現行制度の枠内での対応方法の検討
VTOL機(実施基準では「回転翼航空機(マルチローター)及び飛行機のハイブリッド型の無人航空機」とされる)にマルチローターと飛行機の技能証明が必要とされるのは、実施基準1-3の規定によります。
これは、「小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会」(以下、官民協議会)及び「無人航空機の目視外及び第三者上空等での飛行に関する検討会」(以下、検討会)での検討結果を踏まえたものです。
官民協議会で決定された「小型無人機の有人地帯での目視外飛行実現に向けた制度設計の基本方針」(2020年3月)では、技能証明の限定の仕組みを設けるにあたっては、「垂直離着陸機(VTOL)等、新たな技術に柔軟に対応できるものとするよう留意が必要である」とされています。
また、検討会の2021年度の検討結果のとりまとめでは、「Powered-lift機については、限定される無人航空機の種類を回転翼航空機(マルチローター)及び飛行機とすることで対応する」とする一方で、「限定の事項や内容は、今後の技術開発や無人航空機の飛行の実態を踏まえ必要に応じ見直しを行う」とされています。
▼小型無人機の有人地帯での目視外飛行実現に向けた制度設計の基本方針
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kogatamujinki/pdf/siryou13.pdf
▼無人航空機の目視外及び第三者上空等での飛行に関する検討会とりまとめ
https://www.mlit.go.jp/koku/content/001478581.pdf
そのため、上記のとおり、VTOL機については、機体の特性や飛行の実態に即した試験内容へと見直しがなされるのが望ましいと考えますが、実施基準や実地試験の実施細則などの変更には時間を要することも想定されます。
そこで、技能証明制度開始初期の、制度と実務との間での調整を必要とする段階にある現状では、今後見直しがなされるまでの当面の措置として、現行の制度の枠内で実務と調和のとれた運用を図ることによって対応することも可能なのではないかと考えます。
具体的には、実施基準1-3では、マルチローターと飛行機のハイブリッド型については、マルチローター及び飛行機の「実地試験を行う」とされているものの、「 基本に係る 実地試験を行う」とはされていないことから、マルチローターについては基本に係る実地試験を行い(目視外飛行や夜間飛行を行う場合にはこれらに係る限定変更も必要とする。以下同じ)、飛行機については、VTOL機の飛行において必要な範囲での実地試験を行うものと解釈することで対応することが考えられます。
そして、VTOL機の飛行に必要な飛行機の実地試験を目視内飛行の限定変更(夜間飛行を行う場合には昼間飛行の限定変更も必要とする。以下同じ)とすることで、VTOL機の飛行において通常は必要とならない滑走路での離着陸の試験が不要となり、さらに、運用を予定しているVTOL機で実地試験を受験することが可能になるものと考えます。
そのうえで、このような方法により技能証明を取得した場合には、飛行機の技能証明を用いて特定飛行を行うことが可能な機体はVTOL機に限られるとして、垂直離着陸のできない機体の操縦に制限を設けることで、技能証明の交付時に想定していない態様での飛行にも対処することができるものと考えます。
なお、このような運用とすると、限定変更は、当該機体の種類(飛行機)について限定がなされた試験科目(基本)の試験に合格していることを前提とするのではないかという制度上の整合性の問題は残ります。しかし、現状の制度のもとで、当面の措置として、実務と調和がとれた合目的的な解釈による運用を図るという観点からは、この点はやむを得ないのではないかと思われます。
実施基準1-3の解釈による対応の他にも、制度の見直しがなされるまでの間は、実施基準1-1のただし書きや実施基準1-4を柔軟に適用し、VTOL機に係る実地試験の内容については、別途航空局と協議するものとして、協議の結果、上記のような運用とすることも考えられます。
安全性確保の観点からの考察
もっとも、技能証明保有者による飛行の安全を確保するという見地からは、VTOLの飛行について、飛行機の基本に係る実地試験を不要とし、目視内飛行の限定変更のみで足りるとすることで十分といえるのかという疑問も生じ得ると考えられます。
