レベル4飛行によるドローンの荷物輸送・配送では、サービス化とその拡大実現を果たすために、「ドローンの安全管理」が最も重要な要素となる。現在は、各社で独自の管理体制を構築しているが、その詳細情報や基本思想、取り組み内容などがあまり開示されていないのが実情だ。そこで今回は、有人航空機の運航を長年支え続けてきたANAホールディングス(以下、ANA)のドローン事業グループに、ドローンの安全管理についてどのように取り組んでいるか、組織体制の構築において何を重視しているかを伺った。

運航管理のスペシャリストが築いてきた安全とリスクの考え方

 「有人航空機とドローンの安全に関する考え方は、基本的には非常に似通った内容だと考えています」

 こう語るのは、ANAホールディングス 未来創造室 モビリティ事業創造部ドローン事業グループの信田光寿氏だ。有人航空機の一等航空整備士(B777)の資格を有し、整備業務や規程の作成管理業務に携わった経歴を持つ。

ANAホールディングス株式会社 未来創造室 モビリティ事業創造部 ドローン事業グループリーダー信田光寿氏。

 ANAでは、国際民間航空機関(ICAO)の定義に則って、航空運送事業(有人航空機)の安全を以下のように定義しているという。

 〝航空機の運航に関わる、もしくは直接的に支援する航空活動に関連するリスクが、受け入れ可能なレベルまで低減されて、そしてそれが制御されている状態〟

 これに対して信田氏は、「ドローンにおける安全も、リスクを抑えていくことが重要です」と話す。つまり、限りなくゼロを目指すものの、リスクが起こりうる前提で、対策を講じ続けるというスタンスを示しているのだ。確かに、自動車、電車、船舶も事故が絶対に起きないということはない。これと同じく、「ドローンにおける安全も、やはりゼロリスクはあり得ません」と信田氏は指摘する。

 続けて信田氏は、「まずは、“受け入れ可能なリスクレベル”を明確に定義し、リスクをその範囲内に抑えることが重要です。これにより、万が一予期しない事態が発生した場合でも、適切な説明責任を果たし、次の挑戦に進むことができます。ただし、ドローンはまだ有人航空機のように十分な飛行実績がありません。有人航空機では運航に当たり定量的な基準が示され、故障の確率をその基準以下に抑えるようになっていますが、ドローンはまだ多くの実証運航が行われており、定量的な基準を設けるには十分な実績がありません。そのため、受け入れ可能なリスクレベルをどのように定義していくかは、今後のドローン業界全体の課題となるでしょう」と言う。

 生活に身近な自動車や電車などは、一定数の事故が発生しながらも社会に受け入れられ生活に溶け込んでいる。それに比べ、生活に溶け込む前で馴染みの薄いドローンは社会から危険に感じられることも多く、ドローン物流などの実装への道のりはまだ遠いと言える。新たな技術の実装について信田氏は、「リスクがある程度あっても、それ以上に利便性があるので、使いたいと考えられるのです」と言い、幅広い層に“現実的なメリット”を感じてもらうことで、初めてドローンのような新技術が受容されるということだ。もちろん、利用するメリットの価値によって社会に受容されたとしても、ゼロリスクに近いレベルを目指して安全性を高めていく必要があるのは言うまでもない。

ドローン現場のナレッジと、エアラインの専門家の知見を融合

 2022年12月に、航空法が改正された。この改正により、以前は禁止されていたレベル4飛行が解禁され、各社はレベル4飛行に向けて、機体や運航体制の準備を進めている。これまで空の事業に携わってきたANAも同様だ。信田氏は「レベル4飛行では、有人地域での目視外飛行となるため、安全管理は特に重要です。そのため、これまで以上に高度な危機管理や手順を規程に盛り込むなど、より厳密な対策を落とし込んでいる状況です」と明かす。

 ANAのドローンチームは、「組織として安全な運航を確保する」という目標を掲げており、操縦者の育成やマニュアルの作成などに取り組んできた。たとえば、チェックリストは、一連のタスクフローに沿って設定されており、1日の初めには確認項目を必ずチェックし、飛行前の準備、飛行直前、飛行中、着陸直前、飛行終了後など、各段階で必要な項目を適切に精査しているという。また、機体の整備も、定例的な作業と特別な作業に区分けして実施している。

規程に基づいて機体をチェックする様子。

 運航体制では、遠隔操縦者(リモートパイロット)が主要な操縦者になるため、現地で緊急事態が発生した時には、それに備えてプロポを構えるスタッフと遠隔の管理者との間で、コミュニケーション方法を工夫しているという。具体的には、基本的には無言で運用し、必要な情報だけを効率的に確認することを徹底している。また、「安全を守るためには、立場や役割に関係なく、気づいたことは声に出して伝えることが大切だ」というアサーション文化も、航空事業から引き継いで尊重しているという。

プロジェクトメンバーで集まり、運航前にアサーションチェックを行う様子。

 2022年度からは、レベル4解禁後を見据えて、新しい取り組みに着手した。ドローンの現場で蓄積してきた知識と航空事業の知見を結集することで、ANA独自のドローン安全運航管理規程を作成し、実証実験で試用したのだ。

 この新たな規程作成は、信田氏と同じグループに務める高岡氏がリーダーシップを取っている。彼は、2022年4月からドローンチームに参加し、初めて携わるドローンプロジェクトを新鮮な視点で見つめながら、ANAのアセットとの連携を試みたという。

ANAホールディングス株式会社 未来創造室 モビリティ事業創造部 ドローン事業グループ 高岡捷人氏。

 その試みについて高岡氏は、「現場でドローンの運航に関わるチームメンバーからの意見を聞き、関連法令の学習、さらにはエアライン部門の専門家を交えて議論を重ねました。エアライン部門からは、安全管理や整備、パイロット、ディスパッチャーなど、あらゆる専門家が集まり、チームメンバーが安全性に納得した上で運航できる状態を築くため、運航に必要な要件を取り入れ、規程を作成しました。ドローン業界の関係者からは、安全性に過度に重きを置くことは否定的に受け取られるかもしれませんが、私たちはエアラインの経験をベースにさまざまな業種の方々と協力し、ドローン運航における安全管理を最適化し、ドローン業界に貢献したいと考えています」と語った。