東京久栄と東京大学生産技術研究所は2021年12月3日、共同研究開発を行ってきた双胴式の無人艇「Multi Mover Catamaran」(以下、MMC)を、平塚市にある漁港において一般公開した。製品化は、顧客の用途に合わせたカスタマイズ製造で、価格は75万円~。2022年夏頃に販売開始する予定だという。機体の特徴は、大きく3つ。揺れに強く撮影に適した「安定性」、前後進のみならずその場旋回もできる「操縦性」、浮体を折りたたんで持ち運べる「可搬性」だ。

MMCが前進、後退、旋回する様子(撮影場所:平塚新港)

 MMCは、水中ドローンBlue ROV2のコンポーネントを活用して開発された有線式無人艇であるため、操縦地点から遮蔽物がある環境でも通信ロストの恐れがなく、安心して運用できる。想定用途は、桟橋や、橋脚下部、カルバート(暗渠)の気中部など、空中ドローンにせよ水中ドローンにせよ、進入が難しい場所での映像点検だ。

 他方、定置網や養殖網など水産施設の点検、洋上風力発電や波力発電など再生可能エネルギーの施設の点検は、海洋での移動の広範性が求められる。このため、MMCの無線通信モデルも並行して製品化する。

製品版MMCの仕様

 MMCの構造は、2本のエアチューブフロート、それをつなぐラック部、2つのスクリューから構成されている。2本のエアチューブフロートは、脱気して丸めて持ち運ぶことができ、給気は自転車用のエアポンプでも可能だという。ラック部も折りたたみ式で、160cmサイズの箱に収納して宅配送もできる。

MMCを前方からみたところ

 ラックには、箱に収められた制御部と、操縦用のカメラが搭載されている。また、ラックから棒などを吊り下げて、水中撮影用のカメラや水質計など、用途に合わせたさまざまな機器を搭載できる。機体重量20kgに対して、搭載部は10kg程度まで対応可能だという。

ラック上の搭載物

 ユニークなのは、エアチューブフロートの素材として、消防ホースを活用した点。消防車に装備されている消防ホースを裏返して使っているため、強度が高く折りたためるうえ、水上で使用後はさっと拭いてすぐ収納できる。

消防ホースの裏面がエアチューブフロートの表面になっている

 安定性を追求して細部にもこだわっている。エアチューブの前方を円錐構造にして、航行中に船首が持ち上がるのを防ぐことで、縦揺れを可能な限り抑えた。また、舵をあえて備えておらず、スクリューだけで方向転換することで、回転しやすい構造にした。これにより、桟橋の下などの狭い場所でも、その場で旋回しながら安定航行できるという。

エアチューブ前方の円錐構造

平塚市と平塚市漁協が協力

 MMCの開発は、平塚市と平塚市漁業協同組合の支援のもと、進められてきた。平塚市と東京大学生産技術研究所は、かねてより波力発電所の実証実験を進め、これを契機に連携協定を締結して、海洋活用技術の研究開発の推進、新産業の創出や人材育成への寄与につとめてきた。

 また、平塚市漁協は2009年に、東京大学生産技術研究所、平塚市、神奈川県水産技術センター相模湾試験場、平塚農業高校(現平塚農商高校)をはじめ、漁業関連企業や団体などで組織する「平塚漁業新技術検討会」を設立して、産学公の連携を図ってきたという。

 今回のMMCの開発において平塚市と平塚市漁協は、漁港内の利用調整、沖合での試験への協力から、実験結果の評価なども行い、産官学の連携体制を強化。2021年12月3日のMMC一般公開は、こうした座組みのもとで、ひらつかタマ三郎漁港の地どれ魚直売会において実施された。当日は、南西の風が強く、向かい風による波に加えてうねりが港の中にまで入り込む悪条件だったが、MMCは支障なく航行できたという。

波とうねりのなか航行するMMC

 東京大学生産技術研究所の李僑博士は、「もともと海洋における用途を想定して無線で開発していたが、今回の共同開発で港湾での利用ニーズが高いことを知って、有線へと開発の幅を広げることができ、さらに実用性の高い製品の開発につながった」と話した。

 東京久栄 事業推進室の小林努室長は、「当初は港湾点検を念頭に置いていたが、低重心構造を採用しているため、通常のボートであれば転覆しそうな横波を受けても、全く問題にしないほどの安定性に加え、風圧に負けない前進力がある。これなら、港外での利活用も十分考えられる」と話した。