昨年7月、Plug and Play Japanが開催したオンラインセミナー「ヒト・モノの移動に見るDrone最新状況 Droneが起こす社会基盤の変容と、中国・アメリカから見る日本の近未来」の後続イベントとして、「空飛ぶクルマのデザイン最前線」が4月27日にオンラインで開催された。

 Plug and Play Japanは、シリコンバレー発、世界最大級のアクセラレーター/VCだ。ドローンやエアモビリティの企業に対するサポートも積極的に行なっている。例えば、ドローンとAIによる画像分析で建物の劣化診断や保守点検などを手がけるDRONE PILOT AGENCY(日本)や、風力発電のメンテナンスを行うNEARTHLAB(韓国)など。Plug and Play Co-Founderでモビリティ分野のディレクターをつとめる江原伸悟氏は、「Plug and Playもドローンのコミュニティにどんどん入っていければと思う」と挨拶した。

Plug and Play がグローバルでサポートした企業

 今回の登壇者は2名。ひとりめは、狭隘部ドローン点検事業などを手がけるアイ・ロボティクスのCFOでありアメリカのカリフォルニアで大型の物流ドローンを開発するSabrewing Aircraft Companyにも参画する斎藤和紀氏だ。

 そして、ふたりめは、Google「Project Wing」のデザインリードを務めたClark Sopper氏だ。同氏は、ロードアイランド スクールオブデザインで工学デザインを学び、CHANEL、FENDI、GUCCIなどのクチュールファッションのリテールディスプレイのデザインや、モーターサイクルレース用のバイク製作などに携わったキャリアを生かして、Google Xのドローン配送プログラム「Project wing」のデザインとユーザーエクスペリエンスを担当したという。

 現在は、モビリティに特化したデザイン・イノベーションを手がける「Highball Studio」を創設して、CitibikeやLyftの自転車、Kitty HawkやOverairの電気飛行機のデザイン、Joby Aviationのブランド戦略の開発に寄与している。ちなみに東京にもオフィスを設立して大阪大学の新しい研究棟の設計を担当したほか、ホンダビンテージカーやトラックのコレクター、軽自動車愛好家としても有名だ。

 本稿では、斎藤氏の講演「空飛ぶクルマの現在地」で示されたエアモビリティのグローバルトレンドと、Sopper氏が講演「How to design interface of Flying Car?」で語った、エアモビリティのデザインにおける思想や取り組みについて、紹介する。

「空飛ぶクルマ」とは、正しいネーミングなのか?

 斎藤氏は、「空飛ぶクルマ」の産業について、多角的に考察してグローバルトレンドを解説した。まず紹介したのは、モルガン・スタンレーの著名なオート/自動車のアナリストであるアダム・ジョナス氏が、2019年に発表したレポートだ。

こちらより引用)

 「2040年までに、空飛ぶクルマの産業は周辺ビジネスも含めて170兆円産業になるといわれているが、2020年代後半から産業化が始まり、そこから指数関数的に伸びていく。逆にいうと、いまからの5年は、PoCと規制緩和が進むが市場はそれほど伸びない。空飛ぶクルマを事業として行うのであれば頑張ってこの5年間やって欲しいし、投資するにしても、短期間の売上を求めてはダメだということを強く言いたい。彼らに対してPoCに集中させてあげるという環境をつくることが、本当に我々の使命なのだと思っている」(斎藤氏)

 斎藤氏は、20年、30年を見越したビジネスであること、これから先100年間の産業を作る入り口にあることを強調したうえで、「日本という範囲ではなく、世界市場を視野に入れて考えていかなければ」と指摘した。

 「中国は新しい都市を建設するなかにおいて、新しいテクノロジーの活用を進めている。この5年や10年で新規事業を創って空飛ぶクルマに参入したいなら、中国に行ったほうが早いともいえる。もう1つ、中国とともに2大拠点になるのはアメリカ。日本は “それ以外の国” にまとめられている」(斎藤氏)

 斎藤氏はこう説明し、“リーク情報” も言添えた。テトラアビエーションが今年の夏、アメリカで機体の販売予約開始を予定しているとのことだ。

テトラアビエーションの新機体のシルエット

 次に紹介したリストがこちら。SMG Consultingが発表している「AAM REALITY INDEX」だ。AAMとは、Advanced Air Mobilityの略で、グローバルフロントランナーの進捗などが一覧になっている。

こちらより引用)

 すでに上場したEHang(イーハン)や、SPAC上場(空箱上場)により時価総額数千億円になったJoby Aviationなど、トップ5に名を連ねる企業は、FAAや中国当局との交渉も進めているとのこと。また、用途によって必要な航続距離が異なることから、翼を持つ機体にする、プロペラの数を増やすなど、大きさやデザインも多様であると説明した。

 そのうえで、「空飛ぶクルマはそもそも、正しいネーミングなのか?」と疑問を呈した。日本では多くの場面で、エアモビリティのことを「空飛ぶクルマ」と呼ぶが、それが重大な誤解を生んでいるという。

