三者三様、「レベル3.5×コミュニティ配送」の意義とは
ところで本飛行を、新型物流ドローンのお披露目という視点だけで評価するのは不十分である。ACSLの鷲谷氏は、「大前提として、日本郵便とさまざまな自治体が進めているコミュニティ配送モデルの中での取り組みだ」と説明する。ここからは、三者三様の「レベル3.5飛行×コミュニティ配送」の意義を紐解く。
自治体が求めるのは「地域の課題解決」
2024年3月のレベル3.5飛行の配送ルートは、「出石郵便局」から「唐川公民館」までの片道約12kmだった。当日は、公民館から自宅まで配達員が荷物を届けたが、ラストワンマイル配送の割愛も視野に入れており、それこそ兵庫県・豊岡市が新たな可能性として見出した「コミュニティ配送」モデルなのだという。
「兵庫県・豊岡市では、中山間地の物流に持続可能性を持たせるためには、自治体や地域住民が一体になって取り組むべきだというご認識だった。例えば、公民館まで届けてもらえれば、そこからの配送は住民が共助で行う、自治会で団体を組成して配達する、あるいは住民の方が公民館まで取りに来るなど、さまざまなバリエーションがあり得る。これを一括して“コミュニティ配送”と表現されたことには、大変共感した」(日本郵便・上田氏)
もしかしたら、「人手不足に伴う物流サービスレベルの低下」と感じる読者もいるかもしれない。しかしそう決めつけるのは早合点だ。自治体側には、「コミュニティ配送」を物流課題の解決だけではなく、例えば一人暮らしで引きこもりがちなお年寄りが公民館まで荷物を歩いて受け取りに来て、人と会話する機会をつくることにより、体と心の健康維持(「社会的処方」と呼ばれる)にも役立てたいとの意図があるのだ。
もちろん、雪の日は届けて欲しい、足腰が悪い方にはやはり軒先までなど、いろいろなニーズが想定されるが、「地域の課題解決という大きなお題の中でコミュニティ配送を設計する」というモデルは、セイノーホールディングスとエアロネクストが全国で展開中の新スマート物流SkyHubとも近しく、地方自治体の行政ニーズ、地域住民のニーズ、地域で一人暮らしをする親を遠くから案じる子供らのニーズなどとドローンの連節点を見出すという事業創造は、今後ドローン物流の新たなトレンドとして各地で加速する可能性が高い。
日本郵便、「しなやかな物流」を目指す
そんなコミュニティ配送の推進について、日本郵便の上田氏はこう語る。
「今回、兵庫県・豊岡市と協働したことで、地域物流の課題解決のためのツールの1つとしてのドローン、という位置づけがより明確になった。ここにすごく意味があったと評価している。日本郵政グループのJP ビジョン 2025でうたう、共創プラットフォームという大方針にもかなっている」(日本郵便・上田氏)
今回の運航を担った福井氏と柴田氏も、「豊岡市のような場所は、日本全国に数多くある」と続ける。平成の大合併で豊岡市になった旧但東町は、市内でも人口減少が進んでいる地域で、狭い谷筋に集落が点在し、中心部から周辺部へと移動するにつれて、少しずつ集落間の距離が開いていく。配送ルートが山越えする集落も複数あるため、非常に難しい地域だという。
「今回のように、地域の課題解決のためにドローンをどう活用するかという視点で、自治体、住民と、配送事業者が意見を交換しながら、地域に合ったモデルを構築していくという取り組みには、非常に手応えを感じた」(日本郵便・福井氏、柴田氏)
一方で、日本郵便におけるドローン活用は、コミュニティ配送、ラストワンマイル配送、拠点間輸送、他事業者との共同ドローン配送、配達ロボットとの組み合わせと、バリエーションが多い。日本郵便としてはどんな未来を見据えているのか、上田氏に聞いた。
「将来的に、例えばパンデミックによる社会構造の著しい変化、Uberのようなサービスの登場など、大変革がいつ起きるか分からない。我々は、どんな変化にも柔軟に対応できるよう、こういったツール(ドローン)を活用している。目指すのは “しなやかな物流” だ。そのためには、レベル3.5しか飛ばせないなど、ドローンの飛行が限定的では困る。やはりレベル4まで包含できる第一種の機体が必須になる」(日本郵便・上田氏)
ACSL、「レベル4前提」に応えていく
では、メーカーACSLにとって、本飛行にはどんな意義があったのか。鷲谷氏の頭の中には、「レベル3の経験値」と「未来の市場創造」、2つの観点がベースにありつつ、「レベル4前提への延長線上にある通過点」だという。
