近年、インフラや設備の点検にドローンを活用する取り組みが加速している。熟練従事者の高齢化や人口の少子高齢化による人材不足をはじめ、作業従事者の安全性向上、さらにはドローンで取得したデータを予防保全に活用するといったメリットが、プラントをはじめ生産設備を保有・管理する事業者に認知されてきているからだ。とりわけ、電力、石油・化学、鉄鋼といった大規模なプラントや設備を保有している大手企業が、ドローンのハードウェアやソリューションの開発を手掛けるベンチャーと手を組んで、ドローンの技術開発に取り組む例が増えている。

 そんな大手企業のひとつ、ENEOSホールディングスは2021年11月、センシンロボティクスとともに、ドローンショーケースと実証フィールドを兼ねた「ENEOSカワサキラボ」を、神奈川県川崎市にあるENEOS川崎事業所の施設内に開設した。2000年まで石油精製プラントとして稼働していた同施設には、約4万2000平方メートルの敷地に大型のタンクやドラム、配管、ポンプなどが残されており、プラント点検のソリューションを開発する場としては理想的な施設となっている。

 この規模のドローン実証フィールドは、福島ロボットテストフィールドをおいて他に例がなく、ENEOSホールディングスのドローンに対する取り組みの本気度がうかがえる。ここではそんな本フィールド開設の狙いを聞いた。

ENEOSホールディングス未来推進事業部事業推進3グループの徳富大治郎氏(右)とセンシンロボティクスの上野智史執行役員ソリューション部長(左)。

ドローンが街中を飛び交う未来に、必要となるインフラをENEOSが作りたい

 ENEOSホールディングスは2019年に、石油という祖業とは異なる新しい事業開発の部署として、未来事業推進部を立ち上げ、ENEOSイノベーションパートナーズを通じてスタートアップに対して投資を開始。この事業分野のひとつとして、ドローンによる点検や警備、配送といったサービス、災害対応、さらには空飛ぶクルマも含めたエアモビリティを使った拠点としての「エアモビリティステーション」構想を打ち立て、2020年6月にはセンシンロボティクスに対して、同年8月にはSkyDriveに対してそれぞれ資本参画している。

「将来の街づくりというテーマで新規事業を開発する中で、モビリティとしてのドローンや空飛ぶクルマは注目すべき分野。今後、エアモビリティに関する規制緩和が進み、ドローンが自由に街中を飛び交う世界がやってきたときに、そのインフラが必要となるが、今はその議論が行われていない。そこにENEOSホールディングスがアプローチできるのではと考えた」(徳富氏)という。

ENEOSホールディングスのエアモビリティステーション構想。ステーションを中心に、点検や警備、災害対応といったドローンのサービスを提供。固定式や移動式のステーションを街中に設置していく。

 ENEOSホールディングスが考えるエアモビリティステーションは、ドローンが離発着するだけでなく、充電といったエネルギーの供給からメンテナンス、さらには運航管理まで行うというものだ。もちろん、街中のステーションからドローンが離発着するようなことは、制度だけでなく社会受容性の観点からはすぐには実現することは難しく、ドローンのレンタルやサポートといったサービスの拠点という位置づけから始めていくという。こうしたエアモビリティステーションとしての姿は、まさに今、町中にあるENEOSのサービスステーション(ガソリンスタンド)にも似ており、そのノウハウが生かされていくのは間違いない。

エアモビリティステーションではエネルギーの供給やメンテナンス、機体のレンタル、運航管理といった総合的なサービスを提供することが想定されている。

 このエアモビリティステーションの用途として、センシンロボティクスの自動運用型ドローンシステム「SENSYN Drone Hub」を活用し、2023年を目標に点検や警備、災害対応のためのソリューションを開発する場として2021年11月に開設されたのが「ENEOSカワサキラボ」だ。

共創パートナーとの議論の場となるドローンショーケースを併設

ドローンの飛行試験が行われているENEOSカワサキラボの実証フィールド。

 ENEOSカワサキラボは神奈川県川崎市の臨海地帯に位置するENEOS川崎事業所内にある。同所は1931年から三菱石油川崎製油所として稼働し、2000年に操業を停止した石油精製プラントで、約29万平方メートルの敷地内には大型の石油タンクやドラム、それらをつなぐ配管やポンプといった設備が残されている。その中の約4万2000平方メートルのエリアがドローン実証フィールドに充てられている。

直径約20m、高さ約20mの大型タンクが5基設置されているタンクエリア。
ドラムと呼ばれる小型のタンク状の設備や配管が設置されているプラント設備エリア。
タンクなどをつなぐ配管。さらに配管に石油を圧送するためのポンプといった設備もある。

