2020年3月12日、農研機構はバンダイナムコ研究所と共同で、ドローンと人工知能(AI)(※1)の深層学習(ディープラーニング)(※2)を用いて、育種家の代わりになり得る牧草育種評価法を開発したことを発表した。同成果により、これまで育種家が畑を2時間以上歩いて肉眼観察で牧草を一株ずつ評価していた作業を、ドローンで撮影した画像から、あらかじめ学習させておいたAIにより5分程度で行えるようになる。

概要

 農研機構とバンダイナムコ研究所は、熟練した育種家が優良な牧草を選び出す技術をAIが学習し、育種家に代わって優良な株の選抜を自動的に行うことが出来る育種評価法を共同開発した。例えば、約1,000株の牧草畑の場合、これまで育種家は、優良な牧草を選び出すために畑を2時間以上歩き、肉眼観察で牧草を一株ずつ評価していたが、同成果を用いることで、ドローンで撮影した画像から、あらかじめ学習させておいたAIにより、この作業を5分程度で行えるようになる。

 農研機構はオーチャードグラス高糖含量品種「えさじまん」やフェストロリウム高越冬性品種「ノースフェスト」を育成するなど、牧草育種に関する高いノウハウと技術力を有しており、これまでにドローンを用いた新しい育種評価法の開発に取り組んできた。今回、バンダイナムコ研究所がエンターテインメント分野で培ってきた高度なAI技術力を取り入れることで、最新のICT(※3)・AI技術を導入した革新的な育種評価法の開発につながった。

 日本の畜産物生産については、増加している消費に対応して規模拡大と頭数の確保を行うのと併せて、ICTやロボット技術の導入による生産性の向上を図る必要がある。これを実現させるための技術革新の一つに、飼料作物の育種の効率化がある。同手法の開発によって牧草の優良品種育成の加速化が期待される。

※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)である。

開発の社会的背景

 日本の畜産物生産については、増加している消費に対応して規模拡大と頭数の確保を行うのと併せて、ICTやロボット技術の導入による生産性の向上を図る必要がある。これを実現させるための技術革新の一つに飼料作物の育種の効率化がある。

 農研機構では、多収かつ高品質な牧草の新品種をできるだけ早く実用化し、生産現場での飼料生産性の向上に貢献することを目指し、最新のICT・AI技術を導入して、革新的な育種評価法の開発を進めてきた。

研究の経緯

 良い品種を作り出すためには、個体選抜(※4、5)の対象となる個体数が多いほど良いことが知られている。そこで、数多くの作物個体の特性を効率的に評価できる革新的な育種評価法の開発が求められていた。そのためのカギとなるツールは、ドローン(図1)とAIである。ドローンは広範囲の田畑について鳥瞰的な視覚情報を取得できることから、効率的な育種評価に活用できる。AIはディープラーニングが発達してから、画像認識能力が飛躍的に高くなっている。このドローンとAIの組み合わせは、新しい牧草育種評価法(図2)の開発に大きな威力を発揮した。

図1. 撮影に使用したドローン:農研機構提供
図2. AIによる優良個体選抜の概念図:農研機構提供

研究の内容・意義

1.評価を行う時間と場所の自由度の向上

 育種畑に植えられた複数の育成系統(※6)(約1,000個体)を、これまで通り育種家が草勢(収量を予測する指標、1:極不良〜9:極良までを数値で表す)、罹病程度(病気の状態を示す指標、1:軽微~9:甚大)、越冬性(無事に越冬できたかの指標、1:極不良~9:極良)などを調査するためには、傾向をつかむだけで1時間程度は必要である。詳細なデータを記録するためには、1日かかることもある。しかも、日没後は評価できない。また、冬を過ぎてすぐ(札幌では4月上旬頃)に行う越冬性調査(※7)は、長時間の寒さに耐えての実施を強いられる。それに対して、ドローンを用いれば、5分程度で圃場の状態を撮影・記録可能で、空撮画像(図3)のAIによる評価は夜間に室内で実行できる。

