伊藤忠商事(以下伊藤忠)と東京都立病院機構東京都立墨東病院(以下墨東病院)、ANAホールディングス(以下ANAHD)らは、2023年5月25日に茨城県河内町において、ドローンを用いた血液製剤の輸送に関する実証実験を実施した。今回の実証は、血液製剤のドローン輸送の社会実装に向けて、ドローンで血液製剤を輸送した場合にどのような影響があるかといった医学的な検証を行うというもの。この輸送を担ったのが、独Wingcopter社のVTOL型ドローンWingcopter198であり、実証実験の場で報道関係者に向けて初めてその飛行する姿が公開されることとなった。

水平飛行中のWingcopter198。

 献血で集められた血液から作られる輸血用血液製剤は、全国7カ所にある日本赤十字社の血液センターから医療機関に供給されている。ただし近年、この輸送に携わる人員の維持や、離島山間地への輸送、さらには災害時の輸送といった点において、安定供給が課題となっているという。そこでこの血液製剤の輸送手段のひとつとして、ドローンの有効性を検証するというのが本実証の目的である。特に、Wingcopter198のような高速かつ長距離飛行できるVTOL型ドローンは、災害時に緊急性が求められる血液製剤輸送といった用途でより有効だといえる。

 この日の実証では、利根川河川敷にあるドローンフィールドKAWACHIの飛行場を離着陸場所にして、長辺約1kmの楕円ルートを周回する飛行経路を設定。東京都墨田区の墨東病院から自動車で約1時間かけて運んできた赤血球製剤(RBC)と新鮮凍結血漿製剤(FFP)をWingcopter198に積み込み、ドローンで空輸することを想定して約50分程度飛行場上空を場周飛行させる。そして着陸後、再び墨東病院まで運んで、その品質を検証するというものだ。

“プロポレス”によりヒューマンファクターを小さくするコンセプト

 今回実証に使用したWingcopter198は、長さ198cmの翼に8つのローターを装備したVTOL型ドローン。胴体および翼などはFRP(繊維強化プラスチック)製で、防水性能も備えている。主翼の左右前後に8つのローターを備え、内側4つのローターが垂直方向から水平方向に向きを変えて垂直離着陸を行うティルト機構を採用しているのが同機の特徴だ。水平飛行時は機体前方のローターが推力を発生し、後方のローターは回転を止めてプロペラを折り畳み、空気抵抗を減らすとともにバッテリーの消費を低減。その一方で万が一前方のプロペラが停止した場合には、後方のローターが推力を発生する。

Wingcopter198は翼長198cmの8ローターを備えたVTOL型ドローンだ。
8つのローターのうち内側の4つが垂直・水平方向に向きを変える。後部のローターは水平飛行時にブレードを折り畳んで空気抵抗を減らすことができる。
飛行前点検時にローターが水平方向から垂直方向に向きを変える様子。
主翼の左右端下にあるのは空気を取り込んで対気速度を計るピトー管。翼端には航空灯と衝突防止灯を装備する。
日本の航空法の目視外飛行に関する規定に合わせて、本国仕様にはない前方を監視するカメラを内蔵する。
機体下部に取り付けられたカーゴポッド。今回の実験では血液製剤に対する振動の影響を調べるために振動センサーを搭載。

 運航はPC上のソフトウェアによる自動飛行で、プロポ(手動操縦のためのコントローラー)を使わないことを特徴として挙げる。「ドローンの事故は人的ミスに由来する。そのためプロポをなくして自動化することで事故を減らすことができる。また、プロポがあると手動操縦の錬度をいかに高めるかということになるが、プロポをなくして飛行を自動化することで、きちんと教育を受けた人であれば誰でも飛ばせるようになる。さらに一人のオペレーターで複数機を同時運航できるようになるなど、ドローンを社会実装に近づけることができる」(中田氏)という。

Wingcopter198の運航はすべてPC上のGCS(Ground Control Station)ソフトで行う。また左右のPCの画面にはエラーステータスやFPVカメラの映像を表示させている。

 操作するPCと機体との間はモバイル通信で接続し、さらにモバイル通信が途絶した場合に備えて、衛星通信も採用している。また、米国連邦航空局(FAA)の航空機に要求する安全性(型式証明)に準拠する機体の冗長設計を採用しており、バッテリー、エアセンサー、フライトコントローラーなどはそれぞれ2系統を装備。バッテリーはインテリジェント化されており、持ち手の操作で機体と嵌合(かんごう)させることで、万が一機体が背面になったとしても、バッテリーが落下することはない。同機の効率巡航速度は90km/hで、「風向き次第では最高130km/hが出せる」(中田氏)といい、最大ペイロード4.5kgを搭載した場合、距離にして約75km、40分間の飛行ができるとしている。

機体上面中央に前後に並んで搭載されるバッテリー。交互に積み替えることで機体の電源を落とさずに交換することができる。