「ドローン・エンジニア会議 in KAGA」の勢いがすごい。本イベントは、毎年7月末に石川県加賀市で開催されるドローンエンジニア向けミーティングだ。一泊二日で行われる充実したコンテンツや参加者同士の交流が人気で、トップレベルのドローンエンジニアのリアルコミュニティとして、年々存在感を増している。

 2024年7月26日-27日に行われた今回は、日本トップクラスのドローン技術者らが、加賀市民も含めて全国から60名以上集まった。このうち半数以上が去年以前からのリピーターで、「夏のリフレッシュと学び直しの場」として、何ヶ月も前から楽しみにしていた参加者が多い。

 加賀市が目指す「エンジニア人材のクラスター形成からはじまる新産業創出」における本イベントの意義から、盛り上がりを見せる「ドローン・エンジニア会議 in KAGA」の魅力まで、詳しく説明していこう。

“消滅可能性都市”からの脱却めざす加賀市

 石川県の南端に位置する加賀市、その人口は約6万人と減少傾向にあり、2014年には日本創成会議によって「消滅可能性都市」と認定されてしまった。しかし、加賀市はその状況に甘んじることなく、「スマートシティ」構想を掲げ、先進的なデジタル施策を打ち出すIT先進地域としての道を踏み出した。その牽引役を担う一社が、2022年に設立された株式会社デジタルカレッジKAGAだ。

 デジタルカレッジKAGAは、市内におけるドローンの活用可能な場所や遊休資産を調べ、市全体を実証実験の舞台とみなし、ドローン産業の誘致推進を行う「ドローンコンプレックスKAGA」という事業モデルを展開している。

加賀市全体をドローン実証実験の場とみなす「ドローンコンプレックスKAGA」
加賀市全体をドローン実証実験の場とみなす「ドローンコンプレックスKAGA」

 残念ながら、消滅可能性都市という不名誉な称号を受けてしまった自治体は加賀市だけではない。2014年は896都市、そして2024年の再調査でも、日本の自治体の4割にあたる744自治体が指定されている。これらの自治体では、人口増加施策としてさまざまな施策を講じているものの、既存の地場産業と若者を奪い合う結果となったり、一時的に移住者が増えても定着しなかったりと、課題も多いのが現状だ。

 しかし、市全体をドローンの実証実験の舞台とする「ドローンコンプレックスKAGA」構想であれば、既存の産業から人を奪うのではなく、ドローン開発に情熱を持つエンジニアを都会から呼び寄せ、地域に定着してもらうことができる。また、地元企業や産学連携による協創など、新産業創出につなげられる展望がある。今回の「ドローン・エンジニア会議2024 in KAGA」も、その取り組みの一環だ。

 デジタルカレッジKAGAの代表を務める齋藤和紀氏は、「加賀市で新産業を創出するには、エンジニア人材のクラスター形成、さらにその先に産業を起こせる人材の育成を行う必要があります。その中での本イベントの役割は、国内トップクラスのエンジニアがリアルに集まるコミュニティとして機能すること、そして加賀市の人材が気軽に彼らと関わることができ、意識が底上げされ、助けてほしいと思ったときすぐ頼れるようになることです」と語った。

 もちろん、新産業創出の取り組みは一朝一夕に実現されるものではない。10年単位で腰を据えて取り組む必要があるが、この手法は日本全国の地域に有効なのではないだろうか。

1泊2日の充実コンテンツ

 そんな、ドローンエンジニアが集うコミュニティ形成の役割を期待される「ドローン・エンジニア会議2024 in KAGA」は、今年で開催3年目を迎え、その期待以上の盛り上がりとなった。

 本イベントは7つのプログラムで構成されている。

① ドローンエンジニア基礎講座
② ソフトウェア極み講座
③ ハードウェア極み講座
④ ドローンナイト!懇親会
⑤ ドローン朝活
⑥ 屋外デモ&フライト会
⑦ トークセッション