図3. 育種畑の空撮画像(一部):農研機構提供

2.育種家と同等の精度で的確な評価を行うことが可能

 最初にAI学習用の畑空撮画像と、対応する育種家評点(※8)のセットを準備する。このデータセットを用いてAIに学習させる。同研究では「学習用画像:検証用画像:試験用画像=8:1:1」の比率で全個体を無作為に分類し、学習用画像と育種家評点とのセットを使ってAI(GoogLeNet)を学習させた。学習によって複数のAIモデルが作成される。これらのAIモデルに検証用画像を評点予測させ、予測点と育種家評点を比較して正答率を検証し、正答率の高かったAIモデルを選択する。選ばれたAIモデルに試験用画像を評価させたところ、上下1点の誤差を正答とした場合、ほぼ9割以上の正答率が得られた(表1)。1人の育種家が同じ圃場を別の日に評価した場合、上下2点以上の誤差は同じ程度の割合で発生するため、この手法が育種家の代わりになり得ることが示された。

 評価のために撮影する際の畑の時期(草の生育ステージ)、雲の影響による太陽の明るさ、湿り具合による地面の色などが異なると、AIは正しい判断ができない。そのため、利用場面ごとにAIを学習させる必要がある。しかし、明るさや地面の色などによる影響については、種々の撮影条件下で撮られた画像を一緒に学習させることで回避できることがわかった。現在、8月下旬から9月上旬の生育ステージを評価できるAIモデルが用意できている。

表1. 学習させたAIによる育種評価結果の正答

今後の予定・期待

 これまでの牧草の個体選抜においては、育種家の評価可能な個体数に限界があるため、選抜対象にできる個体数は限定されていた。しかし、同手法を用いることにより、育種家の能力による限界はほぼなくなり、非常に沢山の個体数を評価できるようになった。数多くの個体から選抜できれば、優良個体が選抜される可能性は高くなる。今後、これまでよりもさらに良い牧草品種が、同手法によって生み出されることが期待されているという。

 農研機構では作物全般においてICT・AIを導入したスマート育種の新技術開発を行っている。牧草についての革新的なスマート育種法の開発がこの一翼を担い、多様で有益な品種育成を加速化するための育種法の発展に貢献していく、としている。

用語の解説

※1 人工知能: Artificial Intelligence(AI)。現在までに統一的な定義は行われていないが、本研究では人の知的な振る舞いを模倣・支援するための構成システムとして位置づけている。

※2 深層学習: Deep Learning(ディープラーニング)。学習の仕組みとして人間の脳の神経回路を模倣したニューラルネットワークと呼ばれるモデルを多層に増やし、複雑なデータの学習を可能にしたもの。

※3 ICT: Information and Communication Technology(情報通信技術)。情報処理や通信技術(インターネットなど)を利用した産業やサービスなどの総称。

※4 個体: 種子一つから発生するもの。絨毯のように一面に広がる牧草地でも、よく見ると多数の個体から成り立っている。育種畑では1個体ずつ植えるので1株=1個体である。

※5 個体選抜: 品種改良(育種)上の基本的な選抜操作の一つで、数多くの個体を含む作物集団から、希望する特性をもつ個体を選び出すこと。例えば、病気に強い牧草個体を選抜する際には、あまり枯れていない個体や病斑が少ない個体を選抜する。

※6 育成系統: 種苗法による品種登録前の品種候補のこと。

※7 越冬性調査: 秋前に植えられた牧草が冬を過ごした後、元気の程度を目視で判断して行う調査。越冬性の低い個体は枯死する、または生存していても再生が良くないため、その度合いを判定する。

※8 育種家評点: 植物(または家畜)の品種改良を職業とする人が採点した点数。

発表論文

秋山征夫, 無田廣之, 鈴木尚也, 眞田康治,2020:無人航空機の空撮画像を利用した深層学習によるオーチャードグラス個体選抜法の開発.育種学研究.
DOI:https://doi.org/10.1270/jsbbr.19J07