 「自動車産業の延長だと思ってしまうと、日本は強いのかなと思うかもしれないが、空飛ぶクルマやエアモビリティと呼ばれるものは、世界ではどの国に行っても航空機である。具体的には、垂直離発着ができるVTOLで、人が乗ることができ、電動でモーターの力で飛ぶものを指す。そして航空機として考えると、日本はノウハウが少なく、外国に学ぶところがたくさんある」(斎藤氏)

包括的に取り組み、商業的な成功を目指す

 日本の航空機産業は、戦後のGHQによる航空機禁止の命令により人材が流出し、ノウハウが失われたという歴史を持つ。また米軍横田基地など、自由な飛行が許されない空域がいまだにある。斎藤氏は、「本気で1つ1つの課題に日本全体として一丸となって取り組み、今後100年の空飛ぶクルマの産業をぜひ作っていきたい」と訴えた。

 そして、新たな産業づくりに向けて、2つのことが必要だと話した。1つは、「作って飛ばすのは当たり前で、商業的にどうやって成功させるかを考えていかなければならない」という点だ。

 欧米の会社はすでに、商業的な成功を重視して戦略を立てているという。機体のデザインにしても然り。「安全に見える」「乗りたいなと思わせる仕組み」が、機体デザインというヒューマンインターフェースに、ふんだんに仕組まれている。

 もう1つは、「空飛ぶクルマ単体で見るのではなく、非常に包括的な産業としてみていくことが重要だ」という点だ。例として挙げられたのは、“空飛ぶクルマ” の離発着場に高圧バッテリー充電設備やカフェを併設する、自動運転車や新幹線など他のモビリティや空港間の連携などだ。

 包括的に産業を立ち上げていくことで、次々と新たな産業やビジネスが立ち上がっていく、「そのセンターピンとして、空飛ぶクルマというものを国全体として自治体と一緒になって盛り上げていくということは、非常に有意義だ」と話した。

Google X「Project wing」のデザインはこうして生まれた

 次に登壇したClark Sopper氏は、Google Xのドローン配送プログラム「Project wing」のデザインとユーザーエクスペリエンスを担当したときのエピソードを共有した。

 「非常に高いレベルの機能を持つという観点だけではなく、安全で、魅力的で、ワクワクするような飛行機を作り、人々が空から配達を受けるのを楽しみにするようなものを作るために、とても多くの労力と時間を費やした」(Sopper氏)

飛行機のスケッチをするClark Sopper氏

 まだ未知のサービスであるドローン配送に対して、恐怖心を抱かせず、親しみを感じられるよう、さらには「荷物を受け取るのが本当に楽しい体験になる」というユーザーエクスペリエンスを創出できるよう、デザインを検討したという。最終的に、荷物を紐でつないで降ろし、お客様の家の車道や庭、屋根の上に着陸させる機能を実装した。

 「荷物の受け取りが楽しみ」になるには、パッケージを航空機の外に持たせることが最大のポイントだったという。このようなデザインにすることで、パッケージを包む大きな胴体が不要となり軽量化できる。また、ドローンが飛行しているのを見て、「荷物配送だ」とすぐに分かる。そして、パートナー企業が自社のロゴをパッケージに載せるなど、共同ブランディングが可能になると考えた。

試作機のデザイン
現在実用化しているデザイン

 「私たちは、膨大な数の試作機を作り、カリフォルニア州のテスト施設で何千時間も飛行させた。現地にオフィスとワークショップを建て、オペレーターのチームが数年間、毎日飛行機を飛ばすことで、私たちは設計に自信を持つことができた」(Sopper氏)

 Sopper氏は、「形と機能は、一緒に協力して作り上げていく必要がある」と強調する。デザインとエンジニアリングは別々に行われることが多いが、これは「イノベーションを生み出す上で本当に問題になる」という。

 「Googleで学んだことは、プロジェクトチーム以外の人と会話をしたり、個人的な関係を築くことで、新しいアイディアが生まれることが多いということだった。誰かが何かのプロジェクトの話をし、自分が自分のプロジェクトの話をすると、また新たなアイディアが生まれたりする」(Sopper氏)

Sopper氏が実践するデザイン思考プロセスとは

 Sopper氏はGoogleを退社したあと、モビリティに特化したデザイン・イノベーションを手がける「Highball Studio」を創設して、精力的に活動している。今回は、そこで実践しているデザイン思考プロセスも紹介してくれた。

 最初のステップは、「リサーチ」。ユーザーや顧客を観察し、いま何が起きているのか、彼らが何を望んでいるのか、いまはどのようにしているのか、彼らが抱えている課題は何か、成功していることは何かを詳細に調べて理解していく。

 2つめのステップは、「情報の文書化」。スケッチ、チャート、グラフ、グラフィックなど、さまざまな手段を使って視覚化し、それをクライアントや社内のチームで共有するという。

 3つめのステップは、「設計」。ここまでのリサーチに基づいて、コンセプトとデザインを作成する。Sopper氏は、「デザインを作る前に、リサーチとドキュメントの基礎を持つべき。そのような基礎がないデザインは意味をなさないし、インパクトもない」と指摘した。

