によると「AECCの方々は、諸外国の動向も含め事前にものすごく勉強されていて技術的な課題もすぐに理解していた」そうだ。

4か月足らずで申請から認証取得という「イレギュラーな時間軸」の作業

 今回、ACSLがPF2-CAT3の型式認証を取得するうえで、最も高いハードルはなんといっても“時間”だ。型式認証・機体認証の制度が正式に始まったのは、航空法上のドローンに関する新しいルールが施行された2022年12月5日。その一方で、官民協議会がロードマップの中で掲げたレベル4飛行の実現は2022年度中、つまり2023年3月31日と、制度開始から飛行実現までわずか4か月弱しかなかった。

 この間に航空局の安全基準に対する検査を定めたサーキュラー8-001で示された、さまざまな試験が行われている。実施試験では大きく分けて、3つのテーマについて検査を実施。ひとつは今回のPF2-CAT3の場合、150時間の耐久性と信頼性を証明する飛行試験。2つめが故障した際にどのように安全を担保できるかという、故障を模擬した試験。さらに3つめはジオフェンスをはじめとした、安全に飛ぶ機能を確認すること、となっていて、それぞれに10項目程度の試験があるという。

「今回の型式認証・機体認証で一番大変だった時期は、やはり2022年11月から翌年3月にかけて。この間に手続きの申請をして、試験を実施し、その試験が終わった後にレポートを書き上げるという作業を繰り返す日々だった。特に、試験は予期せぬトラブルや天候で予定通り進まないなどで、当初は1か月余りで終わる予定だったものが、実際には二倍くらいかかった」(鷲谷氏)。さらに、「トラブルがあると、その事案が論理的に、技術的に大丈夫だと示してからでないと、残りのテストに進めない。そんなことを繰り返しているうちに、社内では“もう間に合わないのではないか”と大きなストレスをためていた」(鷲谷氏)という。

 ACSLが型式認証を取得したのが3月13日とプレスリリースされていて、その上でさらに、飛行試験を含む現状検査を受けて機体認証を取得したのが3月15日と、当初予定していた3月23日(天候で順延されて24日に実施)のレベル4飛行の本番まで、残すところ1週間しかなかった。現地での事前検証といった作業時間を考えると、本当にギリギリのスケジュールだったといえる。

「最後のほうにはもはや謝る練習をしていた。さまざまな試験がうまくいかなくて予定がズルズル遅れていく中で、社内のモチベーション的にも辛くて、“もう無理”と考えるスタッフも増えてくる。そこで私がもう無理だから4月にずらそうか、というと一気にモチベーションが下がる。だからこそ私は“3月中にレベル4飛行を絶対実現できるように頑張ろう”と、プレッシャーをかけ続けなければならない立場。社員にしてみると、この人は何があってもやりきる気だと思われていたと思う」と鷲谷氏は振り返る。

第一種型式認証を取得するためのコストは機体開発費も含めて総額10億円にものぼった

 こうした時間軸でのプレッシャーと共に、認証作業のためにACSLは多くのリソースを割いている。機体開発と認証作業のためのチームに加えて、飛行試験などでは全社員が交代で補助者を務めるなど「12月から3月までは全社体制だった」(中村氏)。第一種型式認証を取得するためのコスト以外にも機体の開発のための開発費、外注費、さらにはこうした試験のために全社を挙げて動員した人的リソースのコストもふまえると、その総額は鷲谷氏によると10億円にものぼるという。そのため、「今回のコストはあくまでも勉強代。2回目以降はやり方がわかり、工夫がわかり、予見性高く取り組める」(鷲谷氏)という。

 今回使用されたPF2-CAT3の価格は公表されていないが、今後第一種型式認証を取得した機体を販売するとしたら「四ケタ万円になるようなことはないのではないか」と鷲谷氏。「10億かかったものを1000機で割ると、1機100万円のオーダーになる。そのくらいのボリュームが出るモデルでないと意味がない」とも付け加える。

日本を代表する航空機メーカーの競合企業として、ACSLがリストアップされた

 「今回の認証活動を通じて、ACSL社内では型式認証を取得するためのノウハウが蓄積され、共有されることとなった。決して型式認証は難しいことではなく、正しく基準に則って製品を開発し、それに伴う書類をきちんと揃えて、正しく試験を行っていけば、そんなに難しいことではない。有人航空機や自動車といった他のモビリティ業界では当たり前のことであり、これからはドローンにとってもこれがスタンダードになっていくのではないか」と中村氏。

 鷲谷氏は「航空産業の企業には競合の動向をまとめて精査する市場調査部がある。ACSLはそれらの調査レポートにも航空機メーカーとして掲載されたようだ」といい、「これまでのドローンは、民間の事業者が勝手に開発して、勝手に安全だと言っているものを販売しているだけだった。今回の型式認証の取得は、初めて国にACSLが航空機メーカーだと認めていただいた儀式だった」と、今回の取り組みを振り返った。