テイクオフする「低空経済」

 香港に隣接する中国南部の広東省深セン市、ここで5月24日からの3日間、世界的なドローンの展示会であるUASエキスポ展示会が行われた。日本国内では主に「ドローンの展示会」として紹介されているイベントだが、中国語の正式名称として「国際低空経済与無人系統博覧会」と記される。つまり低空経済と無人航空システムの展示会であり、ドローンよりも幅広い概念を対象としていると言えるだろう。

 実は本展示会も、2021年まではUAVエキスポと呼ばれていた。UAVは無人機の機体を指す言葉だが、2022年からは無人機を運用するシステム全体を指すUASエキスポに改称されている。さらに今年から「低空経済」の名称が加わったことになり、年を追うごとにスケールアップしていることがその名称からも推しはかれる。

 一方、多くの日本人にとって「低空経済」という言葉は聞きなれない言葉だ。

 2023年3月の全国人民代表大会(全人代)において、李強・国務院総理(首相)が「政府活動報告」を行った際に、国家の成長エンジンとして積極的に発展させる分野の一つとして初めて低空経済という言葉が取り上げられ広く使われるようになった。

「低空」は英語では文字通りLow Altitudeと訳され、高度千メートル以下の低高度を指し、低空経済はその領域における経済活動を指す。いわゆる無人航空機としてのドローンだけではなく、日本では空飛ぶクルマと呼ばれるような電動垂直離着陸機(eVTOL)等を含めた、低空域を利用する関連分野の融合的な発展をもたらすという考え方である。

 つまり、航空でもなく地上インフラでもない、低空圏の一大フロンティア開拓を国家総出で行っているのだ。新華社の発表によると、中国国内の2023年末におけるドローン関連企業の数は約1万9,000社、ドローンの運用資格を持つ人口は19万4,000人に達しているという。本展示会にも500社以上が出展し、過去最大の規模の展示会となった。

圧巻の展示品ラインナップ

 筆者にしても実に数年ぶりの本展示会への訪問となったのだが、会場に入るなり圧倒されまくった。個別の展示品の解説は技術の専門家に任せるとして、驚くべきはその圧巻の展示品のラインナップであろう。当然といえば当然だが、展示品はドローンの機体だけでなく、低空経済に関連するもの全て、例えば、バッテリーやモーターはもちろん、フェーズドアレイや対ドローン防空システム、ドローンショー用機体やエンジン機体に至るまで多種多様な物にわたっている。

 そして、その全てにおいて、数えきれないほどのバラエティをもって展示されており「有り余るほど豊富な状態」にまで至っているという実感を得た。この状態が中国の低空経済の強さになりつつあるのは間違いないだろう。

 例えば、日本国内でも話題になりつつあるドローンポートの数は20を超えていたのではないかと思う。ドローンポートというプロダクトの一つをとっても、「見飽きるほどある状態」というのは衝撃であった。

多種多様なドローンポート

 こうなると、1種類のドローンポートを開発して提供するだけでは顧客は見向きもしない。むしろ、小型から大型に至るまでの使用状況に応じた複数サイズのドローンポートをフルカタログで取り揃え、あらゆる状況に対応できるようにして提案を行うプレイヤーが数多く生まれるようになっている。

 ドローンポートを運ぶ専用の車両搭載型移動ポートすら展示されていたのには驚きを通りこして呆れるほどであった。車両搭載型のドローンポートも10車両以上展示されていた。

 日本国内では中国ドローン企業の代表としてDJI社が取り上げられることが多い。もちろんDJIは中国国内においても大きなプレゼンスを占めているのだが、こうやって中国の低空経済の関連企業を俯瞰してみると、突出したDJIという氷山の水面下に、膨大な数の材料・部品供給企業や組み立て企業が「有り余るほど豊富」に存在している状況に気付くことができる。

 DJIにしても、その生態系の中にいる1社であり、DJIレベルの企業を複数生み出す余力、つまり市場と産業生態系が中国にはあるという事であり、DJIの開発の早さはその競争環境の中で磨かれているのだ。

 これらの状況は、中国政府が打ち出した「低空経済」が産業としてテイクオフしている証左に他ならない。産業生態系が機能しているからこそ、開発のサイクルが高速化し、サイクルが次のサイクルを加速させていく状況が見て取れる。日本のドローン関連企業は中国に遅れをとらぬようこの数年頑張ってはきたが、残念ながら差は広がってしまっている。

高新区(ハイテクパーク)の影響力

 これらの膨大なエコシステムに加えて、もう一つ目立ったのは中国各地の開発区からの出展である。展示会場には各地の開発区(経済特区)や、高新開発区(ハイテクゾーン)からの出展があった。

 例えば、展示会場に入ってゲートから入場する前の入口付近には河南省のドローン実験場「藍天実験室・安陽無人機産業園」が大々的に展示を行っていたのが目立っていた。

 また、上海中心部からほど近い太倉市はハイテクゾーン内の市街地上空でもドローンの実証ができるとアピールする。大都市上海からほど近い市街地でドローン輸送の実験が自由にできる、そのような環境が整えられているのだ。

 中国では1970年代からの経済改革の一環として、中央政府や省政府が先頭に立って開発区を中心とした経済開発を行ってきた経緯がある。つまり産業や人材を地理的に集約させ、その中に大学や研究所、産業インフラなど必要な機能を集約し、投資を優遇するということを意図的に行ってきた。

