株式会社コア、株式会社ACSL、楽天グループ株式会社は2月6日、物流ドローンの安全運航などに欠かせない「GNSSスプーフィング」対策に関する実証実験の模様を、埼玉県秩父市の大滝総合支所で報道関係者向けに公開した。準天頂衛星システム「みちびき」では、位置測位信号のなりすましを防ぐために「信号認証サービス」を2024年度に正式スタートする予定。実験では、この信号認証サービスに対応する新型受信機およびドローンが披露された。

飛行中のドローン「ChronoSky PF2 AE」。ACSL製の国産ドローンに、コアが開発中の衛星信号受信機「Ten++」が搭載されている

「みちびき」の信号認証サービスで、ドローン飛行位置の“なりすまし”を防止

 ドローンの社会実装を進めていく中で、今後大きな問題となることが予想されるのが「GNSSスプーフィング」への対策である。

 人工衛星からの信号で自己位置を特定するGNSS(Global Navigation Satellite System)は世界に複数ある。その中で圧倒的存在感を誇るGPSは、信号情報が暗号化されておらず、セキュリティ的に弱いと近年指摘されている。結果、悪意ある第三者によって信号情報が偽装され、ドローンの航路が勝手に変更されたり、ドローン本体や運搬物を詐取する事象が発生するとも考えられ、こうした「なりすまし(スプーフィング)」への対応は急務とされる。

「GNSSスプーフィング」の危険性とは

 日本版GPSとして知られる準天頂衛星システム「みちびき」は、GNSSスプーフィング対策の一環として、「信号認証サービス」を2024年度にも開始する予定。公開鍵・秘密鍵を組み合わせた電子署名技術によって、衛星信号受信機が実際に受信した信号が、偽装されていない正しい信号かどうかを検知できるようになる。具体的には、不正機器から送信される偽装信号には正しい電子署名がなく、みちびきから実際に送出される信号にのみ正しい電子署名が付与されるので、判別できるという仕組みという。

 みちびきを運用している内閣府では、公募事業「2023年度みちびきを利用した実証事業」を通じて、みちびきの利用促進に繋がる様々なアイデアを募集していた。そこで、ドローンを用いた遠隔点検ソリューションなどを手がけるコアでは、国産ドローンとみちびき受信機を組み合わせたGNSSスプーフィング対策を応募したところ、正式に採択。その進捗状況が、今回の報道関係者向け発表会で公開された。

「みちびき」では、衛星信号が正規のものであるかを示す「信号認証サービス」を2024年度にも開始予定

みちびき信号認証サービスに対応した新型ドローンを開発

 2月6日の実証実験には、内閣府から三上建治氏(宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室長 参事官)が参加。みちびきの現状を説明した。

内閣府の三上建治氏(宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室長 参事官)

 システムとしてのみちびきは、現在のところ4機の衛星から構成されている。これに米国のGPSを組み合わせることで、6cm単位で位置を特定できるという精度の高さが強みだと三上氏は説明。「(位置情報ゲームなどに使われる数m単位の測位と比べた時)この精度をどうビジネスに活かせるか、考えていきたい」と呼び掛けた。

 精度向上、安定測位のための改良も続けられており、2025年2月には5機目の衛星が打ち上げ予定。そして2026年中には合計7機体制とする計画だ。これにより、万一GPSが機能停止に陥った場合でも、みちびき単独で測位できるようになる。

 こうした機能向上の一方で、普及活動にも注力していると三上氏はアピールする。「2023年度みちびきを利用した実証事業」のような公募実証はもちろんのこと、ビジネスマッチングイベントへの参加やコミュニティ活動を広く展開していくという。

みちびきの普及を目指し、公募実証を含めたさまざまな活動を展開中

 コアの山本享弘氏(GNSSソリューションビジネスセンター センター長)からは、内閣府に採択された実証事業の詳細が解説された。大きな柱となるのが、みちびきの信号認証サービスに対応した受信機とドローンの新規開発だ。

コアの山本享弘氏(GNSSソリューションビジネスセンター センター長)

 コアでは、自社開発のみちびき信号受信機とACSL製の国産ドローンを組み合わせ、オリジナルのドローン「ChronoSky PF2」として提供してきた実績がある。実証事業に際しては、みちびきの信号認証サービスに対応した受信機「Ten++」を新たに開発。このTen++が組み込まれたドローンが、将来的に発売を予定している「ChronoSky PF2 AE」であり、今回の秩父市の実験で披露された。なお、各機器の発売時期・価格は未定。

