電動VTOL(垂直離着陸型)固定翼ドローンの開発を手がける空解は2021年7月17日、自社設計・新開発の「QUKAI FUSION」による長距離輸送の公開実証実験を行った。飛行距離は62km、レベル3の日本記録となる。

 飛行経路は、千葉県銚子市学校給食センターから茨城県稲敷郡河内町にあるドローンフィールドKAWACHIの利根川上空。高度約150mを維持して約50分間フルオートで飛行し、着陸ポイント上空で1周1kmを2旋回したのち下降して自動着陸した。高度150mの飛行は地上からは全く音が聞こえず、高度40mくらいから微かにプロペラ音が聞こえ始めた。

QUKAI FUSIONが着陸するところ

 輸送したのは災害救援物資だ。モバイルバッテリー2個、消毒用のアルコール小サイズ4本、マスク20枚、ビタミン剤1個、銚子産とうもろこしを乾燥させたカリッとアフロコーンなど、積載重量は約1kg。キャノピー部分にきっちり収納されていた。

輸送した災害救援物資
機体から物資を取り出すところ

 この取り組みに特別協力したのは、ドローンのオープンソースソフトウェアArduPilot(アルジュパイロット)の国内トップレベルエンジニアらが集う有志団体「Team ArduPilot Japan」。また、NTTドコモがLTE通信機器提供、ドローンフィールドKAWACHIを運営するアイ・ロボティクスが協力した。

 当日は、利根川にかかる6本の橋の上空を通過したが、国土交通省からの指示に則り橋のたもとに緊急時の補助者を各1名ずつ配置したという。突然の強風のため飛行が困難、バッテリー残量が急激に減るなどのケースを想定して、緊急時には補助者すぐ近くの河川敷の緊急着陸ポイントに自動着陸するよう設定し、警察署にも事前に連絡した。

画像:プレスリリースより引用

「軽さ」こそ正義

 QUKAI FUSIONの設計、開発では、安全品質はもちろんだが「軽量化」を重視したという。機体は全長1.475m、全幅2.1mとコンパクトなサイズで、機体重量はバッテリー未搭載時で2.5kgと非常に軽い。最大航続距離は120km、最大航続時間は120分、最高速度は120km/h、最低速度は30km/hで、もともとは被災地調査や測量などを想定したサイズだが、最大積載重量は2.5kg(航続時間は40分)、荷重1kg程度であればフルスペックに近いパフォーマンスを出せるという。

QUKAI FUSION(前)とプロトタイプ初号機(後)

 軽量化を重視した理由の1つは、低高度でのスムーズな遷移が可能になる点だ。VTOL型ドローンは、垂直離着陸できるマルチコプターの特性と、長距離長時間の飛行を得意とする固定翼ドローンの “いいとこ取り” だが、垂直上昇から水平飛行に遷移するための設計が難しい。オスプレイのようなチルト式ローターはトラブルが発生しやすいので避け、できるだけシンプルかつ軽量な設計で安定性能を追求した。QUKAI FUSIONは、高度1mでも遷移できるという。

 空解の代表取締役CMO(チーフマーケティングオフィサー)の森田直樹氏は、「これ以上軽くできないくらい、軽くした。素材は発泡スチロールを多用して、特殊なコーティングを施してある。できるだけシンプルにするため、ラダーもつけていない」と話す。

実証実験の概要を説明する森田氏

 また万が一、事故が起きた場合も、軽い機体であれば衝突の衝撃や被害を最小限に抑えられる。今後のレベル4解禁によって、市街地など有人地帯の上空をドローンが飛行することが想定されるが、社会受容性は最大の課題。軽量化は安全確保の重要なポイントとなる。

初号機は「航続250時間でノーメンテ」

 こちらは、実証実験当日にQUKAI FUSIONの到着を待つ間、プロトタイプ初号機によるデモンストレーションの様子だ。自動飛行と手動飛行の切替可とのことで、CDOの音田氏がマニュアル操縦を披露した。

デモンストレーションの様子

 まず、上向きに備えた4つのローターで、離陸ポイントから垂直上昇。そして、後ろ向きの1つのローターのみが回った状態で水平飛行。最後に、着陸ポイント上空でホバリングし、垂直下降して着陸した。モーターやプロペラの選定にもこだわったという静音や、軽量であるがゆえ、小さなプロペラでも効率よく安定飛行できることを体感できた。

航続時間250時間以上のプロトタイプ初号機

 ちなみに動力電源は2系統。バッテリーを2台搭載し、離着陸のローター用と水平飛行のローター用に分け、万が一に備えているという。デモ披露後には、強度についても言及。この初号機は、「航続時間は250時間以上、ノーメンテナンス」だという。

 音田氏は、「長時間、自動で飛ばしてバグを出すため、時間が許す限り徹底的に飛ばしていた。2時間半くらい連続飛行した日もあったと思う」と話した。ちなみに、耐風速度は公表値10m/sだが、試験飛行では15m/sの実績もあるそうだ。

プロトタイプ機の操縦を終えた音田氏

20年以上のトライアンドエラーを社会に還元する

 軽さと飛行安定性の徹底的な追求。その背景には、空解のコアメンバーが、ラジコン飛行機エアロバティック競技に20年以上挑んできた経歴と、「これまでのトライアンドエラーで培ったノウハウを社会に還元して貢献したい」という志がある。