 はじめに行われたのは、エンジニア向けの座学である①~③の講義だ。オープンソースのドローン向け制御ソフトウェア「ArduPilot(アルジュパイロット)」のエンジニアスクール/コミュニティである「ドローンエンジニア養成塾」講師陣による体験型の講座を軸として、ゲストスピーカーによる講演や、質問タイム、オープンエリアで他の参加者としながら聴ける講義中継などが設けられ、“ただの聴講”にならない参加型の場所づくりがなされていた。

「ドローンエンジニア基礎講座」では、アイ・ロボティクスの我田友史氏と高山ドローンリサーチ株式会社の高山誠一氏が、ドローンに使用される構成部品のほか、ドローンの組み立て方やArduPilotの基本について解説した
「ドローンエンジニア基礎講座」では、アイ・ロボティクスの我田友史氏と高山ドローンリサーチ株式会社の高山誠一氏が、ドローンに使用される構成部品のほか、ドローンの組み立て方やArduPilotの基本について解説した
「ハードウェア極み講座」では、ハフトの今村博宣氏がバッテリーの種類や進化について解説し、自社で開発中の水素燃料電池搭載ドローンのメリットや開発状況について紹介した
「ハードウェア極み講座」では、ハフトの今村博宣氏がバッテリーの種類や進化について解説し、自社で開発中の水素燃料電池搭載ドローンのメリットや開発状況について紹介した

大盛り上がりの「ドローンナイト!懇親会」

 初日の夜に行われた「ドローンナイト!懇親会」は大人気プログラムのひとつだ。乾杯の後は、FPVドローン(First Person View:ドローンの視点から見て飛ばすドローン)を飛ばす者あり、ドローン談義に花を咲かせる者ありの、熱気が満ちあふれる夜となった。「SNSつながりの人とようやく会えた」と盛り上がる参加者も多く、本イベントが、狙い通りドローンエンジニアのコミュニティ形成に貢献していることがうかがえた。

「ドローン・エンジニア会議 in KAGA」を企画したデジタルカレッジKAGA 代表 齋藤和紀氏(左)、ドローン・ジャパン 代表 勝俣喜一朗氏(右)が挨拶。その様子を参加者がFPVドローンで撮影し、会場を沸かせた
「ドローン・エンジニア会議 in KAGA」を企画したデジタルカレッジKAGA 代表 齋藤和紀氏(左)、ドローン・ジャパン 代表 勝俣喜一朗氏(右)が挨拶。その様子を参加者がFPVドローンで撮影し、会場を沸かせた
FPVドローンの撮影で盛り上がる会場
FPVドローンの撮影で盛り上がる会場

 また、会場である加賀市イノベーションセンターの中庭には、ドローンコンプレックスKAGAの取り組みのひとつである、「ドローンケージ」が設置されていた。高さ4メートルのこのケージは、接地面以外の5面がネットで囲われているため、屋外にありながら航空法上の屋外の扱いにならないという。いつでもドローンが飛ばせる環境とあって、懇親会の合間にも参加者がドローンを飛ばし盛り上がっていた。

中庭に常設された試験飛行用のドローンケージ(高さ4m)
中庭に常設された試験飛行用のドローンケージ(高さ4m)

“ドローンエンジニア人材育成なら加賀市”を打ち出す

懇親会で挨拶する加賀市長 宮元陸氏
懇親会で挨拶する加賀市長 宮元陸氏

 懇親会には、加賀市長の宮元陸氏も挨拶に訪れ、参加者らと熱心に交流していた。宮元氏の言葉で印象的だったのは、「加賀市が消滅可能性都市から脱却するためには先端技術の導入と人材育成が必要だ」という言葉だ。加賀市は、IT先進地域として舵取りをしてきた結果、2022年4月には、国家戦略特区の1つである『デジタル田園健康特区』にも認定された。加賀市は先端技術の実証だけにとどまらずに、人材育成のための環境整備に注力し、そこから新産業の創出に繋げていく戦略だ。

 「本イベントは内容のレベルが高く、本気で学びたいドローンエンジニアには有効な内容になっていると思います。加賀市はドローンや空飛ぶクルマが集う『空の産業集積』を目指した活動を進めています。“ドローンエンジニア人材育成なら加賀市”というポジションを打ち出していきたいですね」(宮元氏)