 また、単にドローンの実証の場としてだけでなく、ENEOSホールディングスとセンシンロボティクスが取り組む新しい技術や製品の展示を行うオフィス棟「ドローンショーケース」を設置。このショーケースは、両社の取り組みに賛同したパートナーと新しいドローンソリューションについて議論する場でもあるという。この“共創パートナー”とは、ドローンソリューションを利用する官公庁や自治体のほか、ドローンによる点検・警備対象を保有する事業者を想定。その分野は、電力、化学、鉄鋼、建設、不動産、スマートシティ事業者、重要施設所有者と幅広い。さらに、ドローンソリューションの利用者だけでなくドローン関連の事業者や研究者も対象としている。

ラボ内にある「ドローンショーケース」。同施設のオフィス機能と製品の展示施設としてだけでなく、“共創パートナーとのディスカッションの場”という位置づけとなっている。

 同ラボは11月初旬に開設を発表して以来、多くの自治体、事業者などからの関心を集めており、多くの見学者を受け入れている。その中心はやはり点検分野の事業者ではあるが、官公庁、自治体からの関心も高い。「街の中でドローンの利活用が広がるには、法規制の緩和や自治体のサポートが必要であり、官公庁や自治体の方々の理解を深めていただくためにも、ENEOSカワサキラボの意義がある。また、点検のようなENEOSの事業領域以外にドローンの利活用を広げるという意味では、ドローン事業者や研究者といった方々とも共創していきたい」(徳富氏)という。

他の業種でも生きるENEOSカワサキラボで積み上げたプラント点検の知見

 プラントに対するドローン点検の技術を開発する場合、実際に稼働している設備を利用するとなると、プラントとしての規制やドローンに関する規制の両面で制約が多い。その点、ENEOSカワサキラボは2000年まで稼働していた製油所の設備が残されており、プラントをドローンで点検する技術を開発する場、としては最高の環境だといえる。

「ENEOSカワサキラボは私有地内であり、稼働していないプラント(廃止済みの設備)なので、規制やガイドラインに縛られない取り組みができる。また、タンクや配管といった設備に対するドローン点検の技術は、石油精製に限らず他のプラントでも応用可能だ。ラボ内には倉庫をはじめとした建物もあり、壁面点検といった技術の開発もできる」(徳富氏)という。

実証フィールド内に常設されているSENSYN Drone Hub。
ドローンの飛行のために気象データを集める気象センサーも設置。雨量ますも備えた本格的なものだ。

 同ラボ内にはセンシンロボティクスの「SENSYN Drone Hub」が4基設置されており、このハブを中心にした自動点検ソリューションの開発が行われている。両社はENEOSカワサキラボとして開所する前から、石油精製プラントに対するドローン点検の技術開発に取り組んでおり、2021年2月にはENEOS川崎製油所において、石油タンクと配管に対してドローンを使った自動点検の実証実験を行うなど、その成果を挙げている。

「今年8月には第三者の立ち入りが管理された区域であれば、夜間でも補助者なしの目視外飛行が可能となる規制緩和が行われた。これを生かして本ラボで目視外飛行の知見を蓄えていけば、将来的に工業用地において補助者なし目視外飛行ができることにつながる」(徳富氏)という。

 今後はこのラボのショーケースを訪れる共創パートナーとともに、その開発のスピードを上げていきたいという両社。「パートナーの獲得が、ドローンを使った技術開発の進捗を加速する。実際に実証フィールドで現場を見て、感じていただいたうえでディスカッションすることすべてがENEOSカワサキラボの意義」(上野氏)だとしている。

この日のテストに使用されていたSENSYN Drone HubのLTE対応ドローン。
カメラは2000万画素の可視光カメラ(下)のほか、可視光+赤外線カメラ(上)を搭載。
SENSYN Drone Hubに着陸したドローンは、スキッド(着陸脚)の先端の端子から自動的に充電が行われる。
ハブに着陸する際は、床面に設けられた穴から発射される赤外線を、機体の赤外線カメラが受光することで誘導されるという。
実証フィールドに設置されたSENSYN Drone Hubから離陸し、配管を撮影して着陸するまでをイメージした飛行のデモンストレーション。

関連調査報告書

ドローンビジネス調査報告書2022【インフラ・設備点検編】

 本書は、点検分野において詳細に分析し、ドローンを活用した点検業務の最新動向や企業動向、課題、今後の展望などを明らかにします。

<本書のポイント>
1.ドローンビジネス市場規模の4割を占めるインフラ設備点検に特化したレポート
2.点検分野におけるドローンの役割や効果、ビジネスモデルを整理
3.橋梁、ダム、下水管、大規模建築物、ソーラーパネルなど17分野の点検市場の現状と課題、ドローン活用のメリット、主要プレイヤー、今後の展望など分析
4.各省庁の動向を整理
5.先行している国内企業の動向を解説


執筆者:青山 祐介(著)、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:212P
発行日:2021/10/14
https://research.impress.co.jp/report/list/drone/501269