ENEOSは2023年3月から神奈川県川崎市にある川崎製油所において、センシンロボティクスと共同で開発した、自動航行ドローンを活用した配管点検データ取得技術を導入している。

 このソリューションは、製油所内のラックに設置された配管に対して、希望の範囲や配管を懸架するラックの段数などを、専用アプリの三次元モデルから対象設備の撮影箇所を指定するだけで、アプリが自動で飛行経路を作成。点検作業者は作成された飛行経路に対して、アプリの飛行開始の操作を行うだけで、ドローンが自動で飛行して、動画で配管を撮影してくれるというものだ。

 両社は2020年から石油事業におけるドローンを使ったプラント設備点検技術の開発に取り組んできた。2021年2月には、ENEOS川崎製油所において、石油タンク及び配管の自動点検の実証実験を実施している。今年から本格的にENEOSが導入したこの技術は、こうしたこれまでの両社の取り組みの成果である。

 そんな新しい技術を導入した背景と狙いについて、ENEOS技術計画部の大和尚也副部長と、センシンロボティクスの取締役COO上野智史氏、プロダクトオーナーである同社エンタープライズ事業ソリューショングループの仲林崇雄氏に聞いた。

課題となっている設備の老朽化と技術の伝承、膨大なデータ管理の複雑化

 全国10カ所に製油所を展開しているENEOSでは、設備の老朽化や操業に携わる運転員の世代交代による技術伝承が難しくなっているといった課題を抱えている。また、エネルギー事業を担う現在のENEOSは、石油元売り企業10社が2000年頃から合併を繰り返してできた経緯もあり、「設備管理のデータが組織ごとでバラバラに管理されている」(大和氏)ことも課題のひとつだという。

ENEOS技術計画部 副部長 大和尚也氏

 こうした数々の課題を解決するために、ENEOSでは製造部門にデジタル技術を導入していくロードマップを描いている。それは「まずは作業を支援する。2030年頃には作業の自動化。そして最終的には作業も判断も自動化、自律化することを目指す」(大和氏)というもの。そのひとつが設備のデジタルツイン化である。どこからでもデータを引き出せるようにして効率化を図り、そのデータを使って未来を予測しながら設備を管理していく。このデジタルツイン化の入り口ともいえるのが、ドローンを使った配管の点検だ。

 製油所には縦横無尽に配管が張り巡らされているが、こうした配管も老朽化が進んでおり、劣化によって配管から漏えいが発生すると操業が止まってしまう。そこで運転員が日ごろから見回りして、劣化した箇所を見つけると写真を撮る形で記録し、その写真から劣化度を評価して、レポートを作成している。

 しかし、製油所内には縦横無尽に配管が張り巡らされており、「一度見た箇所を次に見るのは何年後になるか」(大和氏)といわれるくらいそのボリュームは膨大だ。また、高所の配管を点検するには足場を設置する必要があり、そのための費用や時間もかかってしまう。さらに、劣化の評価についても、検査員によって結果が異なったり、また見誤りといったこともあるという。そこで、これまで人が行っていた“劣化箇所を見つけて写真として記録する”作業を、ドローンを使って配管を撮影する形で代替するというのが、今年3月にENEOSとセンシンロボティクスが発表した、自動航行ドローンを活用した配管点検データ取得技術である。

点検範囲を事前に設計するのではなく、都度自在に指定できる自由度が最大のメリット

 両社が3月に発表した自動航行ドローンを活用した配管点検データ取得技術は、ドローンによって取得した配管設備の三次元地図をもとに点検用ドローンが飛行して、必要な配管設備の状態を撮影するというもの。

 両社はこの技術開発の一環として、ENEOS川崎製油所内でLiDARを搭載したドローンを飛行させ、配管ラックとその周辺の空間をレーザー測量して点群データを取得。この測量のための飛行では、DJIのMatrice 300 RTKとレーザーLiDARのZenmuse L1が使用された。この点群データをもとにセンシンロボティクスが開発した点検飛行用アプリ上に三次元の“地図”データを生成。この地図には、配管のラックと段数に対して固有の“番地”を与えた簡易な三次元モデルと、空間情報からドローンが飛行できる安全区域が定義されている。