 また、加賀市は、市外に住む人が「e-加賀市民」という仮想市民として登録できる制度を用意している。観光やワーケーションなどで加賀市を訪れる関係人口の拡大によって、将来的な移住・定住につなげることを目的とした制度で、今年は本イベントにもe-加賀市民枠を用意した。

 加賀市役所・イノベーション推進部の中村聡氏は、「本イベントには、日本各地からエンジニアの皆様にお集まりいただいて嬉しく思っています。加賀市からの参加者も増えてきて、地域内でも芽が育ってきていることを感じています」とイベントへの期待を語った。

 加賀市はこれからも、ドローンに関しての規制を取り払い、ドローンを自由に開発できる環境づくりに一層力を入れていく計画だ。

参加者の集合写真
参加者の集合写真

宿泊施設で自由にドローンを飛ばし、空撮できる「ドローン朝活」

 2日目の朝早くから行われた「ドローン朝活」も、これを目当てに毎年参加するリピーターがいる人気プログラムだ。広い宿泊施設の中で、参加者が自由にドローンを飛ばし、空撮も可能というもので、今年は「癒しのリゾート・加賀の幸 ホテル アローレ」を舞台に、ホテル内はもちろん、結婚式場のチャペルや、庭園、遊歩道でもドローンを飛ばすことができた。また、ドローンコンプレックスKAGAの飛行可能場所である塩屋海岸での飛行もできた。

チャペルや湖周辺の遊歩道でのマイクロドローン撮影の様子
チャペルや湖周辺の遊歩道でのマイクロドローン撮影の様子

 本イベントの参加者はもちろん、講師陣、自治体職員も入り乱れて、早朝フライトの特別感を満喫できるからこそ、「夏は加賀に集まるぞ」というリアルコミュニティとしての盛り上がりが生まれるのかもしれない。

【参加者が撮影したホテルの敷地内やチャペルの風景】

廃校を活用した「屋外デモ&フライト会」

 続いての「屋外デモ&フライト会」は、廃校を活用した加賀市・教育総合支援センター(旧三木小学校)で行われ、屋外の運動場、屋内の教室、体育館を活用し、ドローンの多種多様な最新技術が披露された。初めて見る技術に、参加者からは「すごい!」と声があがり、多くの質問が飛び交っていた。

ArduPilotの標準的な機能を使ったデモ。株式会社アトラックラボと株式会社RtoSが共同開発したArduPilot開発キットも紹介された。RTK精度の位置測位やLTE通信の機能を載せたコンパニオンコンピューターを標準搭載しており、「安定した機体、安定したネットワークインフラ、講習がセットで提供される」という
ArduPilotの標準的な機能を使ったデモ。株式会社アトラックラボと株式会社RtoSが共同開発したArduPilot開発キットも紹介された。RTK精度の位置測位やLTE通信の機能を載せたコンパニオンコンピューターを標準搭載しており、「安定した機体、安定したネットワークインフラ、講習がセットで提供される」という
石川県金沢市に本拠地を置く株式会社ドローンショー・ジャパンは、3年前に本イベントに参加した縁でArduPilotを採用し、国産ドローンショーの機体を開発している。今年は9機でのドローンショー披露やGCSの紹介も行い、多くの参加者が説明を真剣に聞き入っていた
石川県金沢市に本拠地を置く株式会社ドローンショー・ジャパンは、3年前に本イベントに参加した縁でArduPilotを採用し、国産ドローンショーの機体を開発している。今年は9機でのドローンショー披露やGCSの紹介も行い、多くの参加者が説明を真剣に聞き入っていた
シングルヘリのArduPilot化(左)、測量用途のエアロボマーカーを搭載した自動航行ミニローバー(右)など、さまざまなデモが繰り広げられた
シングルヘリのArduPilot化(左)、測量用途のエアロボマーカーを搭載した自動航行ミニローバー(右)など、さまざまなデモが繰り広げられた
講師の藤川秀行氏による四足歩行ロボのデモ、藤川氏は「初日に学んだコードの実演を行った」と意図を説明した(左)、参加者の川崎寛昭氏による飛行前の推力のセーフティチェック機能のデモ(右)
講師の藤川秀行氏による四足歩行ロボのデモ、藤川氏は「初日に学んだコードの実演を行った」と意図を説明した(左)、参加者の川崎寛昭氏による飛行前の推力のセーフティチェック機能のデモ(右)

