去る11月初旬、ドローンメーカーACSLはインド企業から約1.4億円(8000万ルピー)の大型案件を受注したと発表。この案件に関するドローンはインドの合弁会社ACSL India Private Limited(以下ACSLインディア)で生産し、2023年に納品する。

 ACSLは2020年8月に公表した中期経営方針の中で、ASEAN等のアジア市場へ進出し、海外展開を積極的に推進するとしている。これを踏まえて2021年5月にインドのドローンメーカーであるAeroarc Private Limited(以下エアロアーク)と共同出資の合弁会社ACSLインディアを設立。インドにおけるエアロアークの顧客基盤を活用して、ACSLの産業用ドローンを販売、Aerodyneグループが機体販売後のサービスを提供すると発表していた。

 このように、海外展開の足掛かりとしてインド市場を選んだACSL。今、なぜインド市場なのかを、ACSLの代表取締役社長である鷲谷聡之氏に聞いた。

ACSL代表取締役社長 鷲谷聡之氏

ヨーロッパ市場と同じ規模がひとつの国にあるインド

「インドは難しい市場ではあるが、おもしろい市場」。

 冒頭、こう語る鷲谷氏。日系企業でインド企業と組んで成功した例が少ないと言われるインド市場。その難しさの本質は2つあるといい、そのひとつは、日本人にはなじみの薄いカースト制度であり、もうひとつは急激な市場成長の中で、インド側に信用できるパートナーを選び抜くことだという。

 その一方で鷲谷氏は、インド市場はとても有望だと語る。人口規模では間もなく中国を抜いて世界一になるインド。国土はおおよそヨーロッパと同じ面積があり、「南北の距離は北欧からイタリアの最南端に及ぶほど。そのためマーケットとしても北欧の寒さもあれば、地中海のような暑さもある。オランダのようなまっ平らな草原からスイスの山間地といった、地形の変化にも富んでいる」(鷲谷氏)。

 また、ヨーロッパであれば約40の国があり、それぞれにルールがあるが、インドはその広大なエリアがひとつの国であり、おのずと国家的なルールもひとつだけ。つまり経済規模、地政学、ユースケースにおいてヨーロッパ市場の規模がありながら、国という単位で見ればルールはひとつであり、市場に参入する難易度はヨーロッパに比べると低い。「インドはヨーロッパ市場と同じくらいのポテンシャルがあると見て、ACSLは参入を決定した」(鷲谷氏)という。

インドの展示会の模様

手厚い優遇策を設けて国内の製造業を伸ばすインド政府の狙い

「インドのモディ首相はドローン市場を5倍にすると宣言した」と鷲谷氏。インド政府はドローン業界の売上高を23年度には21年度比の5倍、雇用者数を10倍にするという目標を立てている。ただし、このドローン産業の発展は、あくまでもインドのドローン産業の保護のうえにたってのことだ。というのも、インドにおけるドローンのハードウェアのシェアは、約6割が中国製ドローンで、約3割がインド製、残り1割がアメリカやヨーロッパ製の製品となっている。ただし、このうち約3割を占めるインド製も、もっぱら中国製のパーツを使って組み上げたものがほとんどだという。

 そこでインド政府は2022年2月に、完成品のドローンの輸入を禁止するルールを含む、国内ドローン産業の保護政策「Drone Shakti Scheme」を発表した。インド政府はカシミール地方の国境確定問題を抱えるなど、中国と対立こそしないものの、距離を置く政策を取っている。こうした両国間の関係もあってか、このドローン完成品の輸入禁止は、約6割を占める中国製ドローンの締め出しを狙ったものとされる。

 その一方で、このルールのもとでも部品の輸入は認められており、インドに生産工場を作り、インドの人を雇用して生産されたドローンに対しては、インドで生まれた付加価値の部分に補助をするという「生産連動型優遇策(PLI)」を2021年から導入。「中国企業がインドでドローンを生産すると、インドで組み立てた部分についてはPLIによって事実上タダとなるので、結果としてドローンを安価で市場に出せる」(鷲谷氏)という。

