ANAのドローンチームが用いる「安全管理体制」と「リスク・アセスメント手法」

 では、航空事業のどのような知見をドローンの運航に取り入れたのか、以下で具体的に解説する。

「セーフティマネジメントシステム」とは

 「セーフティマネジメントシステム」とは、安全に係るリスク*を管理するための仕組みであり、必要な組織体制、責任、方針や業務手順を含めた、安全管理のための体系的な取り組みのことで、4つの要素で構成される。4つとは、「安全の方針と目標」「安全リスク・マネジメント」「安全保証」「安全の推進」で、ICAOの基準に準じてANAが用意しているものだ。

* 安全に係るリスクとは、ハザードが引き起こす事態について予測される発生確率及び重大度の組み合わせをいう。

 エアラインでは、「航空機を安全に運航させるためには、運航に係るすべてのフェーズで、ハザードに対するリスクの洗い出し、あるいはリスクを許容できるレベルまで低減することが重要」との考えのもと、安全管理体制を構築しているという。

 高岡氏は、「4つの要素はすべて重要ですが、その量はかなり多く、現在のドローンの実態に取り入れるのは現実的ではありませんでした」と話し、4つの要素のなかでも「安全リスク・マネジメント」に重きを置いて、新たな規程を作成したと説明した。

 「安全リスク・マネジメント」は下記説明図(左)の1から6の順番で、「情報抽出・分析」「ハザード特定」「リスク評価」「対策実施」「リスク再評価」「状況モニター」のPDCAを回す取り組みだ。ここで用いるリスクレベルについては、下記説明図(右)の通り、「発生頻度」と「影響度」の2軸で評価を行う。このように、安全管理を仕組み化することで、リスクレベルを下げ、運航可能だと判断できる状態を整えているという。

 ただし、現時点では実証としてドローン運航を行うに留まっているため、発生頻度に関する評価は暫定とし、今後は難易度や配送頻度の高い飛行も実施することを想定して体制構築と対策を進めているという。

(提供:ANAホールディングス株式会社 未来創造室 モビリティ事業創造部)

「ボウタイ・モデル」とは

 事故などの原因や要因となる状態をハザードと呼び、これが引き起こされたり、制御不能になるとトップイベント(不安全事象)が生じてしまう。その対策を立てるためのスキームを「ボウタイ・モデル」という。

 つまり、事前にさまざまな原因や要因を予測し、多数の小さなリスクに対して対策を立てておくことが重要であり、万が一、不安全事象が生じた場合でも、望ましくない事態の進行を防ぎ、深刻さを軽減するための回復策を準備し、それを可視化するものだ。

(提供:ANAホールディングス株式会社 未来創造室 モビリティ事業創造部)

鹿児島での実証で新たな規程を試用

新たな規程は、鹿児島県の図のルートで実施した離島配送の実証実験で試用された。

 2022年度の実証実験では、前述した「セーフティマネジメントシステム」と「ボウタイ・モデル」の考えを取り入れ、新たに作成したドローンの安全運航管理規程を初めて試用したのが鹿児島県 地域課題解決型ドローン実証実験「ID(いつでも・どこでも)プロジェクト」だ。

 これは、スーパーマーケット(Aコープ瀬戸内店)の屋上から、食品や日用品を離島に配送する実証で、2022年11月21日から24日の4日間で実施された。

鹿児島県 地域課題解決型ドローン実証実験の様子。

 今回、最も懸念されたハザードは、「離着陸地点の対地高度差がある状態」だ。トップイベント(不安全事象)として想定されたのは、「高度設定入力を間違えて飛行させる」というリスクであり、対地高度差によって地面や障害物に接触することが考えられる。「ボウタイ・モデル」を用いて、どのようなリスク対策を講じたのか、高岡氏はこのように説明した。

 「要因としては、疲労によるヒューマンエラーや、1人の作業者によるルート設定時の見落とし、ケアレスミス、屋外での光の反射によるPC画面の視認性の低下など、さまざまな要因が考えられます。これらの要因ごとに、予防策を講じるのが、ボウタイ・モデルの左側の部分です。