「レベル3も、制度整備から1年以内の実施件数は3件程度。翌年から実施企業が増え、全国へと広がるのに3年かかった。レベル4も、我々がPF2-CAT3を市場に投入し、この1年で日本郵便、ANAHD、KDDIスマートドローンと3件を実施した。今後も件数を増やしたいと考えているが、機種が増えて市場が立ち上がるにはやはり2~3年かかると見ている。レベル4は、物流だけでなくインフラ点検や測量など用途は拡大するので、PF2のように汎用的に使用できる第一種認証機体の開発もメーカーとしては重要だが、まずは中長期的な市場インパクトが想定される物流分野でレベル4飛行での実用が可能な機体をしっかりと作り上げていく必要がある。今回のレベル3.5はあくまで通過点でしかない。日本郵便の目標であるレベル4の達成に向けてJP2の第一種型式認証に尽力し、完遂したいと考えている」(ACSL・鷲谷氏)
「レベル3.5」がドローン物流を後押しするには
両社に話を聞くうち、「レベル3.5」がドローン物流を後押しするための課題も浮き彫りになった。
1つは、レベル3で求められる書類の提出義務が一部簡素化されたが、「安全管理の基準自体が緩和された」と混同しないよう、運航事業者側の自律的な注意喚起が必要という点だ。日本郵便の上田氏は強い危機感を示す。
「書類提出が不要だから安全管理も緩くていい、という風潮を一部で感じているがそれではいけない。我々をはじめ、各社が航空局や実証場所の住民の方々とのコミュニケーションを図りながらレベル3の安全運航実績を積み重ねたからこそ、レベル3.5が実現したという自負がある。今後は、レベル3.5も積極的に活用していくが初心を忘れず、さらにレベル4の知見も踏まえながら、安全・安心な実用化を目指した安全運航管理を着実に継続していく」(日本郵便・上田氏)
もう1つは、「レベル3.5は、本来レベル3が目指した姿だが、課題が残る」という点だ。ACSLの鷲谷氏は、「レベル3.5だけで、さらなる社会実装が実現するかというと、個人的にはクエスチョンマークが残っている」と明かす。
「ある意味、遠隔で映像を見て無人地帯だと確認しながら飛ばすという、当初イメージされていたレベル3の姿がレベル3.5だと思う。一方で、レベル4に加えレベル3.5でも操縦者ライセンスが必要という条件が加わった。従業員の入退社や人事異動などもあるなか、人材育成は容易でない。また、有資格者が遠隔運航するにしても、機体の離陸前点検など現地業務の責任を持ったうえで運航を行っていくと考えたときに、機体の安全性や信頼性を上げていくことはメーカーの責務ではあるが、その機体を適切に活用するための運航管理能力を持った人材をセットで確保していくことが一層重要になっている」(ACSL・鷲谷氏)
「例えば、緊急時のプロポ介入を想定すると、二等のライセンスを取得したとはいえ、これまでよりも大型化している機体をいきなり操縦できるわけではない。我々自身が事前のリスク評価や緊急時の手順の磨きこみなど、もっともっと知見をつけていかなければいけない細かなポイントが残っている」(日本郵便・福井氏、柴田氏)
日本郵便×ACSL、これからの展望
こうしたさまざまな課題を1つずつ解いていかねばならない両社だが、日本郵便にACSLへの率直な評価を聞くと、「安全性とか操作性はさすがのACSL」とのこと。また、新型機種の共同開発についても、「ぶつかることもあるが、阿吽の呼吸で進む場面も多い。実用化に向けて何が必要か、業界全体として考えていけるよう、ファーストペンギンなりの振る舞いを心がけたいとの意向にも、呼応して頂けている」と視界良好だ。
日本郵便は、第一種型式認証取得と合わせ、兵庫県豊岡市とのコミュニティ配送に関する取り組みも検証を重ねながら将来的な定常運航を目指す。地域からは、「ドローンの資格があれば定年後再雇用してもらえるか」「ドローンがあれば孫が郵便局で働きたがるかも」などリアルな声が届いているそうで、自ら手を挙げて挑戦する地域から導入を進める。物流他社との共同ドローン運航も視野に入れる。
ACSLは、日本郵便への機体提供後、他社にも販売網を広げてコストダウンを図る。資本業務提携の中で開発したJP2だが、日本郵便の承諾のもと他社への販売も可能にする前提となっており、採算性について鷲谷氏は、「1対多運航はもちろん、ドローン物流が持つ潜在的なポテンシャルを全部利活用すれば、十分採算性に乗る。そこまでの道筋が本当の課題だと思う」と話す。
最後に、もう1点注目なのが両社の海外展開だ。ACSLは2023年、ドローン関連企業として世界で初めて、万国郵便連合(UPU)に加盟した。鷲谷氏は、「UPUで日本郵便のドローン活用事例を発表すると、圧倒的に注目される。私の知っている限り、郵便分野のドローン活用でここまで進んでいる事業体は、世界各国見渡しても他にいない。海外展開は大きなポテンシャルがある。直近では日本郵便と共に総務省の「郵政グローバル戦略タスクフォース」にも参画しており、日本郵便の実績やポテンシャルと併せて海外展開の取り組みを進めていきたい」と語気を強める。奇しくも、日本郵便の執行役員の目時政彦氏がUPU国際事務局長をつとめる、いまこそチャンスだ。総務省との連携が鍵になりそうだ。