1月17日、建築研究所、日本建築ドローン協会(JADA)、日本UAS産業振興協議会(JUIDA)、中野区は、ラインガイド式ドローン(2点係留装置)を使ったドローンによる外壁調査を実演公開した。東京都中野区の協力のもと、中野サンプラザの外壁点検調査を想定した実演公開に加え、中野サンプラザに隣接する中野区役所の屋上に緊急着陸を行う公開実験も実施した。

安全を確保したうえで業務効率向上を図るラインガイド式ドローン

 高層建物の点検調査は足場を組み、作業員が登って点検する手法が一般的だ。今回、実演した中野サンプラザを例にあげれば、部分的な壁面点検調査を実施した場合、鳶や足場の運搬作業者など、おおよそ30名の作業員が必要とされる。また、点検調査に要する日数は足場の設置や撤去を含めると、1週間前後かかるという。そこで、ドローンを導入すれば、作業員の削減や点検調査の効率化が可能となる。とくに足場の設置を省けることは作業員と点検調査日数の削減に大きく貢献する。

 このようなことから、国の事業によってドローンによる建物外壁調査への実装の検討が進められている。しかし、業務の大幅な効率化が図れる一方で、実装には安全にドローンを飛行させる技術やルール作りが欠かせない。そこで、日本建築ドローン協会に所属する⻄武建設はラインガイド式ドローンを開発し、日本建築ドローン協会などと安全に外壁点検調査を実施するツールとして提案している。

 ラインガイド式ドローンは、強度の高い釣り糸を使って建物の屋上〜地上間にラインを張り、ドローンに装着したラインガイド治具にラインを通すことで、ドローンの飛行をラインに沿った移動に限定するものだ。屋上には釣り竿を固定するブラケットを設置し、そこから釣り竿を伸ばすことで、建物から迫り出す形でラインを垂らす。地上には離着陸場となる台を置き、これに備え付けられたバネ測りを使い、ラインのテンションを張るといった仕組みだ。

設置型ブラケットに釣り竿を固定したラインガイド式ドローン(左)とラインガイド治具を取り付けたDJI Phantom4 Pro。

 ドローンの飛行をラインに沿った上昇下降にすることで、真っ直ぐな上昇下降や建物とドローンの間隔を常に一定に保つことが可能となる。さらには、墜落しても墜落箇所は離発着所に限定されることから、第三者に対する安全も確保できるという。

 中野サンプラザのように建物が密集した場所では、ビルによる巻き風や突風だけでなく、マルチパスやGPSの受信不良が発生しやすい。そのため、トラブルが起きてもドローンの移動を限定的にすることは非常に有効だといえる。

 また、国土交通省は2021年8月に係留を用いた飛行の許可承認と高層構造物周辺の飛行禁止空域の見直しを発表した。これは30m以下の係留装置を用いた飛行であれば、一部の許可承認を必要としないというもので、150m以上の高層建物であっても、建物から30m以内の範囲は許可承認無しで飛行させることができる。このように、国の方針としても係留を用いた飛行の安全確保が進められている。

【規制緩和】係留を用いた飛行の許可承認と高層構造物周辺の飛行禁止空域を見直しへ

高さ約90mの中野サンプラザを斜めに上昇下降

(提供:一般社団法人 日本建築ドローン協会)

 中野サンプラザは台形のような形となっており、実演は斜めの面の点検調査を想定して行われ、屋上から地上まで斜めにラインを張り、それに沿ってドローンを飛行させた。

(提供:一般社団法人 日本建築ドローン協会)

 今回の発表はラインガイド式ドローンの実演だけでなく、レベル4目視外飛行に向けた都市部でのドローン実装を視野に入れたものだ。そのため、中野区が道路許可証を取得したうえで、第三者が行き交う歩道と車幅約5mの車道に面した場所で行われた。なお、約5mの歩道はパイロンとフェンスを設け、作業区間と歩道を分ける形としている。

ラインガイド式ドローンの実証はDJI Mavic2 が使用された。

 地上にはパイロットのほか、交通誘導員、飛行管理責任者を配置。一方、屋上にはブラッケット保持者と地上に合図を送る2名が配置されている。地上と屋上の準備が整い、地上から合図を送るとドローンは数分で屋上まで飛行し、今回はデータの取得を省略しているものの、あっという間に往復飛行を遂行した。