 こうしたインドの市場性を見据え、ACSLでは2021年9月、エアロアークとの合弁会社としてACSLインディアを設立した。エアロアークはマレーシアのドローンサービス事業者Aerodyne Ventures Sdn Bhd(以下エアロダイン)のグループ企業であるAerodyne India(以下エアロダイン・インディア)とインドのArc Venturesが出資する合弁会社だ。「ACSLインディアの出資比率はACSLが49%、エアロアークが51%であり、51%以上はインド国民ないしはインド企業がシェアを持たなければならないメジャーポリシーに合致しており、ACSLインディアはインドのドローンメーカーとして事業ができる」(鷲谷氏)。

コインバトール工場外観

 こうした形でインド政府が2014年から始めた、同国内での生産活動を推進する「Make in India」プログラムは、単に製造事業者の成り立ちだけでなく、インド企業であれば比較的容易に取得することができるドローンの型式認証制度や、インド版「FISS(飛行情報共有システム)」ともいえる「NPNT(No Permission, No Takeoff)」の機能を搭載する必要がある。

 またインドでは、ドローンサービス事業者はドローンの生産ができない。そのため、サービス事業者であるエアロダイン・インディアは、ドローンメーカーとしてエアロアークを設立。ACSLはそのエアロアークとともにインドにドローンメーカーとしてACSLインディアを設立した。なお、合弁の相手であるエアロダイングループとACSLの関係は深く、ACSLはエアロダイングループに出資している。

 ACSLインディアが見据えるおもな顧客はエアロダイン・インディアとその親会社であるエアロダインだ。「エアロダインはすでにマレーシアで中国製のドローンを使って鉄塔点検を大きなスケールで手掛けている。しかし昨今の地政学的な事情もあり、中国製を代替するドローンメーカーが欲しい。そのオルタナティブがACSLインディアとなる」(鷲谷氏)という。その成果が11月にACSLが発表した、インド企業から受注した大型案件である。

インド市場のドローンにはシンプルかつ幅広い環境対応力が必要

 今後、大きく伸びることが見込まれるインドのドローン市場。そのおもな分野は農業とインフラ点検だという鷲谷氏。「ドローンパイロットは農業などの分野で新しい職業として注目されており、政府としても補助金を出すなどの支援をしている」(鷲谷氏)という。

 もうひとつの分野が携帯電話網の鉄塔をはじめとしたインフラ点検だ。特に携帯電話網については、近年、携帯電話が爆発的に普及したインドにとって、ネットワークは生命線ともいえる。インドに限らず発展途上国は国土が広かったり、道路網などのインフラの整備が遅れていることもあり、各戸に通信ケーブルを敷設するよりも、携帯電話サービスの鉄塔を建てた方が速く通信インフラを展開できたという事業がある。

インドでのドローン飛行の様子

 こうしたインドのドローン市場だが、さらに、ドローンに対する要求も日本とは違ってくる。例えば冒頭で鷲谷氏が述べたとおり、インドという国土は地域によって気候が大きく異なる。一般的なエレクトロニクス機器が保証する動作温度は0~40℃程度だが、インドでは-20〜50℃にしてほしいといった要求があるという。また、電池もインドの型式認証を取得するためには現地での調達が求められる。なにより、インド国民が買える価格を実現するためには、製造原価を下げる必要がある。「ACSLインディアはACSLの製品をもとにローカライズして製造する役割を持っている。こうした現地法人の役割として参考にしているのは、自動車メーカーのスズキのモデルだ」(鷲谷氏)という。

 また、「インドではドローンの完全自動化は求めていない」という鷲谷氏。その要因としては、なによりオペレーターの人件費が安いことのほか、気温をはじめとする気象環境の幅広さといった点が挙げられ、高度な飛行制御機能を持ったドローンより、シンプルな機体が求められている傾向があるという。

 今後、ACSLインディアによる製造が本格化すれば、日本に比べて製造原価を下げることができるほか、インドをはじめとした東南アジア市場に向けて生産数が増えることで、量産効果も生まれ、ドローンの価格を下げることも可能だ。「インド政府が推進する“Make in India”プログラムの背景のもとで、ドローンに対するさまざまな優遇措置や、ドローン産業に対する補助をはじめ、今、インドほど追い風の市場はない」と鷲谷氏。今後、インド市場で生産された安価で使いやすいACSL製ドローンが、日本市場に逆輸入されることにも大きな期待が持てる。