 本イベントには、北陸大学の森田研究室の学生たちが、運営側としても参加していた。森田聡准教授は、「加賀市が主催した起業家育成プログラムで、デジタルカレッジKAGAの齋藤氏と出会い、今回はビジネスのアイディアの種を拾いにきた」と楽しそうに語った。

北陸大学森田研究室から参加した皆さん
北陸大学森田研究室から参加した皆さん

参加者の飛び入り発表もあり盛り上がったトークセッション

 締めくくりのトークセッションでは、まず、「ドローンビジネス調査報告書」の著者としても知られる、ドローン・ジャパン 取締役会長の春原久徳氏が「加賀市、国際ドローン基地化へのステップ」と題して講演を行った。

 春原氏は、「マルチコプター以外の固定翼、VTOL、シングルローター、また陸上、水上、水中まで含めたロボティクス開発の環境づくりができるのは、日本各地を見渡しても他にない」と話したうえで、「生成AIがここまで発展してきたことを考えると、インターネット接続環境の整備は最重要項目のひとつだ」などと指摘した。

春原氏の講演の様子。会場は満席状態だった
春原氏の講演の様子。会場は満席状態だった

 続いて、講師の我田友史氏(アイ・ロボティクス)らが、加賀市 山代温泉にある共同浴場「古総湯」をドローンで空撮し、デジタルアーカイブ化した取り組みを発表した。ArduPilot機体の自動航行で空撮したデータや、スマホの撮影データ、そしてオープンソースのフォトグラメトリ生成ツールを活用することで、高額な機材を使わず、手軽に観光資源のデジタルアーカイブ化を実現できたという。

ドローンの空撮で観光資源をデジタルアーカイブ化する取り組み
ドローンの空撮で観光資源をデジタルアーカイブ化する取り組み

 当日登録だけで参加者が飛び入りで発表できる時間も用意され、5名が飛び入りで発表を行うなど、最後の最後まで双方向でのコミュニケーションと聞き逃せないコンテンツが目白押しのイベントだった。

10月、ArduPilotの国際カンファレンスが加賀市で開催

 「ドローン・エンジニア会議 in KAGA」は、来年も7月の最終週の土日に開催が決定している。参加者はリピーター、加賀市民(e-加賀市民を含む)、コーポレートサポーターズ、招待者などに限られるため、本記事を読んで興味が湧いた方は、まずは企画者や参加者とSNSなどでつながってみるのがよいだろう。

 また、今回、記事中で何度も名前が挙がっていたドローンソフトウェアの「ArduPilot(アルジュパイロット)」は、マルチコプター以外にも、VTOL、飛行機、ローバー(UGV)、水中ドローン、ボートなど汎用性が高い。オープンソースのため、制御基盤システムの構築コストを抑え、製品開発への投資にまわせるなど利点が多く、いまや世界中で多様なプレイヤーに採用されている注目のソフトウェアだ。

 そんなArduPilotの国際カンファレンス「ArduPilot Developer Conference(アルジュパイロット開発者会議)」が、2024年10月25日~27日、加賀市で開催されることが決まった。日本で開催されるのは初であり、世界をリードする技術者、開発者たちが加賀市にて、最先端の技術開発成果を発表することになる。

 新幹線が開通して利便性がアップし、古き良き風情を残す加賀市が、「ドローンの実証フィールド」として世界デビューする。加賀市が目指す「空の産業集積」に向けて、海外に発信できるビッグチャンスの到来だ。「エンジニア人材のクラスター形成からはじまる新産業創出」が、さらなる加速を見せることに期待したい。

 加賀市の「ドローン聖地」としての幕が、今まさに開けようとしている。

お問い合わせ先

株式会社デジタルカレッジKAGA
E-mail:info@dckaga.com