ドローンを利用したサービスで実装が進んでいる分野のひとつが携帯電話の基地局鉄塔の点検だ。携帯電話基地局は無線アンテナを適切な高さに設置するために、都市部ではビルやマンションの屋上などに設置する一方で、高層建築物が少ない地域では高さ20~50m程度の鉄塔を建て、その上に無線アンテナを設置している。

 こうした基地局鉄塔にはおもに鋼材をトラス構造に組んだアングルタイプのほか、大口径の鋼管1本で自立するシリンダータイプ、小口径の鋼管3本を梁で接続した三角パイプラーメンタイプといった種類がある。いずれの鉄塔も鋼材をボルトなどで接続した作りのため、長年風雨にさらされることにより、サビやボルトの緩みといった劣化が進むため、定期的な点検が欠かせない。

 そのため基地局鉄塔の管理者は、鉄塔に設置されたはしごを作業者が上って、鉄塔上部の装置や構造物を目視や触診で点検していた。ただし、作業者が鉄塔に上るということは、ハーネス(安全帯)などを付けているとはいえ、落下などの危険性がある。そこでNTTドコモでは、ドローンを使って鉄塔を撮影し、その画像からサビやボルトのゆるみといった劣化を発見する取り組みを2017年10月から行っている。

従来はハーネスを付けた作業者が、鉄塔に取り付けられたはしごを上って目視や触診で点検を行う。鉄塔を昇降するには体力が求められ、1日2本が限度だという。

 さらに2019年3月にはこうした基地局鉄塔点検の技術を「Japan Drone 2019」において「docomo sky×基地局点検ソリューション」として披露。2020年7月には同社のドローンプラットフォーム「docomo sky(現docomo sky Cloud)」の機能として、「鉄塔点検アプリ(高層建造物点検用)」「AIサビ検知」といった機能を、一般向けサービスとしてリリースしている。

延べ500人以上がドローン点検に従事できる資格を取得

現在、NTTドコモが基地局鉄塔点検に用いている米Skydio社のSkydio 2

 NTTドコモでは2017年の運用開始以来、この鉄塔点検ソリューションを機体の更新と共に機能をバージョンアップしてきた。現在は、日本国内向けに同社が提供している米Skydio社のSkydio 2と、Skydio社が提供している操縦アプリケーションに自社開発のアドオン機能を組み合わせ、2020年3月から運用している。Skydio 2はVisual SLAM技術により、自律的に障害物を避けて飛行ができるため、鉄塔の途中に設けられている足場といった、塔体から突起している構造物に衝突することなく、安全に飛行できるのが大きなメリットだ。また、アプリケーションは鉄塔の高さと鉄塔との離隔を入力することで、適切なサイドラップなどを考慮したルートを自動的に算出。タブレットの画面のボタン操作だけで鉄塔の撮影を行うことができるという。

 鉄塔点検用ドローンの操縦は、全国にあるNTTドコモ各支社で基地局鉄塔の点検に従事しているスタッフが行う。NTTドコモではドローン点検のガイドラインに則り、講習プログラムを開発。このプログラムは社外のドローン講習を行っている企業と協業して、随時ブラッシュアップしているという。ドローン点検の従事者は最初に外部の講習でドローンの基本的な操作を学び、その上で、機種に依存する機能の取り扱いについてOJTという形で学ぶこととなっている。

 NTTドコモ内でドローン点検に携わることができる講習を受けた社員は、2017年のスタート当初から延べ500人以上にものぼる。ただし、現時点でこの500人全員がドローン点検に従事しているわけではなく、人事異動により抜けた人員を定期的に補充してきた延べ人数だ。ドローン点検従事者を継続的に育てていくことは、ひとつの課題となっているという。

安全のためにさまざまな確認を重ねて飛行に入る

点検対象となった基地局は高さ約40mのアングル鉄塔。鉄塔の先端には合計6本のアンテナが設置してある。

 今回、取材で訪れたのは住宅地と農地がパッチワークのように広がる神奈川県横浜市の郊外。点検対象は約5mの避雷針を含む高さ約45mのアングル鉄塔だ。約13m四方の敷地に立つ底辺が約5mの四角垂で、頂部の2つの角に大小合計6本のアンテナが設置してある。また、地上から約34mまで1面にはしごが設けられていて、約13m、約23mにはそれぞれ足場が取り付けられている。

 ドローンによる点検は最低二人一組で行うこととなっている。1人はドローンの操作を担い、もう1人はドローンと周囲の離隔や動きを総合的に見て安全性を判断する安全要員という役割。この日はさらにもう1人が現場の指揮者として参加していた。

