東北大学発のベンチャー企業であるボールウェーブと無人機の運用サービスなどを手掛けるJDRONEは2023年2月27日、ボールウェーブが開発した世界最小のガス分析器(ガスクロマトグラフ)を搭載したドローンを発表し、試験用プラントの煙突から放出されるガスの捕集と高感度な分析に成功した。

 ドローンに搭載したガスクロマトグラフによる分析は世界初であり、プラントの管理や防災保安業務への適用を目的とした実証検証だ。

超小型ガスクロマトグラフ「Sylph(シルフ)」をドローンに搭載

 石油精製、化学工業(石油化学を含む)等のプラントを安全に効率良く運転するためには、高頻度な点検管理が必要になる。ところが、点検箇所は高所だったり、高温な危険ガスが放出されている場所も多く、人による点検が難しいため、作業に課題を抱えていた。

 ドローンによるプラント点検では、カメラを使った観察や赤外線センサによる温度測定などが行われているが、異常の発見にはプラント各部のガスの組成情報(成分の含有率)の取得が欠かせず、これにはマルチガスの分析装置であるガスクロマトグラフが必要となる。

 そこでボールウェーブとJDRONEは、ドローンにボールウェーブが開発した超小型ガスクロマトグラフ「Sylph(シルフ)」を搭載することで、この課題解決に取り組んできた。Sylphは捕集したガスを「カラム」という部品で個々のガス成分に分離し、SAW(Surface Acoustic Wave、弾性表面波)センサで検出する。通常、ガス分析に使われている装置は小型冷蔵庫ほどのサイズで、重さも40kg以上あるが、Sylphはそれと比較して検出感度は同等ながら、寸法は130mm×180mm×80mm、重さは1.25kgと1/20サイズを実現しており、ドローンへの搭載を可能にした。

超小型ガスクロマトグラフ「Sylph(シルフ)」の内部と構造。(出典:ボールウェーブ)

 SAWセンサでは感応膜に分子が吸着した際の弾性表面波の音速と減衰の変化を検出する。ただし、平面型SAWセンサでは感度もしくは応答速度が不十分で実用化が難しかった。そこでセンサを球体にすることでこの課題を解決した。

 Sylphのコア技術となるのが、この球状の「ボールSAWセンサ」だ。ボールSAWセンサとは、球の表面に集中して、横方向にも拡がらず繰り返し周回する球状弾性表面波を用いるセンサのことで、東北大学大学院工学研究科の山中名誉教授らによって開発された。

ボールSAWセンサ。直径わずか約3mmの微小な水晶球の表面に、計測対象に応じて異なる感応膜を形成することで、微量水分や水素、天然ガス、有機混合ガスなど、多様なガス・気体計測を可能とする。(出典:ボールウェーブ)
Sylphの外形寸法は130mm×180mm×80mm、重さは1.25kg。(出典:ボールウェーブ)

 ドローンに搭載するには、2つの問題点があったという。ひとつ目はドローンのペイロードの問題だ。今回の実験ではDJI製の「Matrice 300 RTK」にSylphを搭載した。Matrice 300 RTKの最大ペイロードは2.7kgで、最大離陸重量が9kgとなる。Sylphの本体重量は1.25kgだが、これに加えて運用するための電池や組込PC、通信装置の重量が加算される。検討の結果、電池0.86kg、組込PC+通信機構を0.3kgに抑えることができ、Sylphの本体と合わせて2.41kgを実現し、ペイロードの問題をクリアすることに成功した。搭載機器の重量は計2.5kg以下に抑えることができたため、Matrice 300 RTK以外にもペイロード条件を満たす機体は複数あり、製品化された場合には、ユーザーがすでに所有している多くのドローンに対応することができるだろう。

ドローンに搭載するためにSylphの本体重量は1.25kgまで削減。組込PCや通信機能、バッテリーを合わせて2.4kgに抑えた。(出典:ボールウェーブ)