 実際に配管設備を点検する際には、この専用アプリ上で撮影したい配管の範囲を指定するだけで、アプリが自動でドローンの飛行ルートを作成してくれる。このルートは単に配管を効率よく撮影するだけでなく、配管周囲のほかの設備といった、飛行するドローンにとって衝突する可能性のある設備を避ける形で、ドローンが安全に飛行できる範囲の中でルートを生成するのが大きな特徴だ。そのため、点検を行う運転員はルートが生成されると、あとはアプリ上で飛行を指示するだけで、安全かつ的確に配管の映像を撮影してくれる。

 このソリューションのメリットは、あらかじめ一度ドローンを飛ばしたルートを再現するのではなく、任意の配管に対してその都度アプリがドローンを飛行するルートを決めるため、撮影範囲や飛行ルートに制限がないことにある。「点検の都度、飛行ルートを作るといった作業が必要ないため準備にかかる時間が短く、自由自在に点検内容のバリエーションに対応できるのが、今回のソリューションの一番のポイント」(仲林氏)であり、点検者は“ドローンをどう飛ばすか”ということではなく、“どこをどう見るか(撮影するか)”という本来の点検の視点で作業ができる。さらに「点検者が手動で飛ばさないため、ヒューマンエラーによって起こることが多い設備との衝突がなく、安全である」(仲林氏)ことも大きなメリットだという。

アプリの操作画面。模式化された配管ラックの範囲と段数、カメラの向きを選択し、ドローンの飛行エリア(画面の緑の範囲)を指定する。
センシンロボティクス エンタープライズ事業 ソリューショングループ 仲林崇雄氏

 ENEOSではこの自動航行ドローンを活用した配管点検データ取得技術を川崎製油所で導入。製油所は製油設備のある地域をオンサイト、それ以外のタンクや桟橋など付帯設備のある地域をオフサイトと区別しているが、この技術は「オフサイトの道路上だけをドローンが飛行するという条件であれば、オフサイトの設備で最大25%程度はカバーできる」(大和氏)という。

 そして、すでに設備の点検に従事する同製油所の運転員約10名が、ドローンを使って点検を行っている。「ここまでドローンを使った技術を実装に落とし込み、点検業務の中で日常的に使うという例はおそらく日本初」(上野氏)といい、「単にドローンを使うというだけでなく、この技術をこれまでの点検という作業の中に落とし込むことが大事。例えば点検のスケジュールも、ドローンを使うことを前提にして計画を立てるといった、新技術を前提にした作業に変えていくなど、今後はその定着が課題」(大和氏)だと付け加える。

センシンロボティクス取締役COO 上野智史氏
ENEOS川崎製油所では、これまで配管をはじめとした設備の点検を担当する運転員が、ドローンを操作して点検を行っている。

海上で製油所とタンカーを結ぶ桟橋の配管点検にも活きてくる

 現在、ENEOSが取り組んでいるデジタルツインプロジェクトは、プラント保守において集めたデータを、「集める」「まとめる」「連携する」ためのデジタルツイン基盤を構築し、さらにドローンやAIを使ってデータを「増やす」「活用する」ことを目指している。この中では、ドローンで配管設備のデータを取得するだけでなく、AIによる配管の劣化度を評価する画像診断と、こうしたデータを整理して記録する技術も開発しており、データの入り口とそれを補完する記録アプリについては、ENEOSとセンシンロボティクスが共同で開発。今後、川崎製油所以外にも、全国の7製油所に順次展開していく計画だ。

 また、ENEOSでは現在、この自動航行ドローンを活用した配管点検データ取得技術を配管の点検に導入しているが、今後、他の設備に対する展開として、沿岸に立地することが多い製油所の護岸や、桟橋にも適用できるとしている。「原油を運んできたタンカー、石油製品を運ぶタンカーといった海上の船舶と陸の製油所の間をつなぐ桟橋にもパイプラインがある。この桟橋のパイプはこれまで画像を取得しようがなかった。ドローンであれば海上であっても撮影が可能となる」(仲林氏)という。また、この技術は配管類だけでなくラック構造物や原料が入ったタンクといった、他の設備もその対象として視野に入ってくるという。さらに、「ENEOSの中にとどめるのではなく、社外に展開していくことも視野に入れて取り組んでいる」(大和氏)としている。