 その中でも特に国家レベルでの高度な技術革新を推進することだけに特化している高新技術産業開発区(高新区)には半導体やドローンといった新たな産業革命を起こす技術が指定され、その技術者達が集められているのだ。2022年時点の調査では、国家級の高新区は173か所あるとされ、実に国内総生産(GDP)の13.4%がここから生み出されている。また、国家技術イノベーションセンターの78%、国家重点実験室の84%が集中しており、4,400を超える研究機関と563万人以上の研究者が集まっている。

 OECDによる統計では、中国国内には人口1,000万人を超える都市が15あるとされている。つまり、人口だけで見れば東京やソウルのような各国首都クラスの都市が沿海部や黄河・長江の流域を中心に何十も存在しており、それらを中心に高新区は設置され、さらにお互いに競争しあっている。

 日本を見れば、福島に作られたロボットテストフィールドや各都道府県が推進するイノベーションフィールドは散見される。また、以前からつくばやけいはんななどには高度な技術の集積が行われている。しかし、我々が見なければならない事実は、中国国内には日本のどこよりも環境がよく何倍もの大きさがある実証実験フィールドが何十件も存在し、何十倍ものエンジニアが日々開発に勤しんでいるという事実だ。

展示会場でみるプレゼンス

 このような規模の展示会であることから、会場では各国からの参加者を数多く見ることができた。特にインド系の英語や韓国語が聞こえてくることは多く、数多くの参加者が世界中から集まっていたことは間違いないだろう。その一方で、ほぼ終日滞在した筆者に日本語が聞こえることは一切なかった。

 日本からの参加者は本当に少なかったようで、日本人の知人の中でも参加していたと思われる人は片手で数えられる程度。これほどの規模の展示会であり恐らく世界最高峰の技術が集まっていたと考えられるが、そこにおいての日本人のプレゼンスの低さはまさに技術動向に関する感度の違いを表していないだろうか。

 世界で使用されるドローン部品のほとんどが中国製なのにもかかわらず、我が国には必要以上に過剰な中国製忌避の動きが一部であるのも確かだ。国産にこだわる事は重要な戦略だと思うが、それゆえに世界最先端技術の動きから脱落し、目をそむけるようなことになっている可能性がある。

 また、週末にも開催されていたためか、会場では子供たちや家族連れを数多く見ることができた。子供たちが集団となって実際にドローンを触り、各社の技術者と交流している姿は、ほほえましくもあり、彼らが次のエンジニアに育つのだと思うと脅威でもあった。

 深センには中国国内選りすぐりの技術者や欧米留学帰りのエンジニアが数多くおり、その子供たちがまた最先端技術に自由に触れることで次世代エンジニアの土壌づくりをしていく、そのような環境があることが見て取れた。また、会場の外では子供向けのドローンレースやドローンサッカーの場が提供されていた。

 翻って、日本国内で6月と7月に予定されているドローン関連の展示会はいずれも平日しか開催が予定されていない。この辺はビジネスの展示会と割り切る主催者側の都合も理解できるが、国家の将来を担うと考えれば、行政からの支援なども含めて考えを大きく変えるべき時に来ているのではないだろうか。

国内の市場創出に向けて

 日本は、もはやドローン機体の開発環境では全く太刀打ちできていない事は明らかである。その上、経済の成り立ちや国土の性質などから、日本国内においては十分な需要を創出することができていない事も課題だ。このような中では行政の対応は近視眼的な機体の開発や実証実験に対する支援ではなく、長期的な需要を強制的にでも作り出す方に向けられるべきであろう。

 また、産業支援に当たる行政関係者や、産学の関係者が海外に顔を出してプレゼンスを上げる必要がある。中国を盲目的に忌避してしまう動きは技術動向把握という意味ではよろしくなく、ことドローン関連に関しては技術的センスが決定的に鈍ってしまっている事を自覚しておく必要がある。

 しかしながら会場内を見回した時に、一つの光明を見たのも事実である。会場内には、生成AIやGPTについての言及がほとんどなかったのだ。

 世界ではこれほど話題になっているにもかかわらず、OpenAI社のChatGPTは中国国内ではアクセスが遮断されている。加えて、この数か月で劇的に進化したGoogleやマイクロソフトといった米国企業による生成AIの最先端動向を、中国の「低空経済」業界はまだ取り込めていない可能性が高い。

 日本にいる我々は、地政学的に特異な立場を利用し、最先端の生成AIによる革新を享受することができていることに感謝すべきだろう。日本政府もオープンなインターネット環境を維持することに腐心してくれている。これは技術進化の系統上、後々に大きな分岐点を我々にもたらす可能性がある。

 生成AIが今後ドローンのハードウェアの革新にもたらす影響ははかり知れず、我々が上手くそれらを取り入れることができれば、中国の低空経済の取り組みに対して大きな対抗手段を持ち得るのではないだろうか。

UASエキスポは来年も5月に開催される

齋藤和紀 株式会社アイ・ロボティクス CFO

元金融庁職員、日系、外資系、IT企業にて経営企画・データ分析業務に従事。世界最大手石油化学メーカーの経理部長を務めた後、成長期にあるベンチャー企業の成長戦略や資金調達をハンズオンでサポート。また、企業の新規事業創造等の支援も実施。2016年に株式会社アイ・ロボティクスを共同創業。以来同社のCFOを務める。主な著書「シンギュラリティ・ビジネス(幻冬舎)」「エクスポネンシャル思考(大和書房)」。