この点については、VTOL機で固定翼を活かした飛行は主に目視外で行われることが想定されることから、飛行機の試験としては、目視内飛行を想定した基本に係る試験よりも、むしろ目視内飛行の限定変更で必要とされる技能を求めることが実際の運用に即しているものと思われます。
【飛行機の実技試験】
区分 | 基本/限定変更 | 試験科目 | 試験の概要 | VTOLの使用 | 滑走路で手動操縦での離着陸 |
一等 | 基本 | ① 周回飛行 ② 緊急着陸を伴う8の字飛行 | ① 手動操縦で周回飛行を行う ② 手動操縦で8の字飛行を行った後に滑走路で緊急着陸を行う | 不可 | 必要 |
目視内飛行の限定変更 | ① 周回飛行のための飛行経路設定 ② 周回飛行 | ① 自動操縦での周回飛行の経路を設定する ② ①で設定した周回飛行(自動操縦)を行う | 可 | 不要 | |
二等 | 基本 | ① 周回飛行 ② 8の字飛行 | ① 手動操縦で周回飛行を行う ② 手動操縦で8の字飛行を行った後に滑走路で着陸を行う | 不可 | 必要 |
目視内飛行の限定変更 | ① 周回飛行のための飛行経路設定 ② 周回飛行 | ① 自動操縦での周回飛行の経路を設定する ② ①で設定した周回飛行(自動操縦)を行う | 可 | 不要 |
飛行機の基本と目視内飛行の限定変更の実技試験の内容は、上記のようになっています。
基本の試験科目である周回飛行は、目視内で手動での周回飛行を行った後に、滑走路を用いた着陸を行うというものです。これに対して、目視内飛行の限定変更における周回飛行は、受験者が飛行経路を設定したうえで、自動操縦による周回飛行を行いますが、手動での滑走路を用いた離着陸は必要とされていません。
VTOL機では、回転翼を用いた水平での離着陸を行い、固定翼を活かした飛行は主に目視外の自動操縦で行われることが想定されることから、手動で固定翼機(飛行機)の周回飛行や8の字飛行を行う技能や、滑走路を用いた手動での離着陸の技能が、実際のVTOL機の運用において必要とされる場面はほとんどないものと考えられます。
他方で、自動操縦の技能の試験は、飛行機の基本に係る実地試験には含まれていないことからすると、VTOL機の固定翼を活かした飛行については、目視内飛行の限定変更で行われる自動操縦の試験でその技能を審査することで、安全性の担保としては足りるものと考えられます。
このように、現在の飛行機の実技試験の内容に照らしても、VTOL機の技能証明については、マルチローターの基本を必須とし、飛行機については目視内の限定変更を必要とすることにより、VTOL機を安全に運用するために必要とされる最低限の技能を担保することは可能ではないかと考えます。
実用的な運用のために必要な制度の見直し
2022年12月に施行された改正航空法のもとでは、型式認証と技能証明は両者を組み合わせることで制度が機能する仕組みとなっています。型式認証を受けた機体について、必要とされる技能証明の取得が極めて困難であるがために、技能証明を用いた特定飛行を行うことができないという事態は、新制度が本来想定していたところではないと考えられます。
もちろん、技能証明の取得が困難である原因が、操縦者の技能不足によるものであれば、操縦者の技能向上によって解決が図られるべき問題ですが、その原因が、試験の内容や求められる技能の設定方法にもあるのであれば、このような事態については、制度の変更により解消されることが望まれます。
もっとも、制度の変更には一定の時間を要することもあるため、それが実現するまでの間については、現状の制度の枠内でも、実務と調和のとれた制度運用を図ることにより課題に対処することができるものと考えられることから、本稿では、それに向けた一つの試論を示したものです。
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岩元昭博 弁護士
2006年東京大学法学部卒業、2007年弁護士登録、2019年University of Washington School of Law(LL.M.)修了、2020年ニューヨーク州弁護士登録。
上場企業・中小企業に関する訴訟・紛争対応、人事・労務、コンプライアンス、組織再編等の企業法務、地方自治体に関する行政法務などを中心に業務を取り扱う。
東京都(法務担当課長)及び国土交通省航空局(無人航空機安全課専門官)での業務経験があり、航空局では2022年12月改正航空法施行によるドローンのレベル4飛行実施に向けた制度整備を担当。
2023年にリーガルウイング法律事務所を開設し、現在に至る。