 例えば、疲労によるヒューマンエラーに対しては、実証の工程において過度なスケジュールが組まれていないかといった、労務管理の観点が挙げられます。また、当日の体調管理方法や人員体制の見直しも予防策として考えられます。事前の飛行ルートチェックを2Dから3D化することで高度差を可視化し、飛行中の衝突リスクを予防することや、PC画面を確認しやすい屋内の環境を利用するために現地視察段階で調整することも有用です。

 しかし、あらゆる予防策を講じたとしても、不安全事象をゼロにすることは難しいのです。例えば、高度設定入力ミスがあった場合、建物への衝突や法律違反などの重大な事故やトラブルに発展するリスクがあります。そのため、回復策も重要な要素として設定しています。

 例えば、回復策は以下のようなことが検討できます。

FPVを使用して、ドローンの映像を視覚的に確認する。
GCS(Ground Control System)を利用して、高度の数値を確認し、スタッフ間で声を掛け合いながら監視する。
GCSで必要に応じて高度の数値を手動で変更する。
操縦者がプロポの操作で介入し、マニュアル操作によって高度を上げる。
操縦者がプロポ操作に集中するリスクを考慮し、操縦者がスーパーの屋上から落下しないようにパイロンを設置する。

 このように、実証実施前にリスクを洗い出し、対策を立てる一連の流れを規程に落とし込み、チェックリストにも反映させることで、運航時の安全確保に取り組んでいます」という。

いまの想いと今後への期待

 「セーフティマネジメントシステム」や「ボウタイ・モデル」を活用し、規程やマニュアル、チェックリストを試用した検証を振り返り、信田氏は心境を明かした。

 「航空機の安全運航管理規程をドローンにそのまま適用してはドローン運航に人手がかかりすぎて事業展開のスピードを下げるのでは?という葛藤はありました。航空機のマニュアル作成者としての観点からは、シンプルさが重要であるという思いがあり、有効でないものを省いたり、新たな項目を追加することが必要だと考えました。一方、ドローンの運用者として見れば、詳細に作り込む必要性を感じました。着地点の議論は難航しましたが、徹底的に議論した結果、自信を持てるロジックに到達したと感じています」と話す。

 とはいえ、「これが完璧ではない」と両氏は口を揃える。高岡氏は、「航空機のパイロットは、エラーやヒヤリハットが生じた場合、会社に関係なく情報を共有できるプラットフォームが存在します。このような仕組みは、事実を公開し、業界全体で問題を共有し対策を議論するための重要な役割を果たしています。同様に、ドローン業界でも積極的に情報を開示し、業界全体で協力して対策を推進する必要があると考えています」と話す。

 信田氏も、「ドローン業界全体で、安全管理のスキームを求めていきたいと考えています。幸運なことに、ドローン業界には電力会社や通信会社など、さまざまなプレイヤーが揃っています。各業界は独自で安全管理や品質保証の考え方を持っていると思われますので、それぞれの知見を共有し合いながら議論を深めることで、ドローンの安全管理をより良いものにしていくことができます」と熱意をにじませる。

 冒頭で信田氏が述べた「リスクがある程度あっても、それ以上に利便性があるので、使いたい」と、より多くの人たちに感じてもらうことが普及の前提となる。そのための安全管理に対する共通認識は非常に重要であるが、これについて信田氏は、「ANAとしては、安全管理のスキームは運航者ごとのポリシーで構築し、それを航空局が審査し審査をクリアした場合に認可すべきだと考えています。安全管理のスキームは、過度な標準化が進むと、標準化されたものに対して形だけ導入する事業者が増えてしまい、業界として説明可能な安全を担保するためには逆効果だと考えています」と言う。続けて、「安全管理の必要性や概論を業界に普及させ、安全意識の底上げを図ることは業界におけるANAの役割だと考えています。また、ANAが考える安全管理スキームは航空業界のものをベースとしており、それが最適なスキームとは限りません。ほかの業界からも安全管理の思想を取り入れるムーブメントが必要なのです」と最後に語ってくれた。

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