2023年3月16日に国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)とACSLは、プロペラに特殊な形状を用いて飛行騒音を低減した「Looprop」を発表した。騒音低減プロペラのLoopropは、JAXAが独自開発したもので、これをACSLが開発した小型ドローン「SOTEN」に装着した「Looprop for SOTEN」を共同開発し、発表会ではその静音効果を披露した。

ドローンの威圧感や恐怖感につながる騒音を低減するプロペラを共同開発

現在販売されているSOTENには、一般的なドローンに採用されるベーシックな形状をしたプロペラを装着している。

 近年、ドローンの普及を目指し、多くの企業が安全性と利便性の向上に注力している。そのような中、国産であることとセキュリティ強化を意識して開発されたのがACSLのSOTENだ。

 ドローンの活用はレベル4飛行が解禁され、機体及び運航が安全であることを前提に住宅地や第三者上空でも運用が可能となった。活用可能な範囲が拡大し、ドローンが身近となる一方で、飛行に伴う騒音は社会受容性などにも通じることから懸念材料のひとつとされ、一般市民にとって快適な活用環境を作るうえでも改善が求められている。

出典:産業技術総合研究所計量標準総合センター
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「無人航空機に求められる安全基準策定のための研究開発」の結果、産業技術総合研究所が得たデータ。

 産業技術総合研究所の「利用拡大するドローンの騒音評価技術の確立に向けた取り組み」における調査結果では最大寸法120cm、機体重量8kgの産業用ドローンを人から10m程度の距離で飛行させた場合、70dB前後の騒音レベルが予想されると報告されている。騒音レベルの目安としては50~60dBが静かな事務所や役所の窓口周辺、60dB~65dB程度が平均的な声量で行う会話、ファミリーレストラン、カフェ、バス車内などが該当し、70dBを超えると聴覚的にはうるさいと判断されやすく、会話をする際は声を大きくしなければやり取りが難しくなるという。

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)特任担当役 博士 嶋 英志氏

 JAXAの嶋氏が「住宅地でドローンを使うには安全性確保と並んで低騒音化が必須になる」とコメントしたように、今後のドローンメーカーは低騒音を目指す必要がある。

株式会社ACSL 取締役CTO クリス・ラービ氏

 また、ACSLのクリス・ラービ氏は「安全性だけではなく、今後は人に優しく静かなドローンが必要になる」と語っており、このような背景からACSLとJAXAはLooprop for SOTENを共同開発するに至ったという。

8の字型のLoopropプロペラの効果と特長

JAXAが開発したLoopropプロペラ。

 Looprop for SOTENは、渦巻き状に湾曲した8の字型のスキュードプロペラで、従来型プロペラに比べて静音性能が向上している。これにより、建物や人の上空を飛行するドローン配送や監視などでも活用しやすいドローンとなった。

 スキュードプロペラのスキューとは、プロペラ翼の後退角のことでプロペラの中心から計った角度のことであり、稼働音を小さくしたい換気扇のファンや潜水艦のスクリューなどには角度が付けられている。

現行モデルの一般的なプロペラ。

 一般的なプロペラは湾曲していない直線・平面状で、回転面が均一な状態のものが多い。そのため、このプロペラは飛行時に発生する空気の圧力を分散できず、一気に圧力変動が起きやすい。さらには、音圧の高い高周波の音波が鼓膜に響きやすく甲高い騒音になる。

Loopropを横から見た様子。

 一方で、Looprop for SOTENは前後の翼をつないだ渦巻き状に湾曲した8の字型プロペラであり、回転面が非均一な状態であるため、騒音の一因であるパルスの発生を抑えることで甲高い騒音を緩和し、静音性が向上している。

 また、航空機用の細長いプロペラは直線状でなければ、高速回転に伴う空気力の影響で変形してしまうことがあるが、Looprop for SOTENはプロペラ同士の先端を湾曲した渦巻き状に8の字型に結合させることで、回転中のプロペラが変形しにくい形状に設計されている。

 プロペラの高速回転時には大きな遠心力によるプロペラ自体の湾曲や変形が生じるが、Looprop for SOTENは遠心力に対してループの張力のみで釣り合うように設計されているのが特長だ。そしてLooprop for SOTENは同時に不等間隔プロペラとしての役割も果たしている。中心からのプロペラ角度を先端に行くに連れて70度や110度のように不等間隔にしているため、各プロペラから発生する騒音の一因である倍音成分が分散しやすくなり、騒音を生じにくい構造となっている。

Looprop for SOTENの静音効果検証

出典:ACSL

 Looprop for SOTENは不快感の要因となる倍音成分も減少させ、自然界の騒音に近い音質に改善しており、静音効果検証では、最大2.3dBAの音圧低下が確認されている。2.3dBAの音圧低下はドローンの飛行音が少し静かになる程度ではあるが、音圧エネルギー41%の減少は、日常生活で騒がしく感じるレストランで快適に過ごせるようになる騒音レベルの変化だ。

現行モデルの一般的なプロペラによる騒音数値。
Looprop for SOTENが上空3mでホバリングした時の数値。

 実際に、現在販売されているSOTENとLooprop for SOTENを交互に飛行させるデモンストレーションも実施された。3m上空からの現行モデルの飛行騒音は70dBから74dB前後だったが、Looprop for SOTENは67dBから71dBであり、騒音レベルが確かに減少していることが確認できた。なお、Loopropは飛行性能への影響はゼロだという。

 Looprop for SOTENは、騒音を抑えることに成功し、住宅地などでの運用において重要な技術となる。騒音低減はプロペラのほかにモーターも対象となり、今後はプロペラ以外の騒音の改善策を実施していく予定だという。

 ACSLとJAXAが共同で開発したこの技術は、すぐさまSOTENやそのほかの機種に採用されるわけではないが、今後のニーズとともに検討していくと発表した。