(提供:一般社団法人 日本建築ドローン協会)
国立研究開発法人 建築研究所 材料研究グループ主任研究員・博士の宮内博之氏

 ラインガイド式ドローンは直線上の1区間を終えるごとに、離発着場を移動させて点検調査を行う。これについて、建築研究所 主任研究員・博士の宮内氏は、「最初の設置作業や移動させるためには時間を要するので改善の余地がある。また、今回のように都市部などの第三者が立ち入る恐れのある場所では、周囲の安全を確保するために人手が必要となり、技術開発や安全対策での改善が必要だ。一方で、手動操縦では実現できなかった安全安心な外壁調査が可能となり、通行人や発注者が安心して作業を見られることは、今後の利用普及につながると考えている。まずは、係留を使ったドローンの利用を普及させ、安全な飛行を前提に社会的認知度や受容性が高まったうえで、係留を使わないドローンの利用普及を進めていきたい」と説明した。

 また、JUIDA常務理事の岩田氏は、「新たな技法によって安全な外壁調査が可能になっても、扱える人材がいなければ実装は実現されない。JUIDAは使い方のガイドライン作成や外壁調査に特化した人材育成に取り組んでいく。JUIDAではプラント点検スペシャリストといった専門分野の⺠間資格を設けており、外壁点検スペシャリストの新設を予定している」という。

ドローンの社会実装を見据えた緊急着陸場所の重要性

(提供:一般社団法人 日本建築ドローン協会)

 外壁調査の実演のほか、都市部におけるドローンの社会実装を目的とした緊急着陸の公開実証が実施された。これは都市部で物流や点検などを担うドローンにトラブルが発生したことを想定したもので、中野区役所の屋上を緊急着陸場所と設定して行われた。

 中野サンプラザから中野区役所の隣棟間隔は25m程度だが、実証のポイントは車幅約5mの中野区道路と歩道の上空を飛行することにある。航空法改正の施行により、第三者上空の飛行解禁が間近に迫っているとはいえ、道路や歩道の上空を飛行した実績はまだ少ない。2021年後半から物流配送における実証実験の実施頻度が増えているが、海上や山間部上空をルートに設定した実証が多い。

中野サンプラザの屋上を離陸したDJI Matrice210。
中野区役所の屋上へ緊急着陸するDJI Matrice210。

 今回の実証では、飛行前に道路を走行するクルマや歩行者を一時的に停止させ、安全が確保されたうえでドローンを飛行。数分でドローンは道路上空を通過し、中野区役所への着陸を成功させた。

 宮内氏は「ドローンを利用するうえで、事前に緊急着陸場所を設定しておくことが安全につながる。とくに都市部では着陸場所の確保が難しいため、自治体と連携していかなければならない」という。

 他方、実際の緊急時にはクルマや歩行者を誘導する時間的余裕がないのに加え、トラブルによって着陸場所まで飛行できない可能性もある。レベル4に向けてドローンを実装していくためには、このようなリスクを排除する必要があり、検討が進められている。

中野区議会議員の加藤たくま氏。

 今回の公開実証において、フィールド提供や関係者の調整を行った中野区議会議員 加藤氏は「さまざまな先進的な技術が開発される一方で、社会実装に至らずに消えていく技術もたくさんある。中野区ではドローンを飛行できる環境を整備していきたいところだが、現状ではドローンを飛ばせる場所がないことが問題だ。自治体として区⺠の声を反映して運営していくうえでは、ドローンを飛行させる意味をしっかり提言しなければならない。外壁点検調査の場合は、作業効率の改善や足場を登る作業者のリスク削減につながることから、しっかりとドローンを使う意義を提言していきたい」と話し、続けて「中野区では国・自治体・事業者等で連携し、都市ドローン研究開発コンソーシアム(案)の設立を予定している。これを通じて特区等の申請を行い、実証実験のための規制緩和に向けた協議や調整を行っていく」とドローンに対して前向きな姿勢を見せた。