生活圏への社会実装で最も求められるドローンの性能とは?

 機体には固定翼、ヘリコプター、マルチコプター、ハイブリッド型があります。固定翼型は推進力によって翼に揚力が得られるためエネルギー消費が少ない機体ですが、垂直に離着陸することができません。ヘリコプターとマルチコプター型は、水平飛行中の揚力をプロペラによって発生させなければならないため、エネルギー消費が大きい機体です。この両者を合わせたハイブリッド型(VTOL型)は、エネルギー消費が最も少ない垂直離着陸機体であり、長距離飛行を必要とする物流用ドローンなどに採用されています。そのほか、エアタクシー事業用として空飛ぶクルマにも採用されています。

 これら機体の優劣に関する定量的比較は、世界の専門家を動員し、2018年にドイツのPorsche Consultingが報告書にまとめており、なかでも社会実装を目指す上で騒音レベルは機体性能の重要な評価基準です。

▼ Porsche Consulting - The Future of Vertical Mobility

機体形状による性能比較

ヘリコプター型マルチコプター型VTOL型
騒音レベル
飛行速度
飛行距離

※資料を基に筆者が作成

 2021年5月、欧州航空安全機関(EASA)が実施した欧州6地域におけるドローンとVTOLに関する一般市民の反応に関する調査では、「83%の大多数が導入について肯定的であり、否定的な認識を持つのはわずか17%」との結果を公表していますが、同調査において市民の最大の関心事は騒音レベルであり、次いで安全性を考慮しているという結果となりました。

 この調査は、EASAの目視外飛行(BVLOS)及び空飛ぶクルマの導入政策に多大の自信を与えたと報告されています。しかし、ベルリン工科大学と民間企業が2023年に行った「Sky Limits」調査では、「ドイツ人の55%が配送用ドローン、62%がエアタクシーの導入に反対」としており、EASAの調査とは対照的な結果が発表されています。ドイツ国民は、プライバシー、環境問題などに極めて敏感なのです。これは特殊な事例だと考えられますが、いずれにせよ両方の調査結果を踏まえると実装には騒音が極めて大きな要素であることに変わりはありません。

 なお、米国でもヘリコプターの騒音は環境問題として深刻に取り上げられ、州によっては都市部への飛行を規制しています。エアタクシーを手掛けるメーカーは、空飛ぶクルマの騒音レベルがヘリコプターの100分の1程度であるというデータを相次いで発表しているほか、アメリカ航空宇宙局(NASA)でも本格的に騒音測定の研究が進められています。

ドローン物流の実現を目指して開発が進む各国の機体

 空飛ぶクルマ同様に、ドローンも実装に向けた動きが進んでおり、今後の活用が期待されているドローン物流の機体にも触れたいと思います。商用化されている物流用ドローンを使った事例では、消費者に直接配送する「ラストマイル用」と倉庫や拠点間を輸送する「ミッドマイル用」に区分されます。

 それでは、それぞれに用いられる機体の特長を見てみましょう。

ローターに工夫を凝らしたラストマイル向けドローン

 ラストマイルは、食料品をはじめとする生活消耗品等を店舗などから民家へ配送します。それに用いられる機体は頻繁な飛行に耐える性能と、配送能率の高さが求められます。実際に運用されているものでは、日本で実証を行っているマルチコプターのほかに、米国のウォルマートではエネルギー消費の少ないVTOL機を使った大規模配送事業が始まっています。この機体には、貨物を吊り下げることにより、一回の飛行で複数の地点に無着陸で配送できる機能が具備されており、配送能率を高める工夫が凝らされています。

 ドイツのWingcopterやアメリカのグーグル関連会社であるWingは代表的なVTOL機であり、前者はローターを垂直離着陸時(上方向)と水平飛行時(前方)に90度可動させて切替え、同じモーターで両方を補うベクタースラスト方式を採用した機体です。一方、後者の機体はモーターが固定されており、垂直離着陸時と水平飛行時で役割を分担するリフトクルーズ方式を採用しています。VTOL機の制御はマルチコプターとは異なり、垂直飛行から水平飛行に安定して遷移できるように制御することが求められますが、すでにこのようなVTOL機に適した飛行制御装置も量産されています。

ドイツのWingcopterが手掛けるWingcopter198。日本国内でも代理店を通じて販売されており、実証実験による飛行も実施している。(出典:Wingcopter

