農機やエンジンなどの開発を中心に、北米・欧州・アジアといった地域でグローバルに事業を展開するヤンマー。同社はフランスに子会社の「ヤンマー・ヴィンヤード・ソリューションズ(Yanmar Vineyard Solutions)」(以下、YVSS)を2022年に設立し、翌年3月、ワイナリー向けでは業界初となる無人農薬自動散布ロボット「YV01」を発売した。このロボットは最大45%(24.2度)の傾斜を登れる優れた走破性を有している。現在フランスに在住するYVSSの山﨑亮輔氏にYV01について話をうかがった。
伝統的なワイン造りを守るシャンパーニュが抱えるブドウ栽培の難問
美味しいワインをつくるためには「急斜面のある畑でブドウを栽培することが最も重要な条件である」と一般的にいわれている。風通しが良く、水はけの良い土壌で、日照量の多い環境がブドウの熟度を高めやすいからだ。実際にワインの本場・フランスのシャンパーニュ地方のブドウ畑は平均斜度が12%、場所によっては60%の急斜面で育てられている。
このような急斜面でブドウを栽培する現地の高級ワイナリーは、いまも草刈りや農薬散布などを人手で行っており、大変負担のかかる過酷な作業を強いられている。実際に農薬散布は10日に1回、草刈りは二週間に1回という頻度で行う必要があり、生産者の負担は非常に大きかった。また農薬散布による環境・人への影響なども懸念されていたという。
山﨑氏は「そこで、この地域に拠点を構えていたヤンマーに、数年前からシャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会(日本の農協のような組織)から、農薬散布を無人で行える自動ロボットを開発して欲しいという打診がありました」とロボット開発の経緯について説明する。
ヨーロッパの農業市場では、当時から多くの大企業やベンチャーがアグリテック分野に参入していたが、ヤンマーも現地での市場ニーズを受けて、2022年に新会社のYVSSを設立したという。
その目標は最大45%の勾配のブドウ園を走破し、リモコン操作で効率の良い農薬散布を遠隔操作できる無人ロボットを開発すること。実はヤンマーでも、こんな急斜面に対応できる農機を開発した経験がなかった。さらにシャンパーニュのブドウ園は急斜面だけでなく、ブドウの樹の高さは1.4mほどで、その間隔も1.1mと通常より狭い。米国や日本の圃場であれば2~3mの間隔があるため、トラクターも入っていけるが、この地方ではそうはいかないという事情もあった。
立ちはだかるチャレンジングな目標だからこそ、やりがいも達成感もある
このような負担を軽減するために、プロジェクトリーダーの山﨑氏は、2019年から完全無人の農薬自動散布ロボットを企画し、製品を具現化するために、さまざまな課題のハードルを乗り越えてきた。ただし、なかなか一朝一夕には事が動かなかったのも事実だった。
YVSSのメンバーも、いまでこそ17名の社員を擁しているものの、そもそもYVSSの立ち上げ当初の現地スタッフは山﨑氏を含め2名からスタートだったので、圧倒的に人的リソースが足りなかったそうだ。
山﨑氏は「メンバーだけでなく、フランスでの展開なので言語のハンデもありました。現地で会社を設立するために、まったくゼロの状態からスタートし、会社の登記から現地雇用、営業、サポート・サービスまで、すべて自分たちの手で体制を整えてきました」と当時の苦労を振り返る。
そんな厳しい制約と環境の中で、新しいロボットの試作機を本社中央研究所の技術者と共に開発し、200回以上の試験を繰り返しながら何度も改良を加えて、2023年3月から初のワイナリー向け無人農薬自動散布ロボット・YV01の販売に漕ぎつけたのだ。
YV01の評判は良く、現在までに老舗のモエ・エ・シャンドンなど、シャンパーニュ地方の有名なワイナリーを中心に、すでに8台のYV01が納入されている。
傾斜45%でも走破! ユニークな形状で柔軟に農薬散布に対応できるYV01の強み
ここからはYV01の特徴について見ていこう。このロボットの外観はユニークな門型をしており、中央のスペースでブドウの樹を通らせながら進んでいく形だ。
YV01は、完全無人なのでオペレータが乗る座席はない。高精度にロボットの自己位置を把握しながら、リモコン操作で本体を遠隔で動かせる。また安全面にも配慮しており、本体の前面にはLiDAR、ソナーを2基ずつ、また後方部にはバンパーセンサーを備え、衝突を回避できるようになっている。
最大の特徴は、繰り返しになるが縦傾斜が最大45%(24.2度)、横傾斜が20%(11.0度)のブドウ畑の勾配を移動できる優れた走行性能を持つことだ。先に触れたように、さまざまな農業機械を市場に投入してきたヤンマーであっても、シャンパーニュ地方の急斜面を登れるような無人ロボットの開発は初となるチャレンジだった。
いきなり高いハードルが立ちはだかったが、山﨑氏は「ここで高い目標を乗り切れたら、次の開発がラクになるでしょうし、いろいろな分野への応用も効くと考えました。最難関を突破できれば、次の展開も拓けてくると思いました」と当時の心境を振り返った。