 楽天グループは、将来的なドローン物流の研究・検討の立場から実験に参加している。

 みちびきは、その精度の高さから、自動運転や、ドローンをはじめとした物流分野への応用が期待されるが、それを妨害する技術への対策もまた重要だ。山本氏は「妨害信号はもう作り出せてしまう。悪意ある人物がドローンの進路を妨害したり、搭載物を盗難するなど、業務に支障を与える可能性がある」とし、対応策としての信号認証サービスに大きな期待を示した。

みちびきの信号認証サービスに対応した新型受信機「Ten++」を開発中
Ten++搭載ドローンの開発も進めている

秩父の山間部で物資の自動搬送実験。強度の妨害時には自動飛行からマニュアル操作への切り替えも

 秩父市での実証実験は、公民館や図書館などがある大滝総合支所と、「道の駅 大滝温泉」の間で、位置情報ベースの自律飛行によって救援物資を搬送するという想定で行われた。会場間の距離は直線で約268mほどだが、谷間かつ川の流れの関係で往来がどうしても回り道になるという、山間部特有の地形となっている。

 なお、屋外でGNSSの妨害電波を放射することは電波法に抵触してしまうため、今回の実験では妨害電波放射は行わず、着陸地点周辺に近づくと擬似的なスプーフィングを発生する形式をとった。

実証実験の会場となった大滝総合支所(埼玉県秩父市)。周辺を山が囲んでいる
実験を見守る報道関係者
実験で使用された「ChronoSky PF2 AE」(主催者提供画像)

 離陸先となる道の駅から、衛星信号だけを使った自動航行で、大滝総合支所まで荷物を届ける。航路や位置確認の情報は、複数のGNSS衛星から届く信号を組み合わせて測定するのが一般的だ。実験では、このうち一部の衛星からの信号だけが阻害されるという想定で行った。

 実証実験の説明を担当したコアの宮本翔氏(GNSSソリューションビジネスセンター プロジェクトマネージャー)によれば、ドローンの自律飛行をGPSだけで制御しようとすると、どうしても数m単位の誤差が出てしまう。その誤差を抑えるための補完技術も存在するが、例えば標定点の設置は山間部などでは困難な場合がある。衛星信号だけで高精度を実現するみちびきは、限られたスペースへの離着陸における、大きな武器となるようだ。

コアの宮本翔氏(GNSSソリューションビジネスセンター プロジェクトマネージャー)

 当日の気象は曇天で、風の影響はほとんど感じられなかった。飛行時間は片道約4分ほど。着陸地点周辺に近づくとスプーフィングが発生し、ドローン管理者・操縦者が視認しているGCS(Grand Control Station)側にもアラートが表示された。ただし妨害された信号は複数の衛星のうちの一部のため、そのまま自律航行が継続。荷物を下ろして再び道の駅へ戻るまで、トラブルなく進行した。

ドローン管理者・操縦者が視認しているGCS。中央の赤丸が道の駅で、そこから北西の大滝総合支所へ向かっていることを示す。また画面右上には、警告を意味する黄色の三角マークと共に「GNSS Spoofing detected(GNSSのなりすましを検出)」のメッセージが出ている。ただし、妨害レベルが弱いので、自動飛行を継続
山を越えて飛んできたドローン
荷物を落とすことなく無事着陸
トラブルなく荷物を受け取ることができた

 一方、全ての衛星信号が妨害されるというシナリオでの実験も行われた。スプーフィングの妨害電波の強度によっては、衛星信号による位置特定が一切できなくなる可能性もある。そこで、強度のスプーフィングが発生した場合は、自律飛行から人間によるマニュアル操縦へその場で切り替えるという運用も可能になっている。

 実験では、強度のスプーフィングが発生すると、一部衛星への信号阻害と比べて危険性が高いというアラートがGCS上で表示。これを見て、担当者が即座にマニュアル操作への切り替えを行った。着陸が手動となるため、指定地点への着陸には自動飛行とはまた違った労苦があるとのことだが、落下などのトラブルは一切ないまま、往復飛行および荷物の搬送が完了した。

2回目の実験ではGCSの右上に、より強い注意を促す赤色で警告メッセージが表示。この段階で自動飛行からマニュアル飛行へ切り替えた
マニュアル飛行中の「ChronoSky PF2 AE」
マニュアル飛行のため、着陸の中心点からは若干ズレたが、大きなトラブルなく航行を終えた