一度に多量の貨物を運ぶミッドマイル向けドローン

Elroy Air Chaparral C1 First Flight(youtube.com)(出典:Elroy Air

 ミッドマイルは、離島間や物流倉庫間など決められたルートで大量の荷物を輸送します。代表的な機体として、2017年から開発をスタートし、間もなく量産化が予定されているアメリカのErloy Airが開発する Chaparral eVTOLが挙げられます。ペイロード約230kg、航続距離は約480kmを実現する機体です。垂直離着陸用に8枚のプロペラを備え、さらには水平飛行用に4枚を備えたリフトクルーズ型のVTOL機で、動力にはハイブリッドエンジンを採用し、小型ヘリ用のタービンエンジンによって発電機を駆動します。2023年11月時点で1000機以上を受注したと発表しています。

最大総重量は4016kgと類を見ないサイズの貨物運搬用VTOL機。全長は14.6m。(出典:Sabrewing Aircraft Company

 アメリカのSabrewing Aircraft Companyは、2454kgの荷物を搭載した状態で1850kmを飛行する4枚プロペラのチルトローター型VTOL機であるRhaegal RG-1を製造しており、アラブの企業(アラビアン・デベロップメント・アンド・マーケティング・コーポレーション)から52機の受注があったと発表しました。動力にはフランス製の小型ジェット機用エンジンを用いたハイブリッドエンジンを搭載しています。

Aero systems ARC C600 Incredible Inventions(youtube.com)(出典:ARC Aerosystems

 イギリスではARC Aerosystemsがペイロード150kg、飛行距離644kmのリフトクルーズ型VTOL機(ARC C-600)を開発しており、2024年に完成予定と発表しています。最大離陸重量はEASAが定めるドローンの上限600kgとしています。同社では9人乗りエアタクシーの開発計画もあり、すでに設計モデルを公開しています。

(出典:CargoTron

 また、同じくイギリスではイタリアとの合弁ベンチャーCargoTronが、ペイロード250kg、飛行距離600kmのリフトクルーズ型VTOL機の開発を開始しています。

(出典:Moya Aero

 ブラジルのベンチャー企業であるMoya Aeroは、2つの固定翼にそれぞれ2枚のプロペラを固定し、胴体全体を傾けて垂直離着陸と水平飛行を行うというこれまでにない特異なVTOL機を開発しました。ペイロード200kg、飛行距離110kmを実現しています。動力はリチウム電池です。すでに約100機の予約があると発表しました。

 ミッドマイル用の大型ドローンは、イギリスの老舗航空機メーカーのBAEをはじめ、各国のベンチャー企業が相次いでコンセプトモデルを発表しており、今後の開発が盛んになろうとしています。

 早ければ空飛ぶクルマは2025年から市場に出荷されていく見込みですが、約500kgの貨物を搭載しながらも100km以上の航続距離を実現した機体が開発されており、ミッドマイルに適した機体だといえます。

 さらに、欧米で航空機の遠隔操縦制度が確立すると予測されている2030年頃まではパイロットの搭乗が義務付けられています。また専用の離着陸場となるVertiportが必要であるため、BVLOS運用が可能なドローンは経費節減効果が大きく優位性が高いと考えられます。今後は空飛ぶクルマの貨物機および大型ドローンは、コスト効果に応じた方法で活用されていくことになると思われます。

 各国の研究機関などでは、これまで実用化に向けて開発されてきた機体以上に効率性の良いドローンの活用の検討が進んでおり、その一例には胴体と翼が一体となり、尾翼のない平たい形状を採用した全翼機と呼ばれる、BWB(Blended Wing Body)機があります。この機体は、搭載量の増大や燃費向上などを図るために極めて空気抵抗が低くなるように設計されています。アメリカのNatilusは、VTOL機能はないもののペイロード約3.9トン、航続距離約1700kmのBWBドローンを開発しており、同じ重量の機体に比べて約60%の効率向上を実現したと発表しています。すでにカナダの企業から発注があり、2025年から出荷する予定です。また、ボーイングの子会社でドローン開発企業であるAurora Flight SciencesはVTOL型BWB機の開発をスタートしました。

▼Natilus

 表層に発生した気流をエンジン内部に吸い込み、循環させて利用する境界層吸い込み技術であるBLI(Boundary Layer Ingestion)技術を採用し、BWB機のさらなる効率向上を図った研究が日本をはじめ各国で進められています。エネルギー効率の良い大型ドローンは、エンジン技術の向上と相まって今後さらに発展するものと思われます。

千田 泰弘

一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事

1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。