 特に、CDO(チーフデザインオフィサー)の音田哲男氏は、2017年世界選手権のチャンピオン、2位5回、3位2回の世界トップレベルのパイロットで、35歳のいま日本選手権は17連覇中だ。CTO(チーフテクニカルオフィサー)の小宮光裕氏は、日本選手権には7回出場しオールジャパンの優勝者。CBO(チーフビジネスオフィサー)の山崎鉄平氏も日本選手権に8回出場、CMOの森田氏もオールジャパン2回出場のほか、世界選手権ではチームジャパンサブマネージャーをつとめる。

 森田氏は、「ラジコン飛行機アクロバティックは、国際航空連盟のオフィシャル競技で、空中で8分間演技をする、空のフィギュアスケートのような採点制の競技。機体を洗練させる技術、操縦のセンスやテクニック、両方が高いレベルで求められる」と話し、このノウハウをドローンに転用していることを説明した。

 「追い風、向かい風、横風、どんどん変わる風向きや気象条件に、どう対応していくか。低速でも安定して飛ばすために、翼形や翼長をどうするか。ボルト1本レベルで、軽さをどう極めるか。いかに空気抵抗のないデザインにするか。とはいえ強度は上げたい。我々はこのような競技用の模型飛行機の開発、調整、修理を長年、散々やってきた。現場で培ったノウハウをもとに、こだわって、こだわって、QUKAI FUSIONの軽さと飛行安定性能を実現した」(森田氏)

オープンソースArdupilot “掛け合わせ” の妙

右側のモニターに飛行経路や機体情報が表示された

 自動飛行プログラミングには、ドローンのオープンソースソフトウェアArduPilot(アルジュパイロット)の国内トップレベルエンジニアらが集う有志団体「Team ArduPilot Japan」が協力した。

 もともとQUKAI FUSIONの開発は、CDOの音田氏が2020年10月、市販の模型飛行機にレーシングドローンのフライトコントローラーを載せ替えるなどの改造をして、手動で飛ばせるようにした機体を「自動化したい」と、旧知であるCTOの小宮氏に相談したことがきっかけで始まったという。

 実は日本には、ArduPilotを本格的に学べる世界的にも珍しい人材育成機関、ドローンエンジニア養成塾がある。軽井沢に住むArduPilotのコア開発者ランディ・マッケィ氏が塾長をつとめ、現在は第11期で300名以上の人材を輩出するエンジニアコミュニティになっているが、CTOの小宮氏はこの養成塾の第1期生。また、ランディ氏や、ドローンビリティCEOの北岡弘氏、養成塾リード講師のTAJISOFT川村剛氏らが集う有志団体「Team ArduPilot Japan」にも参画し、Japan Innovation Challengeに出場するなど、さまざまな現場で対応できる多様なドローンの開発に取り組み続けてきた。QUKAI FUSIONのフライトコントロールシステム開発に「Team ArduPilot Japan」が特別協力した背景には、こうした数年来の積み上げがある。

 2020年11月から自動航行に着手し、わずか7か月で “レベル3の日本記録達成” という開発スピードについて、森田氏は「ArduPilotのようなオープンソースコードの活用には、すごくメリットがある」と話す。

 「オープンということは、世界中のエンジニアがバグを修正しているため、技術が随時洗練されていく。ちなみに、オープンソースが推奨されている米国では、セキュリティ的に問題もなく、航空管制もしやすいという考え。日本国内はまだそういう風になっていないし、クローズドなシステムのほうがいいなどいろんなご意見があるが、我々としてはみんなで修正した方が絶対にいいものができると考えている」(森田氏)

次はもう「社会実装」

 「長距離飛行は、十分実証できたのでは」と森田氏は話す。今後の展開としては、僻地や被災地への物資輸送、遠隔医療における処方箋やワクチン、医療部材などの輸送を、「実験ではなく実装する」ことを目指す。自治体や医療機関と協働し、航路を設定したうえで定期的に運航する方向で、すでに協議を進めているという。

 用途に合わせたカスタマイズも進める。物資輸送用としては、現在の設計を基本にボディをもう少し大きくして、積載重量を大きくすることも検討中だ。QUKAI FUSIONは、発泡スチロールを切削し特殊なコーティングを施して作られているため、運用者のニーズに合わせた柔軟なカスタマイズやオーダーメイドにも対応しやすいという特徴もあり、現体制でも月間3~4機製作可能とのこと。

 VTOL型ドローンの低価格化にも挑む。「本当に使える高性能なドローンを、よりリーズナブルに使えるようにしたい。そうしないと、世の中に受け入れてもらえない、実装されない」と森田氏は指摘する。

 なお、本実証は予定では、「QUKAI FUSION」の2機連続飛行と、2021年6月に発表された「ドローンによる医薬品配送に関するガイドライン」に則った、モデルナ製ワクチンに見立てた水を5度以下保冷で輸送する実証を行うとしていた。1機目が離陸直後に通信回線トラブルによってテレメトリデータ取得に困難が生じたことから、ワクチン輸送の実証を見送ったが、後日の取材によると8月12日、10kmの飛行においてダミーワクチン低温輸送も成功を収めたとのこと。今後の活用に期待したい。