2023年に設立された奄美アイランドドローン(以下、AID)は、JAL(日本航空)が奄美大島とその周辺離島への物流をはじめとする地域課題を解決するために、地元自治体と共同で立ち上げたドローン運航会社だ。日本における離島物流の新たな形として、地域住民の生活インフラを支える役割を担っている。今回は、JAL本社オフィス内に設置されたAIDドローンオペレーションエリアにて実際に遠隔操縦をしている様子を拝見した後、JALスタッフの加納拓貴氏と奄美アイランドドローンに出向し、遠隔操縦士も担う伊藤栞太氏にAIDの取り組みについてお話を伺った。
“実証実験”ではないドローン物流の社会実装の形――AID奄美大島の取り組み
取材では、まず奄美大島瀬戸内町にある手安ヘリポートから請島(うけじま)のヘリポート展望台まで荷物を積んだヘリコプター型ドローン「FAZER」を往復運航させるようすを見学させていただいた。この奄美大島におけるドローン物流は実証実験ではなく、2週間に2便を定期運航し、地域社会に実装している。
なぜこの取り組みがなされているかは詳しく後述させてもらうが、奄美大島本島から飛び立つドローンは、約1300km離れた東京(品川)にあるJAL本社オフィスの一角に構えたオペレーションエリアからレベル3.5飛行で定期運航している。遠隔操縦は、現地のオペレーションスタッフ(離陸場所に1名)と連携し、複数のモニターに表示された情報をもとに行われている。
取材当日は、機体を離陸させようとしたところいきなりエラーが表示され、間近で見学させていただいた我々も少し緊張したのだが、遠隔操縦を担当している伊藤氏は至って冷静だったのが印象的だった。机の引き出しから分厚いファイルを取り出し、即座にエラーコード表と照らし合わせてエラー内容の確認と原因の推測を済ませ、エラーもすぐに解消された。ファイルには、エラーコード表のほかにもすべての手順がマニュアル化されて収まっており、遠隔操縦を誰が担当していても、同じ対応ができるように整えているという。
また、追い風が強い状況下での飛行や、途中、雨雲レーダーにも捉えられないレベルの雨雲から小雨がパラつく場面もあったが、適切に対応してたった15分程度で直線距離15km強(フェリー航路では20km強の距離)のところにある請島まで届け、荷物を切り離した後、離陸場所の手安ヘリポートに戻ってきた。
AID設立の背景――自治体とJALの連携から始まった挑戦
奄美群島は豊かな美しい自然と独自の文化を有する一方で、頻発する台風による自然災害や、船舶に頼る交通インフラの脆弱性が大きな課題となっている。特に、加計呂麻島(かけろまじま)より奥に位置する与路島、請島といった二次離島では、災害時に孤立する課題を抱えるほか、台風や荒天時には、医薬品や食材、新聞など日常生活に不可欠な物資配送が滞ることが常態化していた。
こうした離島特有の課題に対処すべく、2020年に奄美瀬戸内町からJALに対して要請がなされ、防災から生活物流における地域課題をドローン活用で解決する取り組みが始まった。「まずは現地へ通って島に渡り、いろいろな悩みを聞いて回るところから始めた」(加納氏)と話し、ドローン物流ありきの施策ではなく、島の暮らしに寄り添って課題の抽出に取り組むことからスタートした。以来、3年余りにわたって地元自治体、住民、協力事業者と一体となって実証実験を重ねたのち、災害時は救援物資を、平時には医薬品や生活物資の輸送を担う「フェーズフリー」なドローンの導入が最適解と判断。そして、2023年11月に奄美アイランドドローンが設立されることとなった。
ドローンの選定と技術的な課題の克服
AIDの運用において、機体として選定されたのはヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプター「FAZER」だ。もともとは農薬散布用に開発された機体だが、そのペイロードの高さから物資搬送用の機体としても利用されている。AIDにおいても、ガソリンエンジンによる高ペイロード対応、長距離輸送能力、そしてLTE通信機能の搭載といった特性を評価し、採用するに至った。
しかし、AIDの運用がプロジェクト開始当初から順風満帆だったわけではなかった。特に、通信インフラの脆弱さは大きな障害だったという。通常、ドローンはLTE通信を利用して飛行に関する情報を送受信するが、二次離島においてはLTE電波が届かないエリアも多く、安定した通信の確保が難しい状況だった。この課題に対処するため、衛星通信も併用した遠隔操縦技術の導入も進められることとなった。
離島物流におけるドローンの優位性と実績
従来、奄美大島から与路島や請島への物資輸送は加計呂麻島を迂回するため、フェリーで1時間以上かかることが一般的だ。しかし、ドローンは加計呂麻島の中央付近を横断するルートを飛行させることで、輸送時間は15分程度に短縮。この効率化によって、物流のスピードが飛躍的に向上したのである。