 4つめのステップは、「試作と試験」。特に、テストを頻繁に行うことが重要だそう。デザインのプロトタイピングを作成して、コンセプトを実際にテストする、このステップが業務プロセスの大半を占めているという。

 最後のステップは、「実装」。生産や製造のパートナーと協力して、デザインが実現可能か、予算内か、後から修正する必要がないかを確認する。

 ところでSopper氏は、CHANEL、FENDI、GUCCIなどのクチュールファッションのリテールディスプレイのデザインを手がけたキャリアを持つ。こうした経験を振り返って語った。

 「多くのディスプレイ作品は、1か月から数週間しか展示されない。短時間でお客様に本当に大きなインパクトを残す必要がある。自動車のデザインとは全く異なる挑戦だが、そこから学んだことはモビリティ設計の方法を理解する上で、重要な構築ポイントになっている」(Sopper氏)

「試作サイクルは、できるだけ早く」キティホークの事例

 さて、Sopper氏が手がけてきた航空機デザイン開発のなかでも、キティホークのフライヤーは素晴らしいケーススタディだという。短期間に複数の異なる機体構成を作ってテストしたのだ。

 当初の構想は、「個人用スポーツ・レクリエーション機」。オートバイとして飛ぶことは、非常にエキサイティングだ。個人が家やガレージに機体を置き、湖や川などに持ち出して自分で飛ばすことを想定していたという。

当初の構想

 しかしそのテストの結果、自動車のようなコックピットの方が好まれる傾向があることが分かったという。そして次に、より安全に感じられ、同時に非常にエキサイティングな気分になれる機体を目指す。

 「何年も所有したくなるような、スキルとして身に付けられる、チャレンジングでエキサイティングな機体にしたかった。最終的には飛行機同士のレースができるようなレーシングリーグのコンセプトを開発した」(Sopper氏)

アイディアを共有するために作成したコンセプトアート

 この機体を実際に披露する前にブランドイメージを示すために、レンダリング画像も作成した。ロゴも検討した。「楽しさや軽快さを感じさせながらも、成熟したプレミアム製品であることを感じさせるものだった」と、Sopper氏は振り返る。

ブランドイメージを表現したレンダリング画像とロゴ

 同時に、段ボールや木製のモックアップを作って、さまざまな体格のパイロットを対象とした大規模なユーザーテストも行ったという。どのような姿勢が最も快適に感じられるか、どれくらいのスペースが必要か、乗り降りのしやすさはどうかなどを1つ1つテストした。

コックピットの環境確認を行うテスト
プロペラとパイロットの距離を確認したテスト

 また、操縦の練習をするため、カーボンファイバーや大型テレビを使って、シミュレーターを作ったという。ジョイスティック、ヨーク、ステリングホイールなど “最良の体験” をもたらすものが何かを見極めようとしたのだ。「容易に飛ばすことができつつも、練習して、スキルを向上させることができるものに仕上げたかった。あまりにも簡単すぎるとエキサイティングではなくなってしまうから」(Sopper氏)。

シミュレーターで操縦テストを行なっているところ

 そして、最終的に出来上がった試作機がこちら。最初のフルカーボンのプロトタイプの1つだ。「最初に見たときは本当に興奮した」という。

最初の試作機
テスト飛行しているところ

 フライヤーの開発では、数週間ごとに修正や新しいプロトタイプを作成して、短期間で多くのプロトタイプテストを実施したという。Sopper氏は、フライヤーの機体が小さかったため試作とテストを行いやすかったと説明しつつも、「私たちが行う全てのプログラムは、試作サイクルを非常に短くすることを推奨している」と強調した。

用途に応じた乗り物を作り出すことが重要

 最後にSopper氏は、用途に応じた乗り物を作り出すことが、航空産業発展の鍵になることに言及した。例えば、キティホークのフライヤーはスポーツに特化し、スリリングな体験をできるが、スーツを着て通勤するには不向きだろう。

 では、マルチコプター型はどうか。翼を持たず、全てホバーで飛行する航空機は、飛行効率が悪いが、小型で低コストという点では都市型モビリティに適する。

 一方、翼のある飛行機は、ビルからビルへの移動に特化したものほど機敏に動くことはできないが、長距離飛行に最適化され、例えば2つの都市間を20分から30分かけて飛行するのに適しているという。

 また、Joby Aviationのように、翼と多数のプロペラの両方を備えている機体は、両方の機能を併せ持つ。汎用的なユースケースに適する。

 このように用途に応じた航空機開発が進む中で、「安全性」と「コスト」に加えて、ビジネス戦略上必須な要素となるのが「ユーザーエクスペリエンス」だという。

 「目的に応じた航空機を開発することで、新しいユーザー体験を作り出すことができる。ユーザーエクスペリエンスは、他社との差別化を図るための手段でもあり、航空機産業の潜在的な顧客を発掘することにもなる」(Sopper氏)

 日本でも2023年にパイロットサービスの提供開始、2025年の大阪・関西万博でのサービス提供など、今後のロードマップが具体化されている。今回のセミナーで斎藤氏とSopper氏が語ったような観点がヒントとなり、日本における空の移動革命が商業的に成功することで未来の100年を担う新産業が立ち上がっていくことに期待したい。