鉄塔が立つ敷地の外には作業中を示すカラーコーンを設置。ランディングパッドなどを準備する。

 点検チームが現場に到着すると、カラーコーンを立てて周囲に点検作業中であることを示し、一般的な工事や点検の現場で行われている「KY(危険予知)活動」を行う。作業者の健康状態から服装や装備、作業範囲や工程、分担といった安全にかかわる基本的な事柄を確認。なお、この日は作業者自身が鉄塔に昇降する作業もあったが、昇降の有無によってKY活動は違うという。

装備や機材、作業内容、工程、危険な場所や作業を確認する「KY活動」を実施。

 KY活動の次にドローン点検の作業の準備にとりかかる。機体とコントローラーなどを準備した上で、ドローンに関する飛行前の確認を実施。地上風速や安全対策、外気温、機体の損傷の有無、バッテリーの充電状態等を確認する。その上で機体とコントローラーの電源を入れ、飛行制限範囲や自動帰還のための条件などSkydioの飛行アプリの設定を行う。さらに機体を離陸させ、機体の挙動を確認の後、バッテリー残量や機体の目視の可否、ホバリングの状態、地上風速、敷地内への第三者の立ち入りなどを確認する。

鉄塔を昇降する必要がないため幅広い人材が携わることができる

ドローンを離陸させたら動作の確認を行ったうえで、撮影のためのミッションの設定・確認を行う。
フライトが区別できるように、ミッション飛行を始める前に各フライトの番号を撮影。

 こうした幾重にもわたる確認の上で、点検のための飛行に入る。しかし、すぐに撮影に入るわけではない。ホバリングした状態で、NTTドコモの鉄塔点検専用アプリを使い、撮影ミッションの設定を確認する。ここで設定するのはおもに鉄塔の高さと鉄塔との離隔であり、それにより自動的に飛行経路が作成される。

 その上でアプリ上のミッションを実行させるボタンを押すと、あとはSkydioが自動で撮影のための飛行を始める。今回の鉄塔では四角垂の1面を、上昇と下降の1往復で撮影。上昇時はカメラの角度は水平にしてあるが、下降時はやや下向きにすることで構造材をくまなく撮影することができるという。

鉄塔の頂部にあるアンテナ付近を撮影するドローン。
着陸するたびにドローンが撮影した画像を撮影漏れがないかなどを含めて確認する。

 飛行に要する時間は約10分弱で、着陸するたびに撮影した写真をざっと確認する。今回の鉄塔の場合、これを4面繰り返すことになるが、準備や撤収の時間も含めて約1時間余り。従来の人が鉄塔を昇降する作業方法の場合、1日に点検できるのは2本が限度だといい、ドローンによる点検がいかに効率がいいかがよくわかる。ただし、ドローン点検の場合、撮影した写真をdocomo sky Cloudにアップロードした上で、AIサビ検知などの機能の助けを得ながら、鉄塔の状態を確認する時間は別に必要だ。

撮影した写真を高度や方角ごとに整理して表示するdocomo sky Cloudのバーティカルビューワー。各画像の表示では部分的に拡大して表示させるといったこともできる。(NTTドコモ提供)
「AIサビ検知」の「鉄塔サビ検知」機能には、AIが自動検知・解析したサビの位置をヒートマップ表示する機能もある。(NTTドコモ提供)

 また、鉄塔の点検で一番時間がかかるのは、基地局まで、基地局間の移動であり、また、年間の計画も決まっているため、ドローンを使うからといって一年間に点検する鉄塔の数が増えるわけではないが、それでも、今までより前倒しに点検を進めて行くことができるというメリットはあるという。さらに、鉄塔を昇降するのは作業者にとって重労働であり、ドローンを使うことで体力的な負荷の軽減につながる。そのため、これまでもっぱらオフィスで事務的な作業に従事してきた社員も、鉄塔点検の現場に出て作業ができるほか、近年は社会全体として雇用の年齢が伸びている中で、ドローンによる点検は操縦と安全管理という作業で実施できるため、シルバー人材にも活躍してもらうことができるという。

 また、ドローンが撮影したデータをdocomo sky Cloud上で管理するため、ひとつの鉄塔に対してドローン点検を重ねて行くことで、年を追うごとの劣化状況を簡単に比較することができるといったメリットが大きい。NTTドコモでは今後も、自社のガイドラインに照らして、ドローンが飛行できる環境の鉄塔であれば、ドローン点検に置き換えていく方針だ。

ドローンを使った鉄塔点検の様子。(空撮映像部分はNTTドコモ提供)
ドローンによる点検を行ったドコモCS 神奈川支店の大川 敏広さん(左)、吉村 有希子さん(中)、岩下 誠さん(右)。

※ 2022年7月より、ドローンビジネスは「ドコモビジネス」ブランドのもと、NTTコミュニケーションズ株式会社とともに取り組んでいる。