 問題点のふたつ目は、ドローンのプロペラが発生する強い気流(後流)によって捕集するガスが乱れてしまい、検出の感度・精度が低下するという点だ。これには、Sylphに長さ3mのCFRP(炭素繊維強化プラスチック)管で作成したサンプリング機構をドローンの脚に2カ所で固定し、接続することで対応した。こうすることで気流の影響を低減するとともに、位置制御の精度を高めることができたという。
 また、プラントの管理では短時間の分析が必要なので、ガスクロマトグラフ内で混合ガスから個々のガス成分に分離する金属ソレノイドカラムの長さを通常の30mから10mに変更し、分析時間を1/3に短縮した。

Sylphに長さ3mのCFRP(炭素繊維強化プラスチック)管で作製したサンプリング機構を接続。CFRP管はドローンの脚に2カ所で固定した。こうすることで気流の影響を低減するとともに、位置制御の精度を高めた。(出典:ボールウェーブ)

短時間で高感度な分析に成功

 検証は、福島ロボットテストフィールドの試験用プラントで、「煙突から放出される試験用ガスの分析」と「途中階にある異物から発生する試験用ガスの分析」を行った。

 煙突から放出される試験用ガスの分析では、石油系炭化水素(ヘプタン、オクタン、ノナン)を放出する超音波加湿器と吸湿性の強いプロピレングリコール等の白煙を発生する発煙模擬装置を試験用プラントの小煙突に設置した。途中階にある異物から発生する試験用ガスの分析では、加熱したバットから炭化水素(ヘプタン、オクタン、ノナン、トルエン、キシレン)を発生させたものをアルミメッシュ板で覆い、プラント3階の手すり近傍に設置した。

出典:福島ロボットテストフィールド
ドローンによるガスの捕集・分析作業の実証実験の様子。
煙突放出ガスの分析試験の様子。

 煙突から放出される試験用ガスの分析試験は、試験用ガスを30秒間捕集。分析した結果では、石油を燃焼するプラントで通常観測されるヘプタン(C7)、オクタン(C8)、ノナン(C9)を捕集時間も含めて3分という短時間で分析できた。別途行ったセンサの校正によると、飛行中の検出下限濃度は1ppmv(体積百万分率)以下という高感度な数値結果を得ることにも成功したという。これには、ドローンの高精度な制御によりサンプリング機構を煙突先端に安定して保持できた効果も寄与しているという。

煙突から放出される試験ガスの分析結果。(出典:ボールウェーブ)

 オクタン(C8)のピークの近傍に、まったく性質が異なるガスであるプロピレングリコール(P)が明瞭に検出された。同ガスは、通常のプラントの正常運転では発生しないため、この実験結果はプラントの不具合で発生する異常なガスを通常のガスと分離して検出できる可能性を示したとしている。

 異物から発生する試験用ガスの分析試験では、サンプリング機構を異物に向けて飛行し、異物の真上に静止させたり、異物に接触して最大感度で捕集することもでき、サンプリング機構を精密に制御することができた。分析した結果では、へプタン(C7)、オクタン(C8)、ノナン(C9)、トルエン(T)、キシレン(m-X)を検出した。

プラント内(3F)異物放出ガスの分析の様子。
異物から発生する試験用ガスの分析結果。

不具合で発生するガスも検出 プラントの異常検知ができる可能性

 煙突から放出される試験用ガスには、通常のプラントの正常運転では検出されないプロピレングリコール(P)を発生させて実証実験を行ったが、ノナン(C9)の平均濃度17ppmvに比べると、プロピレングリコール(P)は1ppmv以下の濃度と微量にも関わらず、検知結果で明瞭に検出することができた。これにより異常なガスを通常のガスと分離して検出できる可能性を示したとしている。

 また、異物から発生する試験用ガスの分析試験においては、分析結果で毒性が高くないとわかり、接触して対応・除去可能という診断情報となりえる。これらの試験結果により、Sylphをドローンに搭載すれば、さまざまなプラント(化学工場、エネルギー工場、半導体工場、ゴミ焼却場)の高所や高温・危険ガスを放出する場所に、接近してガスを捕集して分析できることが分かった。これにより、高頻度で正確なプラントの点検管理が可能となり、安全かつ省力なプラント点検につなげることができる。これを受けて両社では、同技術は化学・生物・放射性物質・核・爆発物などによるCBRNE(シーバーン)事故・災害や災害現場の調査など、防災・保安の分野でも使用できる可能性があると期待している。