ACSLが2021年12月7日に発表した「SOTEN(蒼天)」は、初年度販売台数1000台を目指して量産体制に入っている。SOTENは、いわゆる “国プロ”として開発された、国産のセキュアな小型空撮ドローンだ。代理店を通じてB2Bに特化して販売中であるため、広くドローンユーザーが目にする、触る、セキュリティに関する詳しい説明を聞く機会はほとんどないのではないだろうか。

 そこで今回は、ACSLの最高技術責任者であるクリス・ラービ氏に独占インタビューを行った。同氏が日本のメディアで取材に応じるのは、これが初だという。SOTENの開発で、大企業とタッグを組んだ苦労や学び、セキュリティに対する考え方とSOTENのセキュリティの仕組みなどについて、詳しく聞いた。

“セキュアな国産ドローン”誕生の背景

 最初に、SOTENが開発された背景をおさらいしておこう。2020年1月、経済産業省が国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)を通じて、「安全安心なドローン基盤技術開発」事業を公募し、同年4月よりACSLがリーダーをつとめる5社のコンソーシアムによって、国産のセキュアな小型空撮ドローンの開発が進められてきた。同事業の成果として、2021年12月に商品化されたのがSOTENである。

ACSLが2021年12月に発表したSOTEN

「安全安心なドローン基盤技術開発」事業の背景には、国家レベルでのドローンのさらなる用途拡大への期待と、国民が安全で安心して暮らせる社会の実現に向けたサイバーセキュリティ戦略がある。

 ドローンの用途拡大について具体的には、すでに広く活用され始めている農薬散布、空撮、測量、インフラの点検などのほか、今後は物の輸送や、特に災害時の広範な被災状況確認、火災時の被災者の有無確認などでは、迅速な対応手段としても期待されている。ドローンは、人手不足や少子高齢化の解決策として、また新たな付加価値の創造を実現するという点でも注目されており、国が掲げる「Society5.0」の推進においても、重要な位置付けのひとつだ。

 一方で、2018年7月27日に「サイバーセキュリティ戦略」が閣議決定された。このなかでドローンについては、「サイバー攻撃による不正操作によって、人命に影響を及ぼす恐れがある」と指摘されており、そのような事態が生じないように、さまざまな主体が連携して多層的なサイバーセキュリティを確保することが求められた。また、2020年2月には5Gやドローンのサイバーセキュリティを確保しつつ導入を促進する法案が可決、2020年9月に政府は、「調達はセキュリティが担保されたドローンに限定」「すでに導入されているドローンについても速やかな置き換え」とする調達方針を公表した。

 このような中、ACSL、ヤマハ発動機、NTTドコモ、ザクティ、先端力学シミュレーション研究所の5社は、コンソーシアムを組んで「政府調達向けを想定した高い飛行性・操縦性、セキュリティを実現するドローンの標準機体設計・開発及びフライトコントローラー標準基盤設計・開発」という委託事業と、「研究・開発される標準仕様に合致する機体、並びに主要部品の量産・供給・保守の体制構築及び継続的な性能・機能をブラッシュアップする体制の構築」という助成事業に取り組んだ。

大企業とスタートアップの“ギブアンドテイク”

 さて、前置きが長くなってしまったが、5社のコンソーシアムのPMをつとめたのがACSLだった。つまり、同社の最高技術責任者であるクリス・ラービ氏が、開発全般をリードする役割を担った。なかでも一番密に協業したのが、量産を担う老舗企業ヤマハ発動機だ。

 これまでの“国プロ”で、スタートアップが主導した前例はないというから、クリス氏の苦労は相当なものだったと思われる。しかし、クリス氏は「大企業とのコラボレーションを通じて、ACSLは未熟なスタートアップから、一段大人の企業へと成長できた」と、前向きに振り返る。

ACSL 最高技術責任者のクリス・ラービ氏

「老舗企業のヤマハさんとは、SOTENのプロジェクトで初めてご一緒しましたが、まず感じたのはギャップがすごい、という点です。ACSLはもともと大学の研究室から生まれた、ビッグピクチャーなスタートアップ企業。経験豊富なヤマハさんとは、開発プロセスが全く違っていたのです」(クリス氏)

 開発が始まると、ヤマハからはしきりにこう言われたという。「開発計画はまだですか?」「仕様書はできましたか?」。ヤマハのメンバーが驚く様子を見て、クリス氏は「やっぱり我々の開発プロセスは“ゆるい”のだと理解した」と苦笑する。

「ACSLは2013年の創業以来、ドローンの制御技術をコアとして事業展開をしている会社です。当初は、独自の制御技術を搭載したドローンを1から開発しており、そのための開発プロセスがありました。その後、私がACSLに参画し、さまざまな企業との実証実験等を通してその開発プロセスが改良されていきました。その過程があり、現在、量産可能なSOTENの開発プロセスへとたどり着くことができました。いまのACSLのハードウェア開発は、V字型プロセスに沿って、試作機の立ち上げから段々と量産機へ近づけていく、各フェーズで計画を立ててプロジェクトを進めていくものまで進化しました。」(クリス氏)

 この2年で、ACSLは開発プロセスを4回再構築したという。たとえば、2020年10月から開発の進捗状況を把握するため、JIRAを使い始めた。2021年1月には、デザインレビュープロセスを導入した。2021年6月には、DRプロセスを改訂。エンジニアチームのメンバーからも、数々の提案があがり、チーム一体となって開発プロセスや体制の改善に取り組んだ。

 そのなかで、幾度もヤマハに意見を求めたという。「飲みながら、アドバイスお願いします、という話をしたことも、結構ありますね」と、クリス氏。また、SOTEN共同開発を円滑に進めるため、2年間で10回以上の合宿も行った。

 合宿では、毎回テーマに合わせて、参加メンバーを10名ほど厳選。ACSLの研究開発メンバーの約3分の1がリアルで2週間、浜松での開発に参加し、それ以外はオンラインで連携して進める、ハイブリッドで開発を進めたという。こうした取り組みは、量産フェーズに入ったいまも現在進行形だ。

「実は、喧嘩もありました」と、クリス氏は明かす。ヤマハからは、「十分定義していない」とよく指摘されたが、ACSLはまず“アイディアを形にしたい”。

「計画書を書く前に、ACSLが開発を進めてしまって、ヤマハさんを怒らせしまう場面もありました。でも、それがあったから、本格的な開発開始から1.5年という短期間で、製品化できたと思います。SOTENのプロジェクトが始まった頃、ヤマハさんはスケジュール的にはとても厳しいというスタンスでしたが、徐々に間に合うだろうと考えが変わった印象です。ちなみに、私は絶対に間に合うと思っていましたが、それも間違っていた。ACSLだけではリワークが多く、間に合わなかったでしょう。我々のギブアンドテイクで、こんなによい製品を開発できたことを誇らしく思っています」(クリス氏)