YV01は、最大スピード4km/h、最高出力25馬力で、燃料満タン時に4~5時間の走行が可能だ。走破性を満たすために、駆動系にはホンダ製のエンジンと、安定して高出力が得られる油圧モータ×2基、走破性の高いクローラなどを採用。機体重量も通常のトラクターが6トンほどあるのに対し、YV01は約1トンと6分の1まで軽量化し、サイズもW1500×D2200×H1800mmと小型だ。加えて面圧力で支えるクローラ駆動なので、トラクターのような大きなタイヤと比べて重量が均一に分散され、土壌への影響も小さい。
優れた走破性を発揮する油圧モータ制御と、効率的な農薬散布の工夫
開発にあたり、油圧モータの制御系は特に工夫したという。このVY01は、エンジンから得られたエネルギーを油圧ポンプによって油圧動力に変換し、機械的な動力として走行に利用している。これがロボットの走行性を高める源泉だ。ただし、今回のロボットは設計面で油圧ポンプを片側に配置しなければならなかった。
山﨑氏は「このように配置した理由は、1.1mの幅の通路でロボットがすり抜けていくときに、ブドウの樹に接触させないように本体をトンネル型(門型)形状にしたこと、また急傾斜を走行するために低重心に設計する必要があったからです」と説明する。
そのため左右のクローラ内に内蔵されている油圧モータに対して、油圧ポンプから制御をかける際に各ホースの経路長が異なってくる。同時に指令を出しても長い経路のほうにラグが発生するため、両方の油圧モータを同じように制御することが難しくなる。
「油圧モータの制御面は特に苦労しましたが、独自の技術を開発して解決できました。またポンプやモータにも個体差があったため、キャリブレーションも大変でした」(山﨑氏)。
このように苦労を重ねて完成したロボットは、本体の中心から10cm以内に収まるようにコントロールすることが可能だ。衛星によるRTK-GPSの高精度な位置情報と、ロボットに搭載されたIMU(直交3軸方向の並進運動と回転運動の3次元慣性運動を検出する慣性計測ユニット)からのフィードバックデータなどをもとに、姿勢制御や軌道制御も上手くできている。
もうひとつ今回のYV01の開発で苦労した点は、効率よく農薬を撒くアイデアだった。従来のように人手で農薬を撒く際には、散布量や散布箇所にバラつきが出て、なかなか均一に散布できない。
「しかし自動化によって同一速度で農薬を散布すれば、効率よく均一に規定量を撒けるようになります。また欧州では近年、人体や環境への配慮があり、ドローンなどによる空中散布は禁止されており、農薬散布の影響を最小限に抑える必要もありました。特にフランスでは農薬散布のクラスが定められており、その規定に合わせています」(山﨑氏)。
そこで農薬を撒くための噴霧機構にも工夫を凝らした。農薬を単純にスプレーするのではなくエアアシスト付きの2段散布型にした。さらに散布量を低減して効率よく撒くために、オプションの静電ブームを取り付けられる設計にしている。農薬散布時に発生する周囲への飛散(ドリフト)も減らせ、環境に優しく、確実な散布作業が行える。
散布の工夫については、エアアシストによって下から風を吹き上げ、葉を浮かせて葉裏や奥まで薬剤がかかりやすくする。そのうえで、1段目の散布により下方から農薬を散布。次に2段目の散布で樹の高さに合わせて上下に調節し、上方から葉の表にもまんべんなくしっかりと散布する。
さらに静電ノズルにより、農薬の付着量を向上させている。この静電ノズルの電極部からマイナスに帯電した粒子が噴霧され、葉のプラス電荷と引き合うことで噴霧粒子が葉の裏表や茎葉の混み入った場所にも、しっかりと無駄なく付着させられる仕組みだ。ノズル方向(角度)も幅も柔軟に調整できる。
またYV01は、もう1つのオプションとしてブドウの樹の周りに生えた草を自動的に刈れる機構もロボット後方に付けられるように設計されている。前出の農薬散布ユニットを交換する形だ。この除草作業も農薬散布と同様に頻度が高いため、作業者の負担を大幅に軽減してくれる。
ハードウェアだけでなく、サブスクとしてのデータビジネスへの展開も
今回のヤンマーの無人農薬自動散布ロボットは、ハードウェアビジネスだけでなく、持続的な収益が得られるデータビジネスへの布石でもあるようだ。たとえばコマツのKomtraxのように、YV01もさまざまなデータをクラウドに吸い上げている。
「ロボットの走行経路や走行時間、農薬量、圃場の各種データ類がクラウドに保管されるので、Webブラウザーやスマートフォン経由で、あとからログデータを閲覧したり、データを簡単に管理したりすることが可能です。将来的には生育状況を分析し、サーバー側で集中管理する仕組みもサブスクリプションとして提供していく方向です」(山﨑氏)。
YV01の今後の展開としては、ハードウェア自体の汎用性が高いため、ブドウだけでなく、さまざまな果物や野菜などの作物の農薬散布などにも適用できるように新機能を追加して、さらなる販売強化に注力していく方針だという。特に農薬散布は作業者への健康の配慮から、遅かれ早かれ欧州のように日本でも厳しい規制がかかるだろう。そのとき効率的に農薬を散布できる無人ロボットは国内でも脚光を浴びるはずだ。また少子高齢化が進む課題先進国の日本では、後継者不足も懸念されるが、こういった自動ロボットが農業分野でも目覚ましい活躍をしてくれるだろう。