特に注目すべきは、天候リスクに対する耐性だ。台風や荒天時にはフェリーの欠航が相次ぎ、離島(特に与路島、請島)への物流が完全にストップするケースも多発していたという。台風通過時はもちろんのこと、台風が通過した後も高波などによりフェリーは欠航することがある。しかし、ドローンは波の影響を受けにくく、台風通過後にいち早く運航が可能となる。これにより、離島の住民にとってライフラインとも言える物資配送の安定化が実現した。
運搬される主な物資は、医薬品や給食用食材、新聞などの生活に欠かせない物資。特に新聞に関しては、これまで夕方になってやっと届いていた朝刊が、ドローンによる輸送で朝刊の範囲内に届けられるようになった。こうした改善は、住民の情報格差の解消にも寄与している。
AIDの課題と将来への展望――持続可能なビジネスモデルへの挑戦
現段階では、AIDの運営は自治体からの運航委託収入に依存している。これは、行政サービスとしての役割を果たすための措置となるが、今後は自立したビジネスモデルの確立に向けて検討しているという。
具体的には以下のような展開を検討している。
- BtoBビジネスへの展開
民間企業との連携による収益化を目指すべく、特にFAZERの得意分野でもある農薬散布や森林資源の管理といったユースケースにおけるドローン活用を検討・計画している。 - 奄美群島全域への事業展開
BtoBビジネス・ユースケースの多様化とともに、奄美群島全域への事業展開を検討・計画している。 - 地元に根ざした安全なオペレーション体制づくり
瀬戸内町の地元人材を対象とした操縦士養成プログラムを実施。より地元に根ざしたドローン事業を展開すべく、現在も4人の瀬戸内町役場職員をドローン操縦士として育成中。
持続可能な事業を展開していくためには、現行のBtoGに依存したビジネスモデルの多様化と地元に根ざした運営体制づくりが必須と考え、挑戦している最中だ。
運航環境の課題と対策
AIDを取り巻く運航環境は厳しい。特に、遠隔であるが故に離島特有の気象条件はやっかいだ。加計呂麻島を経由した飛行経路では、冬に北風が強いという傾向があるほか(取材時の飛行でも北風による追い風が強い状態での飛行だった)、夏には気温が高くなり空気密度の低下から最大離陸重量をセーブせざるを得ない状況も出てくるという。その他にも地形に由来した乱気流の発生など地域特有の気象条件はいろいろと存在するが、地元の方の知識も参考にして運航マニュアルにも記載・共有したり、離着陸地点を中心に現場の気象状況をモニタリングするIoTセンサーを導入したりすることで安全運航に役立てている。
また、遠隔操縦の見学時にも活用されていたマニュアルには、気象に関する情報の共有はもちろんのこと、地元の方が離着陸地点に立ち入りそうになってしまった際の対処についてまでもがすべて明文化されている。多くの課題をひとつひとつ解決してマニュアル化し、人材育成時や運航に関わるすべてのスタッフに教育・訓練、実行されている。JALが航空の安全運航で培ってきたノウハウが存分に活かされていることを眼の前で見ることができた。
「遠隔操縦による運航は、機体の状況や気象変化など運航に影響を与える要素が多くなる。そのため、モニターシステムを通じて限られた情報を総合的に活用し、冷静な判断・対応するなど飛行全般に関わるフライトマネジメント・スキルが必須です」(伊藤氏)
こうした遠隔操縦など高度なドローン運航を支える人材教育プログラムとして、JALでは、「安全運航のため、利用可能な全てのリソースを有効活用する」という考え方に基づき、CRM(Crew Resource Management)の理解とノン・テクニカルスキルを学ぶJAL Air Mobility Operation Academy(以下、JAMOA)を提供している。伊藤氏は、このJAMOAの講師もつとめておりドローン業界における安全推進の一翼を担っている。
地域経済と社会への影響
AIDの取り組みは、単なる物流の効率化にとどまらない。操縦士育成による地域雇用の創出や、ドローン運航を通じた新たな産業の発展も期待されている。実際、地元の高等学校でのワークショップを通じ、若年層のドローン技術への関心を高める活動も積極的に行っている。
また、高齢化や人口減少といった地域課題に対しても、ドローン事業はDX推進と併せて新たな解決策を提示している。例えば、医薬品配送においては、従来薬剤師が船で直接島に渡る必要があったが、ドローン輸送とオンライン服薬指導をあわせて導入することで時間と労力の大幅な削減が可能となり、僻地の医療サービス維持に貢献している。
全国展開と未来の展望
JALとAIDは、奄美大島での成功モデルを基に、全国の離島地域への展開も視野に入れている。すでに、熊本県での大規模な防災訓練に参加するなど、大型物流ドローンの活躍が注目されている。将来的には全国の有人離島で同様の物流モデルが導入されることが期待される。特に、平時と有事を問わず活躍できるフェーズフリーの物流インフラの構築は、今後の日本の地域活性化における重要なテーマだ。
また、2025年3月には第1期の人材育成が修了し、瀬戸内町内にオペレーションエリアを移設のうえ、訓練を終えた地域の方が遠隔操縦を担っていく予定だ。JALとAIDは、技術革新と地域社会の融合を通じ、次世代の離島物流を牽引していくことになるだろう。